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5.忘れたことすら忘れたい

「いや、ダメって……何を言ってるんだよ」


突如立ち塞がってくるハルに動揺を隠せない。


「すまん、どいてくれ。急いでるんだ」


僕は自転車に跨って、ペダルを踏みしめる。


「!?」


すごい勢いでペダルが空転した。

チェーンが……外れている。

よく見たらタイヤはパンクしているし、サドルがブロッコリーになってる。

……


「いやサドルのブロッコリーは余計だろ!」


ツッコんだそこに、既にハルの姿は無かった。

どうやらハルは僕とシロを会わせたくないらしい。

今まで神社までの道案内をしていたのも、もしかして灯台から遠ざけるためか……?

考えるのは一旦後にする。

ともかく、灯台に急がなければ。

走り出す。

3歩ほど動いたところから足が動かない。


「うわ」


粘着性の…ガムか何かか?

とても走り辛い。


「こんなもの!」


靴を脱ぎ捨て、素足で走る。

舗装された道とは言え、アスファルトですらチクチク痛い。


「いっ!」


体が宙を舞う。

ビタッ!と体が地面に打ち付けられる。

よく見たらビーダマが至る所に撒かれていた。


ビーダマに注意していると、別の感覚が足を襲う。

ヌメッとして、気持ちの悪い。

一歩踏み抜こうとしたら滑ってまた体のバランスを崩す。

あれだ、バナナの皮だ。なんて古典的な。


少し進むと、立ち入り禁止!の看板やテープが張り巡らされていた。

迂回するわけにもいかず、騒音を立てることに申し訳なさを感じつつも強引に突き進んだ。


また少し進むと、そこにはまたバリケード……を設置しているハルの姿があった。


「とりあえず、一ついいか」


呆れたと言いたげな顔をしつつ、ハルはゆっくりとふらふらと立ち上がる。


「……なに?」

「サドルにブロッコリーはなんかこう……違うだろ」


頭からなかなか離れなかった。

巧妙なトラップだ。


「私こそ、一つ言わせて」

「なんだよ……」


暗くて、街灯も少なくて、表情はよく見えなかったが、いつかの苦虫を噛みつぶしたような表情をしているような気がした。


「なんで、なんで来ちゃったのかなぁ……!」


怒りと、悲しみと、後悔と、恋慕と、様々な感情で声が震えていた。

その声は少し、昔の元気なハルを思い出させた。


「今日、今日を耐え抜けば終わったのに……なんで……なんでよりによって……」


顔をぐしゃぐしゃっと拭う。

するといつもの落ち着いたハルの口調に戻っていた。


「ミナトは、シロちゃんと、巫女様と結ばれちゃダメなんだよ」


必死に僕の行く手を阻んでいた。

目的は確かに妨害だった。


「あんなの……運命でもなんでもないんだよ……」


縋るように、諦めてくれと、そう言っていた。


「妬いてる……って感じでもないよな。なんだよ、結ばれちゃいけないって」


納得のいく説明をしてくれれば、僕は何か解決策を探し出すまでなのだが。


「この島の呪いがどんなものか知らないから、そんなこと軽々しく言えちゃうんだ……」


……これ以上の議論はしている余裕はなさそうだった。

僕はさすがに堪忍袋の緒が切れて、一歩踏み出す。


「ダメ」


ハルは一言、立ち塞がってくる。


「どいてくれ」

「むり」


もう一歩踏み出す。

ハルはややたじろぐが、譲れないと言いたげにそこをどかない。


「……どけよ!」

「っ……!いやだ……!」


だんだんヒートアップしてきて、語気が強くなる。

僕はもう察した。

これ、無理だ。

ハルを傷つけたくはなかったが、なりふり構っていられなくなってきた。


ドカッと鈍い音を立てながら、ハルに向かって体当たりをした。

ややよろめいたが、僕をつかんで離さない。


「離せよ!」

「ダメだよ!」


目には涙を浮かべながら、必死に抵抗してくる。

なんでこんなに……必死なんだよ。


今まで受けた傷もあり、ハルという抵抗を受けたままではさすがに動けそうにない。

思いっきり引き剥がそうとするが、より強くしがみついてくる。


「シロちゃんもシロちゃんだよ!なんで……なんで……!」


