3.たぶんこれが運命なんだと思う
「うっ……はぁっ……はぁ……」
聞いてないぞ。
なんで神社までの道のりがこんな険しいんだ。
息も絶え絶えで山道を必死に登る。
一応、かつて観光用に石畳で舗装された道はあった。あったのだが、長い間放置されていたのだろう。草木が生い茂り、とても歩くのに向いた環境ではなかった。
そうして歩くこと30分ほど、ようやく開けた場所に出た。
ボロボロになった鳥居の前で一礼し、中央は通らないようくぐる。まぁ果たして本当にまだ神様がいるのかは分からないから、こんな礼儀、必要かどうかは分からないが。
神社は神社でボロボロで、形を辛うじて保っているような感じだ。
本来なら神聖さの欠片もない場所なのだろうが、なぜか、すごく光に満ちた、神聖な場所のようにも感じてしまう。
「あら、珍しいですね」
白髪の、巫女。
どこかで会ったことがあったのだろうか。
久しぶりって言葉が出てきそうになる。
歳はひとつかふたつほど下だろうか。
「あ、ども……えっと……」
聞きたいことが多すぎて、言葉がつっかえている。
キミは誰なんだ?
どうしてここに?
キレイですね。
この島にはいつから?
この神社とはどういう関係?
そんな考えを巡らせていると、手に持っていた髪留めを思い出した。
「この髪留め、もしかしてキミのだったり……しない?」
唐突に、突拍子もないことを聞かされ、巫女さんは目を丸くしている。
ちょっとおろおろとした感じで、戸惑っているのだろう。
「あぁ、いやごめん、なんかさ、髪留めを見たときも、キミを見たときもを懐かしいって気持ちがあったんだ。いやごめん、急に変なことを言って」
言い訳のように言葉が濁流のように流れてくる。
「あなたも、何かを忘れた感じがしたのですか?」
も?
唐突に変なことを聞いてきた。
この子も、何かを忘れたという記憶だけ持っているのだろうか。
「あなたもってことは……もしかしてキミも?」
「はい、何かを忘れてしまったような感じがして、気づいたらここまで来てました。そしたらあなたが現れた」
巫女さんは神社を振り返り、柱に手を添えた。
「かつてここは、縁結びの神社として有名でした。聞いたことはあるでしょう?運命の人と固く結ばれる場所だと」
過去を慈しむように、神社の柱を優しく撫でている。
神社は朽ちていたせいか、撫でられるたび、少し鈍い音を出していた。
「昔は儀式とか、そういうものがあったみたいなんです。でも、時が経つにつれ、忘れられ、巫女という存在と、この神社が形式的に残された」
神社の柱から手を離し、再びこちらに振り返る。
「もし、あなたに興味があれば、一緒にこの神社について調べてみませんか?」
巫女さんは手を伸ばしてくる。
この巫女さんはいったい、何を忘れているのだろうか。
僕はいったい何を忘れているのだろうか。
それをもし、思い出すことができたのなら。
「面白そうかも」
僕はその手を掴んだ。
何かを忘れているもの同士、その余白が僕らを結んだのだろう。
巫女さんは手を小さな力ではあるものの、しっかりと握り返して、笑う。
「私は真白シロです。この時雨神社の、形式的な巫女をやってます」
「僕は篠原ミナト。この島に遊びに来た大学生だ」
きっと、こういう瞬間を切り取って、運命を感じたと人は言うのだろう。
結局シロとの調査は難航していた。
あの後時雨神社を少し調べてみたが、綺麗さっぱり何もなかった。
シロの家も少し調べさせてもらったが、結局何も見つからずに終わる。
最近では、なんか、調査にかこつけて一緒に遊びに行くようなことも増えた。
「今日はどこに行きましょう」
どうやら巫女服はあの時たまたまだったらしく、ワンピースにツインテールでいることが多かった。
シロの長いツインテールがぴょこぴょこ揺れている。
遊ぼう遊ぼうと尻尾を振ってる犬みたいだ。
「じゃあ今日はあの辺りに行ってみるか」
灯台の方へ。
ハルと鉢合わせたら面倒なことになりそうと思って避けていた場所だ。
意を決して行くことにする。
集合場所はいつも時雨神社で待ち合わせから始まる。
結局、あの道も雨の後だったから歩きにくさが増していたようで、いざ歩いてみるとそこまで辛い道でも無かった。
いやまぁ、息切れはするが、トレーニングと思えば、こんなもの。
時雨神社ももう見慣れたものだ。
見慣れると、やっぱりボロさが際立つ。
時雨神社から灯台まで行くのに、集落を一度経由する。
シロは歩き慣れているのか、ぴょんぴょんと僕より速いペースで道を下っていく。
下りなら、多少はマシだ。
シロに疲れたところは見せたくないし、少し強がりながら道を下る。
