12.狂気
「いや、サクラ、何を言っているんだ。僕だよ、カナメだよ」
「えぇ、ですからカナメ様と説明もありましたし……」
本当に分からないと言いたげにサクラは首をひねる。
あぁ、そうか。きっと拗ねているだけなのだろう。
あんな急に口づけしようとしたから。
仕方ない。一度機嫌を直してもらうために仕事しつつ、プレゼントでも買ってくるか。
「それじゃあサクラ。さっそく取り掛かるよ」
「はい、こちらがリストです」
7人の可愛らしい少女。
しかしサクラに比べたら大した事ない……と言うのは失礼か。
「それじゃあ、この子のところに行ってみるよ」
僕はそうして前回失敗したその子へ、アタックをかけに出かけた。
「嘘だろ……?2度目だぞ……?」
うなだれる。
前回は側で支えてくれたサクラは、飲み物とタオルだけ持って、そこに立っていた。
「初めてのことですからね。何もそこまで落ち込まずとも……」
違うんだ。
今まで、何度も、こなしてきたじゃないか。
「あ、そうだ」
デート中、サクラのために買ってきた団子のことを思い出す。
「ほら、サクラが好きって言ってた団子だぞ。一緒に食べよう?な?」
「えっと……あ、なるほどそういうことでしたか」
納得したとばかりにポンと手をたたく。
「カナメ様、戻られたのですね」
ふざけた話を聞いた。
巫女の記憶も例外なく引き継がれることはない。
ふざけた話だ。
本当に。
そんなことで、僕らの運命が破られると思うだなんて、安く見られたものだ。
その日からは演技の練習に徹底した。
サクラと実際にデートコースを回ったり、サクラに思いを伝える練習もした。
その一つ一つが真に好きな人への思い。
この感覚を忘れず覚えておかなくては。
ただ、少しこの作戦には欠点があった。
「お初にお目にかかります。カナメ様」
やってしまったとばかりに顔を覆うカナメ。
勢い余って、そのままサクラにキスしてしまうのだ。
阿呆だと思うだろう?
僕も相手がサクラじゃなければ、そんなヘマはしない。
でもさ、止まらないんだ。
この気持ちが。
サクラとデートをする回数も増えてきた。
徐々に、自分の中に、好きな相手への思いの伝え方というのが分かってきた。
まぁもちろん
「お初にお目にかかります。カナメ様」
リセットされる機会も増えたわけで。
「よっしゃぁ、クリアァ!」
「やりました!やりました!」
サクラの協力もあり、徐々に感覚をつかんできた。
苦戦していた7人のうち、3人の攻略に成功した。
こうして一つ一つこなし、そのたびに一緒に喜んでくれるサクラがとても愛おしかった。
そして、
「ごめんなさい!私、あなたのことは好きだけど、でもあなたって……」
ザスッ……
「ちょっと!?振られたからって、目の前でお腹切らないでよ!えっと!えっと!」
僕の命も徐々に軽くなっていった。
「お初にお目にかかります。カナメ様」
このセリフも何回聞いたことか。
リスクなくやり直せるのは、存外悪いものでもないような気がしてきたな。
まぁ……
「いかがなさいましたか?カナメ様」
このサクラを見ると少し悲しくなるが。
最近では死んだ後の軌道修正も板についてきた。
「御父様から聞いたとは思うけど、僕は戻っていて、前の世界ではサクラは僕のこと呼び捨てにしていたんだ。また仲良くしてくれたら嬉しいな」
ツラツラと、こんな言葉がテンプレートのように出てくるようになった。
「よし!……よぉし!……いよっしゃぁあ!!」
「やりました!やりました!」
7人のうち、6人の攻略が完了した。
あと一人までこぎつけた。
ようやく、ようやくだ。
さぁ神様とやら。
僕は誰の運命にも釣られなかったぞ。
あと一人攻略すれば、結ばれることを許してくれるよなぁ?
彼女の攻略は困難を極めた。
「あなた、他に好きな人いるでしょ」
「あなた、私を見てる?ホントに?」
「あなた、やっぱり私を見てないじゃない。ほら私の名前言ってみなさいよ。……サクラ?誰よその女ぁ!」
完璧な、はずだった。
彼女のリストは全て頭に入っている。
行動パターンから趣味嗜好まで全て知っている。
それなのに、足りない。
きっと、僕の中の何かが邪魔をしているんだ。
そう、邪魔しているものは……
「おい、今何を考えた?」
この攻略は手段であって、目的はサクラだ。
邪魔なことなどあるものか。
そう、大丈夫。
邪魔なことなどあるはずもない。
「お初にお目にかかり」
「お初にお目に」
「お初にお目にかかります」
「お初にお目にかか」
「お初にお目に」
「お初にお目にかかります。カナメ様」
自分の最終目標はサクラだと再確認するため、必殺の5連口づけをした。
そのたびに、死んでいるのだと思うと、なかなかのことをしていると思う。
ここ最近、サクラとのデートをあまり楽しいと感じなくなってきた。
何か違うんだ。
いや、同じだからこそ、違うんだ。
あの頃のサクラを、返してくれ。
「お初にお目にかかります。カナメ様」
「違う」
「いかがなさいましたか?カナメ様」
「お前じゃない!」
バンッ
机をありったけの力を込めて殴りつけた。
「……失礼いたしました。カナメ様」
サクラが申し訳なさそうに、何が悪かったのかも分からないまま、部屋を出ていった。
僕は常備していたナイフで腹を切り裂いた。
「お初にお目にかかります。カナメ様」
「あ、サクラちゃん、御父様から聞いてる?僕戻ってきたんだけどさ、前の世界ではサクラちゃん僕のこと、かーなくんって可愛らしく言ってくれてたんだ。その時みたいに接してくれると嬉しいな」
「えっと……では……か、かーなくん?」
何やってるんだろ。
リセットしよう。
腹を切り裂いた。
「お初にお目にかかります。カナメ様」
とはいえ、やっぱりサクラを見るたびに常々思う。
やっぱり運命の人だと。
この人しかいないのだと。
ちょっと忘れっぽいところとかあるけどさ。
そこも含めて可愛いんだよな。
でもさ。
なんでだろ。
なんで結ばれちゃだめなんだろ。
運命の人なんだからさ。
運命なんだからさ。
……痛みも、共有しなきゃ。
その日からナイフの切っ先がサクラに向くことも増えた。
「お初にお目にかかり……カナメ様?」
そうだよ、この島で採れたガラスを使って、ガラス玉作ってさ!サクラに力を込めて貰えばいいんだよ。
なんで気づかなかったんだろう!
