15.この話は誰のためにすればいい
その周は結局、シロが怯えてしまい、進展がなかったからサクッと諦めた。
でも、これはポジティブな諦めだ。
だってもう、分かったのだから。
次はちゃんと、与えさせなくちゃ。
またループがはじまった。
ナイフを手に取るのが癖になっていたから、少し取りにくいように位置を調整した。
根気強く、粘ろう。
それでもダメな時は戻ろうか。
いつものように、シロの空白を埋める作業から始まる。
1日目や2日目はいい。問題ない。
3日目からだ。
「ここでハルがな」
シロが興味をあまり持っていないようだ。
そう、このタイミング。
「なぁ、シロ、ちょっとお腹減っちゃってさ。何か料理とか作れるか?」
「え?あぁ、まぁ、少しなら……」
いつかと変わらずそうめんが出てきた。
「おいしい!すごいやシロは!ありがとう!」
「え、えへ……」
ありがとうや、すごいって言葉を使うことを意識した。
与えるという感覚は人を満たす。
そう、与えられるだけだと引け目を感じてしまう。
きっとシロもそうだったんだ。
しかし、結果は変わらなかった。
失敗のパターンに与えることの拒絶が増えただけだった。
30周を過ぎる頃、一つ気づいたことがある。
このシロ一人一人、個性がある。
もちろんベースは同じだが、活動的な子や大人しい子といった感じに個体差がある。
中でも素直な子は当たりだ。
僕の話を一番よく聞いてくれる。
逆にちょっと身勝手な個体はハズレだ。
あのタイプはすぐよそ見をする。
そういえば、最初に恋したシロも、身勝手なタイプだっけ。
いや、僕はシロを救うんだ。
そのためには、当たりの個体を引かないと。
そこからは早かった。
切り捨てる周が明確化したことで、良いところまで行ける確率は格段に上がってきた。
もう少しで、シロの空白を埋めてあげることが……
ふと、引っかかった。
僕はどうして、シロの空白を埋めたいんだ?
シロの空白を埋めて、どうしたいんだ?
シロの空白を埋めることが、本当にシロを救うことになるのか?
そんな浮かんだ疑問を再び靄の中に隠す。
もし、その答えが出てしまったら。
僕のこれまでの行いが間違いだったみたいじゃないか。
62周目、彼女は当たりだった。
しかしどうしてもあと一歩が届かない。
73周目、彼女も当たりだった。
だが、この子は長く続かなかった。
85周目、彼女はハズレだった。
しかし、たまにはハズレ個体とも遊んでリフレッシュしたくなった。
それが失敗だった。
「ミナトさん!ミナトさん!」
ハズレ個体の扱いは余白を埋めることより、僕の純粋なリフレッシュに充てている。
この日は一緒に魚釣りだ。
「おー、どうしたシロ」
「かかった!かかりましたよ!大物です!」
竿がクイクイっとしなる。
見るとそこまで大物ではなさそうだ。
案の定僕がクイッと持ち上げると一匹の小魚が食いついていた。
「どうです!?この子!名前は」
「62周目のシロなら、一人で出来たよな」
ポツッと僕の本音が漏れていた。
気づいた時には遅かった。
シロが飲み込めないような顔でこちらを見つめている。
僕は慌ててナイフを、手に……。
ポシャ……
手が震えたせいで、ナイフを落としてしまう。
こういう時に限ってなんて運のない。
とにかく、一刻も早くリセットを……。
そうだ、あるじゃないか。
苦痛なくリセットできる方法。
シロの肩をガッと掴んで、唇と唇をぶつけた。
一瞬、シロが僕を拒絶したような、押し返したような気がした。
こんなにも、僕は、シロのことを愛しているのに。
仕方がない。次の周では当たりを……。
当たりって……なんだ……。
リセットした。
次の周のシロは少し気が強そうだ。
ハズレだな。
切り捨てようとナイフを手に取る。
途端、前回の周がフラッシュバックしてきた。
口から零れた本音。
でも、あの瞬間、確かに僕は後悔していた。
なぜ?
もう少しあの周の可能性を見たかった?
いや、僕はたぶん純粋に楽しんでいたのでは、ないだろうか。
少し、僕のことすらもぼやけてきた。
この周はハズレ個体ではあるが、少し様子を見てみることにした。
「ミナトさん、今日はこれ、やりませんか」
ずいっとシロが持ってきたのはおはじきだった。
「いや、今日は灯台でのシロの話を……」
「これ、やりましょう」
とてつもなく、面倒だった。
何度もナイフに手が伸びた。
何度不意打ちでキスしようかとも考えた。
まぁでも、与える必要性がないのは少し楽だ。
「私の勝ちですね」
ふふんと得意げにドヤ顔している。
僕は悔しそうな顔をしているが、まぁ実際のところ敢えて手を抜いている。
43周目のシロは負けたらグズって、あやすの面倒だったからな。
「さ、夜も遅いです。帰りましょう」
この周のシロはシロらしくもない。
少しどころじゃない。かなり強引だ。
頑固だ。意固地だ。負けず嫌いだ。
……でも、この子もシロ、なんだよな。
「帰り道くらい、シロの余白を埋めさせてくれないかな」
僕はいよいよ懇願していた。
さすがにそろそろ使命に取り掛かりたかった。
シロはこちらをじっと見る。
「その余白はなんで埋めなきゃいけないのですか?」
「え、だって、それをシロが望んだから」
「私は望んでいませんよ?」
「え?いや、まぁ、直接的にはそうかもだけど、他のシロはそれを望んだんだ」
たぶんですが、と前置きをする。
「きっと他の私も、そんなこと望んでいませんよ」
確かにその言葉はシロから紡がれたものだった。
でも、それは僕の知らないシロが紡いだものだった。
僕は、どのシロのために記憶を埋めればいいのだろう。