17.共に、並んで、どこまでも
船内アナウンスで目を覚ます。
時雨島への到着を示すアナウンスだ。
……大丈夫、全て憶えている。
「さぁ、行こうか」
荷物を持ち、まずは自宅へと向かう。
「あぁ、これはもういらないかな」
ナイフを海に捨てる。
ごめんなさい、ただ今捨てないと揺らいでしまいそうで。
代わりにこの島にいる間は積極的にペットボトルゴミの清掃でもしようか。
たぶんシロと一緒なら、そんなことも楽しいに決まってる。
ナイフを海に捨ててから少し不安になった。
この周のシロがとんでもないものだったら……!
いやおバカ系とかなら愛せる。
大丈夫だ。
ただ、人外ともなると。
例えば犬になっていたら……。
いや、それはそれで可愛いな。
ありだ。シロ犬。
荷物の整理が終わり、時雨神社へと向かう。
もう慣れたもので、15分ほどで登りきってしまった。
「あら、珍しい」
そこにはやっぱり、彼女がいた。
白い髪に巫女服姿。小柄な可愛らしい彼女が。
「不躾なこと聞くけどさ。僕らってどこかで会ったことってあったっけ」
「さぁ……?」
と小首をかしげる。
そして、でも……と続ける。
「なんだか、とても懐かしいやりとりなようにも感じますね」
それからというもの、時雨神社に集まってはどこかへ2人で遊びに行った。
並んで、一緒に歩いた。
「ここの牡蠣パフェ、実は結構いけるんですよ」
「だ、騙されませんよ!」
思い出のカフェでは2人で牡蠣パフェを頬張った。
美味しいと、お互い感想を言いながら。
シロはオレンジジュースを、僕はコーヒーを片手に、穏やかな時間が過ぎていった。
来週はチョコパフェを一口あげてみようか。
いや、苺パフェも捨てがたい。
「ここ、実はネコちゃんの穴場スポットなんですよ」
「か、かわい!」
シロに案内を任せたら、集落の裏手で猫の溜まり場を教えてもらった。
そして可愛いのはネコと戯れるシロのことだよ。
危うく倒れてしまうところだった。
次来たときは、撫でさせてもらえるだろうか。
……いや?もちろんネコをだが。
「この場所は結構お気に入りでさー!」
「すごい!すごいすごいです!」
灯台に来た時は一緒に海岸で遊んだりもした。
この歳になって、楽しめるものは楽しめるんだ。
仕方ないだろう。
もし、海行くって言えば、シロの水着姿とか見えたりするのだろうか。
……想像しただけで体温が上がってきた。
「ここの日差しは強くて、天日干しに最適なんですよぉ」
「ほへぇ〜」
灯台から帰る道すがら、濡れたままだと気持ち悪いねって話をしていたら、絶好の日向ぼっこポイントを教えてくれた。
ここもネコが時々寄ってくる。
もしかして、シロって大の猫好きか?
それはとても、いいことを聞いた。
「ここ、出たって話だよ。怨念が……おんねーん!」
「きゃあぁぁあ!」
洋館に連れてきたら、僕の思う通り、しっかりと怖がってくれた。
ここ、夜はもーっと雰囲気出るから、とても楽しい所になるんだよな。
……今度、ここに迷った体で、2人で泊まるか。
2人でゆっくり、ゆっくりと、思い出を一つ一つ積み重ねる。
確かに僕らは一つのゴールへと向かっている。
そんな手応えがあった。
そろそろ、思いを伝える時だ。
夕方の神社。
夕焼けが神社を真っ赤に照らす。
シロは今日も、そこにいた。
「……シロ!」
振り返った彼女はとても明るく僕の方へ駆け寄ってくる。
意を決して、鳥居の前で一礼し、中央を通らないよう歩く。
息を大きく吸って、呼吸を整える。
もう既に、心臓はありえないような音を鳴らしている。
「少しだけ、話を聞いてほしいんだ」
僕がそう言うと、真剣な話だと理解したのか頷き、神社の階段に腰掛ける。
僕はシロの隣に腰掛けた。
「で、話ってなんですか?」
実は、隣からも心臓の音が聞こえてきてる。
ちょっと、いや、だいぶ愛おしい。
ただ、ごめん。思いを伝える前に、伝えなきゃならないんだ。
「このガラス玉って特別で、すごい簡単に言えば記憶を持ったまま、過去に戻れちゃうんだ」
「なるほど、すごいものなのですね」
ふむふむ、とガラス玉を覗き込む。
「僕はさ、このガラス玉を使って何度も何度も過去に戻った。その度にキミに僕の持ってる記憶を話した」
シロは僕の話を聞いているようではあるが、ガラス玉がキレイという事に夢中なようだ。
「僕はずっと、キミのために記憶を話してきたんだ。キミの余白が埋まってくれるように」
ただずっと、空回ってきた。
「僕はただ、キミのヒーローになりたかったんだ」
それはもう、使命とか、そんなことじゃない。
「でも気づいた。
ただ、キミが好きだったんだ」
「ひゃい!?」
唐突な告白に鳴り止んでいた心臓の音が、再び凄い音を立て始める。
「僕はこのガラス玉がシロと僕とを結ぶものだと信じて疑わなかった。
だから決意したけど、最後のこの時までガラス玉を手放さなかった」
どういう心持ちで聞いたら良いか分からなくなっているシロは、目をぐるぐると回している。
「不思議な話があってさ。
どうやら僕とシロが結ばれたら、僕は命を落とすらしい」
でも、思ったんだ。
大丈夫だって。
「記憶はなくともシロには会える。
記憶はなくとも、シロと結ばれる」
だってそうだろう?
儀式は運命の人が見つめ合わないと始まらないんだ。
そんな僕らが、出会わないはずがない。
「真白シロさん」
「は、はい!」
ピシッと姿勢を正す。
「僕は、あなたが好きです」
「わ、私も、ミナトさんのことが好きです」
「シロの好きに負けないくらい僕はシロが好きです!」
「私だってミナトさんの何倍、何十倍ミナトさんのことが好き!」
僕はシロの方へ向き直る。
「僕の……運命の人で……これからも!いてください!」
「……はい!」
そう、運命の人なんだ。
だからもう、こんなものは必要ない。
「ええい!!」
「あー!!!」
ガラス玉を遠く、海へと放り投げた。
「キラキラ……」
シロはちょっと悲しそうに空を見つめていた。
「シロ、きっと、また見つけるから」
「今度は私がミナトさん迎えに行っちゃうかもよ?」
「それはそれで、素敵かも」
そんな軽口を叩く。
心臓がまた、うるさく鳴り響く。
これは不安とか、そういう鳴り方ではない。
唇を重ねること、そしてこれからへの期待だ。
唇が、触れた。
ガシャン!そんな大きな音が鳴り響いた。
それと共に、雨の音も鳴り響く。
まるで舞台装置が決壊したかのような。
いや、マジだ。
太陽が物理的に落ち、空が破れていく。
そんな崩壊の中、ひときわ強い光を見つけた。
僕は慌ててシロの手を取って駆け込もうとした。
途端、シロの手を取って落ち着いた。
小さく、脆く、消えてしまいそうな、この手を大事に大事に、これからも握っていくんだ。
僕らは並んで、強い光を目指して、歩き始めた。