「は?ガラス玉?……あー、ムリムリ。あれはもう作れねぇんだ。わりぃな」
は?
どうやら、人手不足で技術が途絶えたらしい。もうその作り方を知っている人は一人もいないという。
いや、諦めるにはまだ早い。
僕は必死にガラス片を集めた。
手当たり次第に。
そして、職人に頼み込んで、なんとか一つのガラス玉に纏めてもらった。
赤黒い、そんなガラス玉が出来上がった。
「サクラ!ちょっとこれ、力強く握っておいてくれ!」
「え?あぁ、はぁ……」
戻ってくるなり、そんなことを言って、僕はさっそく腹を捌いた。
「お初にお目にかかります。カナメ様」
「ガラス玉、ガラス玉は!?」
はて……と首をかしげたところで、僕の中で何かが折れた音がした。
「何してんのよ……」
あぁ、またこの子か。
「消えてくれよ……頼むから……」
「それ、この場から立ち去ってくれってこと?」
僕は首を俯いたまま横に振る。
「……あー……その、まぁ、何に悩んでいるか知らないけどさ」
少女がこちらの顔を覗き込んでくる。
「あたしじゃ、力になれないこと、かな?」
僕はまた首を横に振る。
「そっか。それじゃ、何をすればいいのかしら」
「……え?」
久々の進展。
結ばれるためにここまで頑張ってやってきたのに。
僕はもうその気もなくなって、全てを彼女に打ち明けた。
「なにそれ……一人のために永遠の時を生きる……素敵じゃない!」
「そんなロマンチックなものでもないよ」
彼女は興味津々に僕の話を聞いてくれた。
一部、隠したいところは隠したが、おおよそ全部ぶっちゃけた。
「で?私がその最後の一人ってわけね」
彼女の顔が夕日でぼんやり赤く照らされる。
「ほら、さっさとしなさいよね」
「い、いいの……?」
「いいから!」
あれだけ苦労したのに。
なんだ。簡単なことだったじゃないか。
唇と唇を近づけ、そっと口づけをした。
神様の判断する愛とは、なんと曖昧なものだろうか。
少女の体は消えかけていた。
「頑張んなさいよ。運命なんかに負けず、運命の人を勝ち取りなさい!」
そう言い残して、少女は消えていった。
見たことか神様め。
僕は全員攻略してやったぞ。
さぁ、ここからがハッピーエンドだ。
「お初にお目にかかります。カナメ様」
あの後、僕は意を決してサクラに口づけをした。
さすがに緊張した。
結ばれるんだって実感が湧いたから。
だが、現実はどうだ。
サクラの手には分厚い紙の束。
結局記憶を失い、戻っているサクラ。
「候補者はこの56名です」
増えていた。
僕の中で、心が完全に折れてしまった。
そこからは寝たきりだ。
サクラが鬱陶しくも思えてきた。
飲まず食わずでリセットなんてことも多々増えてきた。
そんなある日のことだった。
「終わった……のか……?」
僕は暗い部屋の中にいた。
窓の外を見ると、花びらを全て落とした桜の木が立っていた。
こんな醜い景色、時雨島にはあるはずもない。
全てを覚えている。
サクラの好きなもの。サクラの嫌いなもの。サクラの落ち着く場所。サクラの好きな人。
サクラのこと。サクラのこと。サクラの……。
見回りに来た人にここは何処かと尋ねると、本土の病院だと言われた。
そうか。儀式は終わったのか。
なぜ儀式が終わったのか。
おそらくだが、サクラから運命の矢印が完全に消えてしまったのだろう。
僕は、こんなにもサクラのために必死だったのに。
勝手なやつだ。
僕はその後、サクラの顔を忘れないよう、必死で似顔絵を描き続けた。
最初は笑顔を描いていた。
でも、なんだか足りなくなって、初対面の無表情、僕が腹を切り裂いた時のあの驚いた顔、僕に刺されうめき声を上げるあの顔、ちょっとだけいじめたとき見せたあの泣き顔……。
部屋一面にサクラの顔が並んだ。それはまるで生きているように、色鮮やかに見えた。
そして僕の運命の人がこんなに並んでいるところを見て、もう消えることのないサクラを見て。
とても、安心したんだ。