6.手放したもの
「あ、もう着いたのか」
船内のアナウンスで目を覚ます。
間もなく、時雨島。
すごく長い夢を見ていた気がする。
なんか、幸せと不幸をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたようなもの。
ぼーっと考えてないで、荷物をまとめなくては。
船着き場に降り立つ。
何年ぶりだろうか。
小学生くらいのとき、ここに来て遊んだっけ。
友だちもできた。
名前はなんて言ったか。
「そうそう、ハルだ。大島ハル」
元気にしてるだろうか。
会えたらいいなとワクワクしながら上陸した。
それにしても……なんか、小学生の頃見た景色とは違う既視感がそこにはあった。
ぽっかりと穴が空いたような空白。
名前も、顔も、感情も何も思い出せない、ぼんやりと大切なものだった、そんな気がする。
まぁでも、デジャヴなんて誰にもあることだろうと切り替えて、しばらく借りることになった家へと向かった。
「んー!終わったー!」
荷物を一通り片付け、仰向けに寝転がる。
体を起こし、外を見るとそれはそれはキレイな海が広がっていた。
やっぱり島の景色は都会では味わえないものがある。
チラリと横目に灯台が見えた。
そういえば、ハルとはよく、あの灯台で遊んだっけ。
久々に灯台まで行ってみようかと体を起こす。
外はまだ少し暑いので、軽く水分を持って外へ出た。
思いのほか、灯台までは難なく到着した。
なんかもっと険しい道のりだったと覚悟していたが、子供の頃の記憶違いだったか?
灯台は光らなくなったことを除けば、変わらずそこに立っていた。
扉に手をかける。
「ま、開いてるわけが」
キィっと小さな音を立てて、扉は開いた。
すぐ閉めようかとも思ったが、好奇心のが勝ってしまった。
そこも、どこか既視感があった。
生活感のある、ベッドに机、椅子。ただ、日の入り方が記憶とは少し違う気が……。
あと、あれだ、あれが無かった。
あの青い髪の……
「んんっ!?!?」
人!?
というか、この青い髪……。
「ハル!?」
「……ミナト……?」
ボサボサに乱れた青い髪。
昔はもっと整って短かったことを覚えている。
誰かを待つように、あるいは自身を何かから守るようにうずくまって、小さくなっていた。
「えっと……だい……じょうぶ?」
僕が声を掛けるとゆっくりとその少女は顔を上げた。
胸が締め付けられるような、同時に怒りにも似たような感情が僕の中を走る。
「……ミナトぉ……」
顔を上げ、再び僕の名前を呼ぶ。
掠れた声に、不健康な肌。
ここにうずくまって、どれだけの時間が経ったのか、それすらよく分からなかった。
右手は何かに打ち付けたようにボロボロで、今なおその拳を強く握りしめている。
「なんで……また……来ちゃうのかなぁ……」
その目は赤く腫れ上がっていた。
泣きつかれ、涙も枯れたように乾いたまぶた。
彼女はそれでも、笑っていた。
その笑顔はどこか、壊れているようにも見えた。
「……ごめん。変なところ……見せちゃったね」
言うと再び顔を埋めてしまった。
もうこれ以上話したくもないとでも言いたげに。
これ以上声を掛けても、反応はなかった。
どうやら、寝てしまったらしい。
僕はかばんの中に詰め込んだ水筒と、非常食用のビスケットをそこにおいて灯台を後にした。
時が経てば人は変わるとはよく言うが、あの変わり方は普通ではなかった。
明るく、活発で、優しかったハルは、別人のような影を宿していた。
翌日、僕は朝から山登りに勤しんでいた。
「はぁ……はっ……うっ……」
というのも、時雨神社へ参拝するためだ。
島へのご挨拶という意味もあるが、本命は縁結びのお祈りに来た。
ハルがなんであんなにボロボロになっていたのか、僕にはさっぱり見当もつかない。
でも、何か力になりたいと思わざるを得なかった。
神社に到着する。
鳥居の前で一礼し、中央は通らず鳥居をくぐる。
神社には既に先客がいた。
廃れた神社だと思ったのに。
「あら、珍しい」
そこには巫女さんがいた。
白い髪にツインテールの可愛らしい巫女さんだ。
「あ、もしかしてお祈りですか?どうぞどうぞ」
「あ、どうも」
カバンから財布を取り出す。
小銭入れを確認すると、小銭が入っていないことに気付く。
そうだ、島に来るにあたって財布の中身を整理していたんだ。
入っているのは、千円札が3枚と、虎の子の一万円札が1枚。
渋々ではあるが、千円札を取り出し、賽銭箱へと向かう。
途端、ガシッと力強く腕をつかまれた。
何事かと見ると、必死な形相で巫女さんがこちらを見ていた。
「や、やめときましょ!ね!ここ、廃神社みたいなもんですよ!ほら!ボロッボロ!」
巫女さんが言うかそれ!?
「ええい離せ!何かに縋らずにはいられないんだ!」
「ほら、こんなとこに神様なんていませんよ!気持ちだけ!ホント気持ちだけで十分だと思うのですよ!」
目をグルグルさせながら組み合ってくる。
体格の割に、思いのほか力が強い……!
「いいや!いるね!まだ見ているね!だからこんなことも造作もないね!」
なんか頭に血が上ってきて、千円札をしまい、一万円札を取り出した。
「いやあぁぁ!!やめて!やめてぇぇ!」
悲鳴が上がる。
端から見ればこの絵面、僕が絶対に悪者だよな。
神様が見ていたらどうしてくれる。
巫女さんの手を振りほどこうとする力と、それに反発する力で手が徐々にブンブン揺れる。
「よし!」
離れた!さぁ、一拍してから……
途端油断したのだろう。僕の指も同時にその力を緩めてしまった。
ヒラヒラと手を離れ宙を舞う諭吉さん。
これ、新札になったら諭吉さんも忘れられちゃうのかななんて、余計なことを考えながらボーっとその行方を見ていた。
風に揺られ、ヒラヒラと。
賽銭箱へ吸い込まれていった。
「ああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」
二人の悲鳴が同時に響いた。
大切なものはきっと、失ってから始めて、その重要性に気づくのだろう。