喋ってる余裕も、聞いてる余裕も僕には無かった。

ハルを引き剥がすことだけに夢中だった。


「なんでそんなに!命より大事だなんて軽く言っちゃうのかなぁ!」


腰の付近で騒いでいる。

僕は既にその言葉が耳には入ってこなかった。


僕は途中から作戦を変え、引き剥がすのではなく、ハルを下に押し込んでいくことにした。

予想通り、下に押すと引き剥がすよりも簡単に落ちていった。

もう少し、といったところで足首を強く掴まれる。

これは……たぶんもう離れない。


「……ごめん、ハル!」


そこまで躊躇していたが、ハルを引きずってでも進むことにした。

力の入る体勢ではなかったせいか、なんとか進めるくらいにはなった。

顔は引きずって無いことだけは確認しつつ、ズリズリとした音に罪悪感を抱きながらも足を進めた。


だいたい、灯台まで半分といったところだろうか。

ブオォォという音が灯台から聞こえた。

ふと、足首にかかっていた力が弱まる。


「私の……勝ちだ……」


そうハルが小さく呟く。

その意味は分からないままだったが、灯台へ急ぐことを優先した。


灯台へ到着した。

そこまでの道はトラップが張られてはいなかった。

灯台の扉を開く。

鍵はかかっていなかった。

中は意外にも生活感で溢れていた。

布団に、机、椅子、朝日が差し込んできて、こんな気分でもなければとても心地よかったことだろう。

シロは、いなかった。

叫んでも、どこを探してもシロはいなかった。

あったのは、机の上に一言、『大好きでした』の文字と、シロの付けていた髪留めだけ。


「シロちゃんは、さっき来た船で島を出たよ」

「……は?」


そこには追いかけてきたのかボロボロのハルの姿があった。

服は上も下も引き摺られてボロボロだった。

あの音、汽笛だったのか。


「あとはミナトの想像通り。シロちゃんをここに住まわせてたのも、ミナトを遠ざけてたのも、全て私」

「は……わ……」


崩れ落ちる。

口に出かけた言葉が引っ込んで、また出てきて、何も言葉が出てこない。


「いい子だよね、シロちゃん。最後私に、ミナトさんと幸せになってねって言ったんだよ。笑っちゃうよね……。……そんな資格、あるわけないのに」


ハルは結局何がしたかったんだろうか。

頭の中でぐるぐると思考が巡り、ショートする。


「ねぇ、ミナト」


ハルがこちらに歩いてくる。

いつものように隣に来て、立ち止まり、いつもと違い離れていく。


「やっぱりさ、もう、島を出ていきなよ」


キミの探すものはもう、何もないよ。

その言葉が、頭の中で、ぐるぐると回っていた。


ふと気づくと、荷物をまとめて船着き場にいた。

心ここにあらずといった感じで準備をしていた。

もしかしたら、何か詰め忘れたのではないか。

そう思って、スーツケースを開く。


「……あ」


髪留めが入っていた。

シロのものとは別のもの。

あの髪留めは、灯台に忘れてきてしまった。

結局、これは誰のだったのだろうか。

シロと僕とを結びつけてくれた、空白。

でも、こんな辛い思いをさせた元凶。

こんなことなら……。

今ふとすごく嫌な考えが自分の中で巡り、髪留めをスーツケースに押し込んで、バンッと力強く閉めた。

船の汽笛が鳴り響く。

嫌な記憶がフラッシュバックして叫びそうになる。

シロとあった時より大きな空白を抱え、船に乗り込んだ。



船が島から離れていく。

神社も、灯台も徐々に見えなくなっていく。


「あぁぁぁ!!」


遠くから、誰のかも分からない、すごく悲しい慟哭が僕の耳に入り込んできた。


遠くから雨の音が聞こえてきて、船の中へと駆け込んだ。

幸いにも船の中はガラガラで余裕で座ることができた。

スーツケースを再度開けて、髪留めを取り出す。

忘れた。

そう、忘れたことは覚えていたからこうなったんだ。

そんなことなら、もういっそ、忘れたい。

忘れたことすら、忘れたい。

雨の音は徐々に強くなってくる。

僕はそんな音を鬱陶しいと思いながら、耳を塞ぎ、目を閉じた。

意識は徐々に、薄れていった。


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