14.キミが求めてくるのがいけないんだ
僕はハルから受け取ったガラス玉を手に、神社までの道のりを登っていく。
もう、僕の記憶に空白は何もない。
かつての僕は、シロと同じ空白を持っていた。
シロはかつてと同じように、神社で待っていた。
僕は反芻するように、一礼して中央を通らないよう、鳥居をくぐる。
「あ、ミナトさん、やっぱり来てくれたんですね」
トテトテと僕の方へと歩いてくる。
白く長いツインテールがぴょんぴょんと揺れる。
「えっと、ミナトさん。私、何か忘れていたりしますでしょうか」
不安そうに、僕に聞いてくる。
昔だったら、シロもそうなの?と聞いていたことだろう。
「すいません。変なこと聞いちゃいましたね。なんというか、忘れたことは覚えてる……みたいな」
えへへ、とはにかむ。
おそらく、ハルの記憶を落としてきたことを悩んでいるのだろう。
今の僕なら、全てを覚えている。
そう、僕がいれば、シロの空白を埋めてあげられるんだ。
「ここはね、ハルと一緒にチョコパフェ食べたところなんだ」
神社から集落へ降りてきて、ハルとの思い出をシロに聞かせる。
シロは興味津々に僕の話を聞いてくれる。
「すごい!」「それでそれで!?」
そんな言葉一つ一つを聞くたびに実感する。
僕はこの子を守ってあげられるんだ。
カナメには出来なかったこと。
僕は決してカナメのようにはならない。
「この灯台、キレイに使われているだろ?これもハルが整頓してくれたんだ」
見なよ、このキラキラした目を。
僕はこの子の、ヒーローだ。
翌日も、そのまた翌日も。
僕はありったけの記憶の話をシロに聞かせてあげた。
「ミナトさんはすごいね」
「そんなことがあったんだ」
「教えてくれて、ありがとう」
あぁ、そうだよ。
僕は彼女の穴を埋めてあげられるんだ。
異変があったのは、その翌日のことだった。
「ちょっと待って。何か、こう、自分でも思い出せそうなの」
突然、変なことを言い出した。
ガラス玉がないと記憶は残らない。
無意味だ。
「そう!ここでピーちゃんと」
「そんなことしなくても、僕が教えてあげるのに」
え……と乾いた声が、僕の下から聞こえてきた。
そこからはありえないものを見つめるような、そんなシロの視線が僕に向けられていた。
「ごめん、ごめんね!ここはね、マリナのルーちゃんが……」
僕がそんな話をすると、彼女は笑ってくれた。
次の日も、その次の日も、僕の話に彼女は笑ってくれた。
自分で思い出せるかも、なんて言うことはなくなった。
また異変があった。
その日は彼女が神社に来なかった。
思えばありがとうっていつから言われてなかったっけ。
もしかして、僕は、シロを救えなかった?
こういう時カナメなら……。
「ご、ごめんなさい……」
振り返るとシロがいた。
ただ、様子がおかしかった。
あの長かったツインテールが、バッサリと切られていた。
「違う……違うんだ……シロ……僕はそんな、そんなつもりじゃ……」
切断面が、とても、痛々しかった。
この周は、シロにとても辛い思いをさせてしまった。
次はもっとうまくやらなければ。
僕は震える手で、手頃なガラス片で、ざっくりと僕の胸を突き刺した。
薄れゆく意識の中、泣き叫ぶシロの姿が見えた。困惑と、やや、安堵が混ざっていたようにも見える。
この周を、1周目としてはじめていこうか。
僕がシロを救うんだ。
2周目は1周目の経験を活かして、ナイフを持ち歩くことにした。
ガラス片は思ったより苦しい時間が長く続いた。
僕も苦しい時間が長く続くのは好きではない。
1周目と違い、2周目はもっとゆっくりとしながら、色んな記憶を埋めていってあげることにした。
ハルと過ごした灯台。
リノと過ごした洋館。
駄菓子屋のおばちゃんと過ごした座敷。
どれも、僕の運命の人との、大切な場所だ。
結果は変わらなかった。
最初こそ彼女は僕を頼ってくれる。
でも、日が立つにつれ、耳を塞ぎはじめる。
空白を埋めてくれって言ったのは、キミじゃないか。
僕は彼女の空白を埋めるため、上手くいく周を探し、さまよった。
次に変化があったのは13周目だ。
いつものように、洋館で、僕がシロの空白を埋めていた時の話だ。
「その時、シロってば」
「ミナトさん」
僕の話をピシャリと静止して僕の名前を呼んだ。
こんなこと、今までになかった。
「あ、ごめん、どこか分からなかった?」
「いえ、そうではなくて……」
もじもじと、言い出しにくそうにしている。
「あ、もしかしてお手洗いとか……」
「ミナトさん」
意を決したとばかりに、こちらに向き直る。
「ミナトさんが私のために頑張ってくれているのは知っています。知っていますが……」
どういったものか、シロが悩んでいる。
どうすれば傷つけずに済むか。
「少し、頑張りすぎじゃ、ないですかね?」
クラっと目眩がした。
頑張りすぎ?
なんで?
キミのために。
じゃあこの記憶はなんのために。
「シロ……あぁ……なんで……なんでそんなこと……僕は……いらないの……?」
考えがまとまらないまま、手癖でナイフを取り出し、今回は首元に突き立てていた。
戻ってきた。
まただ。
船室から。
荷物を降ろすところから。
荷物を見る。
ナイフだけ取り出し、服の中へ隠した。
とぼとぼと、僕は神社へと向かっていた。
「あら、珍し……」
「ねぇ、シロ」
そこにはいつもキミがいた。
あぁ、知っている。
キミがどこにいるか。
僕は全部、憶えている。
「僕、もう分かんなくなっちゃった」
フラフラと、鳥居なんて目もくれず、シロの方へと歩み寄っていく。
そうだ、カナメがやっていたように一度僕から刺してみようか。
そしたら何か分かるかもしれない。
「シロはさ、思い出したいんだよね。でも、シロはいつも思い出したくないって言うんだ」
感情が爆発寸前だった。
何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も失敗して、その度に心に傷を刻んできた。
「もう、疲れたんだ……疲れちゃったんだよ……」
もう少し、もう少しでシロの元まで……。
隠していたナイフを手に取る。
普段と隠し場所が少し違い、手間取ってしまった。
その時だった。
パサッと小さな体が僕を包み込んだ。
カシャっとナイフが音を立てて石畳に落ちる。
彼女は何も知らないはずだ。
ビクビクと体は震えている。
でも、僕の体をさすってくれている。
とても……安心する。
安心したら涙が溢れてきた。
シロは何も言わず、突然号泣した謎の男を優しくなだめてくれていた。
その時、僕は気づいたんだ。
何かをしてあげるっていう気持ちは間違いだった。
そうだ。
何かをしてあげる分だけ、何かをさせてあげなきゃだめなんだ。