16.懐かしい、温かな感触
「えぇ、断言します。過去の私はそんなこと望むことはありません」
たぶんと、前置きされていたが、きっぱりと断られてしまった。
なんかそれがとても悔しくて、僕の全てを否定されたようで、シロの肩を強く掴む。
シロは一瞬痛そうに顔を歪めたが、すぐにまた毅然とした顔に戻る。
「シロが!シロが言ったんだ!空白があるって!不安だって!キミが言ったんじゃないか!」
縋るように、吐き出すように言葉が溢れてくる。
「僕がキミの空白を埋めるたび!ありがとうって!すごいねって!優しく笑ってくれたじゃないか!」
シロは何も言わず、静かに僕の言葉を聞いている。
「キミが何も言わなければ!僕だって、僕だって気づけたかもしれない!でも!でも!」
「もうやめてください!」
ピシャリと、明確な拒絶が僕の体を襲う。
「空白があるのは確かに辛いです!思い出せないのはとてももやもやします!でも!それも抱えて、今の私がいるんです!」
言っていることが、あまり頭に入ってこなかった。
空白があるなら……埋めて欲しいと願わないのか……?
「私があなたに空白を打ち明けたのは、あなたも空白を抱えている仲間だと思ったから!空白に思い出を当てはめるんじゃなくて!新しい思い出を満たせるって思ったから!」
え、じゃあなんだよ。なんなんだよ。
「僕のしてきたことは、間違いだったっていうのか!?」
「間違いも間違い!大間違いですよ!」
ハッキリと言われてしまった。
自分でも、すこし感じていたことを。
「じゃあ、やっぱり、僕はいらないじゃないか。
僕はキミのヒーローになれないんだから」
「ヒーローなんて最初から願い下げですよ。
最初から言ってるじゃないですか」
ヒーローが、いらない?
僕ならキミの余白を埋められるのに?
「私は最初から、同じ余白を持つ仲間が欲しかったんですよ」
私はただ。
「一緒に歩いてほしかった、それだけなんですよ」
その言葉が僕の胸に鋭く突き刺さる。
僕はいつから……
いつから僕は彼女の隣を離れたのだろう。
彼女を守りたかった。
ただ、彼女には笑っていて欲しかった。
ガラス玉を手にしたその時から。
僕は彼女を見下ろしていたんだ。
「僕はただ、キミを幸せにしたかった」
「幸せなんて私が決めますよ」
「僕はただ、キミに道を示したかった」
「どこへ進むかくらい、私に決めさせてください」
「僕はただ……」
言葉に詰まる。
でも、今は伝えたいんだ。
「僕はただ、キミと結ばれたかったんだ」
「私も、ミナトさんなら一緒にどこまでも歩いていけるって思ったから、声をかけたのでは無いですかね」
とても曖昧な返事。
でも、今の腐りきった僕にはその言葉がとても似合っていた。
「もう一度、隣に立っても、いいかな」
「また立ち上がった時、一緒に並んで歩きましょう」
そう、だから。
立ち上がるまでは。
彼女膝の上で少しだけ、涙を流させて欲しかった。
「うわ、島じゃ服って貴重なんですよ?」
「ごべん……」
相変わらず鼻声だし、目も真っ赤に腫れている。
「さて、立ち上がれましたか?」
「……ズズッ……問題、ないよ」
それじゃ、と一呼吸置く。
「最後の一周、行ってきましょうか」
「あぁ、もう間違えない」
リセットをするため、ナイフを抜いた。
この行為も何回目だろうか。
僕がナイフを振り上げた瞬間、目の前に、白い影が通っていった。
「今度こそ、幸せにしてくださいね」
唇が、ほのかに温かい。
次の周でも、きっとこのシロのことは忘れないだろう。
いや、いままでのシロのこともきっと忘れない。
でも、誰がいいとか、悪いとかじゃないんだ。
みんな、シロなんだ。
どこかが違っても、結局どこかは同じシロなのだから。
全員をしっかり愛すると心に決めた。
再確認するように唇をなぞる。
「……久々に、ちゃんとキスされたな」
「確認してんじゃないです!」
すごい遠くから、怒りの声が聞こえた気がした。