時雨神社のある山を降りるとすぐに集落につく。
山を降りてすぐがシロの家なのだが、シロが神社を見てから行きたいと言うので、集合場所は神社にしている。
集落には多少ではあるが、飲食店が無いわけではない。
「なぁ、シロ、ちょっとあそこ寄っていかないか?」
「おおー、いいですね、行きましょ行きましょ」
時間も丁度お昼すぎ、今向かうと高確率でハルとエンカウントする気がしたからカフェに立ち寄ることにした。
昔はたくさんこういうカフェみたいなとこがあったというが、今じゃここが最後のカフェだ。
注文を終えてしばらく待っていると、コーヒーとオレンジジュース、あと小さめのパフェが机に並んだ。
シロの顔がパァッと明るくなった。
最初は神秘的とか、キレイとか思っていたが、こうしてみると年相応の可愛らしさがあると思う。
「ミナトさん、ミナトさん!これ、とてもおいしいですよ!」
唇にパフェを少し付けながら、やや興奮気味に語る。
それにしても、なんなんだ、カキのパフェって。
柿じゃない、牡蠣だ。見た感じ加熱処理はされているようだが……。
「この塩加減と、アイスの甘さ、そしてフレークの絶妙な食感が癖になります。そう、ここ、この比率で食べるとおいしいんです!」
食べてみてと言わんばかりに、スプーンに牡蠣と、アイス、そしてフレークを乗せたものを差し出してくる。
というか、え、これ食べたいどうこうより、間接キスとか、あーんとか、そういう方のが気になるのだが!?
「ほら!ほら!」
そんなこと考えていないかのように、早く食べて!って言わんばかりに、スプーンを差し出してくる。
これは、いかざるを得ないか。
意を決して、牡蠣パフェをあーんしてもらう。
心臓がすごい音を立てている。
額には暑さか緊張か分からない汗が流れている。
差し出されたスプーンを口に含む。
「どうかな!どうかな!」
咀嚼して、呑み込む。
「とても……オイシイデス」
まずかったわけではない。
緊張で味が何も分からなかったのだ。
「でしょ!でしょ!」
そんな僕とは対照的に、本当に無意識にあーんをしていたらしいシロはそのまま牡蠣パフェを食べ進め始めた。
あぁ、今度一人でまた牡蠣パフェを食べに来ようと胸に誓い、コーヒーを飲んだ。
なんだかんだニ時間ほど歩いただろうか。
廃灯台へと到着した。
集落で色々寄り道していたら、予想以上に時間がかかってしまい、今はおおよそ5時頃だ。
オレンジがかった海と灯台がすごく綺麗に見える。
「相変わらず、ここはキレイなところですね」
シロの長いツインテールが潮風に揺られなびく。
なんか、隣にいるのに、とても遠くにいるような、カフェの時より、少し距離を感じた。
「さて、結局何も見つからなかったことですし……」
チラリと海を見る。
ツインテールがまた揺れて、遊びたいなーって気持ちが現れてくる。
「少し海辺で遊んでいくか」
「やったー!」
靴を脱ぎ捨て、浜辺で水をパシャパシャと踏む。
僕も靴を脱いで、海に足をつける。
少し海水が冷たい。
もう秋になることを、海の冷たさから実感した。
「暗く……なっちゃいましたね」
えへへ、とシロは可愛らしくはにかんだ。
結局あの後小一時間、水をかけ合ったり、砂浜で遊んだり、子供のように夢中で遊んでしまった。
灯台から集落まで灯りはほとんどなく、星がキレイに見える。
そんな頼りない道を、スマホの頼りないライト一つで二人で歩いていた。
夕方の海岸では、距離を感じたシロが、今は離れないようにとピッタリくっついている。
はたから見たら、僕らはどう見えるのだろうか。
カフェであーんとかして、海辺で遊んで、ピッタリくっついて帰っている。
今思い返せば、実質デートではなかろうか。
……まぁ、シロはたぶんそんな気は無いような気がしているが。
でも、考えてしまう。
シロが運命の人だったら……と。
とはいえ、この状況、誰かに見られでもしたらすぐさま広がるんだろうなぁ。
見られたくない反面、見てもらって広めてもらって、シロにその気を持ってほしいという気持ちがないわけでもない。
「「あ」」
ライトが何かを照らした。
見覚えのあるスニーカー。
髪留めとは違い、誰のものかなど明白だった。
僕とシロは足を止める。
ライトを上に上げたくない。その人物が、いったいどんな表情で僕らを見てるのか、知りたくない。
さぁ、前言撤回させていただこう。
こんな状況、知られたらまずい人が一人だけいた。
そして知られただけでなく、絶対に見られてはならない人が、一人だけいた。
「えっと……何してんの」
「ハル……」