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11.回帰

「これで5人目、か」


洋館の正面玄関。満開の桜が咲く中で、カナメは一人立ち尽くしていた。

ついさっきまで、2人で並んでいたのに、口づけを交わした瞬間、消えてしまった。


「お疲れ様でした。これで残すところ……あと8人ですか」


タオルと飲み物を持って労いの言葉をかけてくるサクラ。

あの夏も終わりのあの日。

カナメは突如として、気味の悪い儀式に巻き込まれてしまった。




時雨島。

そこは複数の因果が生まれていく島。

世の中、運命の人は一人しかいないと、そう思われている。

しかし、本当にそうなのだろうか。

世界にはたくさんの人間で溢れかえっている。

運命の矢印が一人に向くことだって少なくはない。

その矢印を全て叶える、夢のような島。

それが時雨島だった。


彼、朽木カナメも複数の矢印が自身に向かって伸びていた。

その中でも一際大きい1本を成就させるため、他の13本の矢印を叶えている。




そんな彼はようやく、5人の攻略を完了したのだ。


「いつも迷惑かけるな、サクラ」

「迷惑だなんて、とんでもございません!」


少し頬を赤らめながら、タオルと飲み物を手渡す。

彼女、真白サクラは補佐として神社から手伝いに来ている巫女だ。


「えっと、では、次はどの方に参りましょうか」


カナメにリストを手渡す。

運命の人が誰か、その性格や好きなもの、行動パターンまで、神社が占い、調べ、まとめ上げる。

プライバシーの欠片もない行為が行われていた。

そして、そのリストにサクラの名前は無かった。


「では、次はこの人に」


指定した相手は、駄菓子屋の老婆だった。




儀式は時雨島の中で行われる。

島の外にいる人物はあの手この手で島に来る理由が作られる。

そして、カナメと出会い、恋に落ち、それぞれの因果へ旅立っていくのだ。


形式的な儀式も一応は時雨神社境内で行われる。

しかし、儀式自体は巫女と巫女の運命の人が出会った瞬間、強制的に始まる。

この現象の理由として、過去の人々はこう考えた。

巫女と結ばれようなど、恐れ多い。

一度結ばれる前に、自身の縁を考え直せ、と。





「あら、こんなババアでも、いいのかしら」

「何をいいますか。素敵なレディではないですか」


駄菓子屋の婆さんはゆっくりと、笑顔で消えていった。

まるで昇天するかのように。


「きついっ!きついって!」


さすがのカナメも今回ばかりは婆さんが消えたのを確認して、口を濯ぎに駆け込んだ。


「あらあらまぁまぁ……大丈夫ですか?」

「この様子を見て大丈夫だと思うなら……ぜひ変わって見てもらいたいものですね……」


サクラはカナメに抱きつく。


「今はこれくらいしか出来ませんが……いずれは……」


そんな思わせぶりなことを言われ、カナメの体温が急激に高くなるのを感じた。





儀式の達成条件は、矢印の向いた全員との愛のある口づけだ。

この愛は、ともかくいい加減なものではあるのだが。

そうして、矢印の向いた相手の中で、運命をより強く感じた相手の因果へとカナメもついて行くことになる。

とのことだった。


また、儀式の失敗条件は複数存在する。

一つ、カナメが島の外へ出ること。

一つ、巫女かカナメの死。

一つ、巫女とカナメの口づけだ。

巫女と結ばれた瞬間、カナメは命を落とすようになっている。

そして儀式は途中からやり直しとなる。


儀式には、重要な道具がある。

それがこのガラス玉だ。

この島で採れた特殊なガラスを、この島で加工したもので、それに巫女が力を込めることで神器となる。

このガラス玉を持っていることで、たとえ儀式に失敗したとしても、あるいは誰かと結ばれたとしても記憶を保持することが出来るようになる。






「次はどの方に行きましょうか」


あと7人。

同性や年配、あるいは赤子を先に消化したため、残りはそれなりに可愛らしい人が残った。

しかし、カナメは決意を固く、サクラが運命の人と信じて疑わなかった。





ここまで儀式の全容を聞いて思う人もいるのではないか。

それでも巫女を運命の人だと信じて疑わなかったら。

答えは明白だった。

そんなこと、あってはならないのである。





「あら、どうされました?」

「……撃沈した」


カナメの初めての失恋だった。

今まで甘い言葉で籠絡してきたカナメの初めての失敗だった。


「あら、それは大変。今晩はお赤飯ですね」

「初めては全てめでたいと!?」


時折、どこかズレている彼女がとても、愛おしい。


「すまない、取り乱した。リストをもう一度見せてくれ」


減っていないリストを見るのも、これが初めてだった。

とりあえず、少し難易度が高かったのだと切り替え、次の運命の人を指差した。

ただ、カナメは彼女の最後の言葉を忘れられずにいた。

『ホントはいるんでしょ?好きな人』

いるに決まっている。

だからこそ、消えてもらわなければならないのだ。

カナメの中で徐々に、自分を騙すことに限界が来ていた。





「なぜ……なぜ……?」

「あら、また……でしたか」


サクラがカナメを包み込む。

このまま口づけをしてしまおうか。

カナメの中でそんな考えがふと湧いてきた。

そうだ、事故に見せかければ。

触れてしまっただけなら、神様も怒らないだろう。

そうと決まれば。


しかしその手はぎこちなかった。

今まで何度もキスをしてきたのに。

彼女にだけは、緊張の仕方が、違っていた。





そう、この儀式で記憶を引き継げるのは、ガラス玉を持つ者だけなのである。

ガラス玉を持たないものは例外なく、記憶を持たずに過去へと戻る。





「はっ!」


どうやら死んでしまったようだ。

神様は見逃してくれなかった。


「失礼いたします」


コンコン、とノックの音が聞こえた。


「あぁ、いや、すまないサクラ。さっきのはあれだ。そう!事故!事故なんだ!」

「はて?先ほどの、といいますと……?」


何やら様子がおかしい。

まるで、そう。

初めて会ったときのあの感覚だ。


「お初にお目にかかります。真白サクラと申します。今後は儀式の補佐をさせていただき」


そこから先は耳に入っては来なかった。


そう、巫女とて例外なく、記憶は消えるのだ。

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