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1.僕の運命の人

あなたは運命の人だと思う人はいるだろうか。

いない?

ふーむ、それでは話が進まないじゃないか。

とりあえず、いるっていうことにしよう。

その人を頭に思い浮かべてほしい。

同級生、同僚、上司、後輩、アイドル、人それぞれ、様々な人を思い浮かべたことだろう。

では、その頭に浮かべた人はあなたを思い浮かべるだろうか。

他の人と同じ人を思い浮かべてはいないだろうか。

運命の人なんていい加減なものだ。

結果的に運命の人になったというだけではないのだろうか。

そして今、あなたが思う運命の人は、本当の運命なのだろうか。





「うわ、雨」


ぱらぱらと静かな雨が降ってきた。

そこまで強い雨では無かったが、僕らを濡らすには十分過ぎるほどのものだった。


「ちょちょちょい!はしるよ!」

「わ、おい、待てって!」


一緒に歩いていたリノが駆け出し、あてもなく走る。

ちょっとした探検気分で入っていった森を走り抜ける。

リノの茶色い髪が髪留めと合わせ、ヒラヒラと揺れる。


しばらく走ると、洋館が見えた。

洋館の軒下にとりあえず駆け込んだ。


「うわ、びしょ濡れじゃん……。せっかくのお気にの服なのにー!」


隣でリノは地団駄を踏んでいた。


松坂リノ。

この島で出会い、島の案内もしてもらったりした。


それから今日で一ヶ月になる。同年代で、自然とリノと話す機会も多く、こうして一緒にどこかへ出かけることも多い。


もちろん、出かけると言っても、まともな娯楽がないこの島では、こうした探検ごっこをして時間をつぶしているわけだが。


しかし、そうした時間もリノと一緒なら特別楽しく感じる。

きっとこういう関係を世間一般ではこう呼ぶのだろうか。


運命の人と。


「ねね、ミナト、開いてるみたいだよ!入ってみようよ!」

「……え」


キイィッと甲高い音と共に扉が開く。

リノのこういう行動力は時折目を疑う。

呆けているうちに、リノは意気揚々と洋館の中へと入っていった。


中に入ると案の定真っ暗だった。

しばらく放置されていたようで、壁は苔むしていたし、こんな場所聞いたこともなかった。

ただ、どことなく懐かしい感じがした……気がする。


「ロウソクあったよー!」

「あったよー!じゃないよ!ほら、リノ、勝手に一人で動かないで」


ロウソクに火を灯すと、辛うじてではあるが灯りが確保された。


「あ、私紅茶持ってきたんだー、一緒に飲もー」


僕の返事を待たずして、コップを2つ用意して紅茶を注ぎ始めた。


「コップ2つ用意してるなんて、準備がいいな」

「ん?いや、これここにあったやつ」

「ブハッ!」


口を付けてから言うことじゃない!なんてこと!


「ウソウソ、少なくともミナトにはそんな危ないことしないって」


ケラケラとイタズラっぽく笑う。

まったく、笑い事じゃ済まない可能性すらあったぞ……。


ただ、改めて辺りを見回すと、このテーブル周辺は周囲と比べて生活感があった。

どこかのガキンチョが秘密基地にでもしているのだろうか。


「ふふ」


見ればリノが頬杖ついて、楽しそうにこちらを見ている。


「どうした?」


リノは少し首を横に振る仕草をした。


「いやね、この前私のお兄ちゃんの話したじゃん。本当にお兄ちゃんがいたらこんな感じなのかなーって」


少し、神妙な空気になる。

リノは物心つく前に、この島で兄が亡くなったと聞いた。

この明るさも、兄が亡くなってから努めて明るく振る舞うようになったとも。

だから、こうして落ち着いた表情をしてくれることは、僕には気を許してくれてると思って少し嬉しかったりもする。


「いや、もしかしたら新婚さんかもしれないよ」


茶化すように、返す言葉も分からず、そんなちょっと気持ちの悪い返しをしてしまった。

リノはそれに、ふふっとはにかんだ。

……実は、嫌じゃない……か??


こんな時じゃないと言い出せない。

一歩を踏み出せない。

覚悟を決めろ。

運命の人なんだろ。

言うと決めたら、心臓が急に早くなった。


「あ、あの!」

「ん?」


リノは相変わらず、少し落ち着いた様子で僕の顔を見ている。

僕の言葉を急かすことなく、待ってくれている。


「僕はリノのことが好きだ!お兄さんみたいな存在じゃなくて、恋人として!同じ時間を歩みたいんだ!」


静寂。

外の雨の音だけが聞こえる。

いや、僕だけは心臓の音がとてもうるさい。


「……夢じゃ……ないんだよね……」


リノは頬杖付いていた手で、自分の頬を思いっきりつねってみせた。


「……いひゃい」

「でしょうね」


真っ赤に腫れた頬を抑えながら、少し目に涙を浮かべそう呟いた。


「私も、ミナトなら、なんか安心して話せちゃう気がするんだよね」


ぽつりぽつりと、僕に対する気持ちが溢れてくる。


「お兄ちゃんみたいって思ってたのに、なんか、それ以上の、特別な感情を持っちゃったから、お兄ちゃんの話、しよっかなーって、そう思えた」

「てことは……」


「私も、ミナトのことが好き。お兄ちゃんとかとはまた違う、恋人として、好き」


相変わらず、心臓の音と雨の音がうるさく感じる。

ただ、今の心臓の音は不安ではなく、高揚感によるものだ。

本来、こういう場合は両手を揚げて叫ぶものなのだろう。

しかし、安心しきったせいか、ふにゃふにゃと腰が抜けてしまった。


「ちょ!ミナト!付き合お!付き合おって意味!ね!」

「いや、うん、分かってる、ちょっと、なんか、こう、安心感で」


なんとも締まらないまま、こうして僕はリノと恋人となった。


「やっぱりこの島の伝承って、ホンモノだったんだ」


ポツリとリノは何かを呟いた。

僕が立ち上がれず苦労していると、リノが僕を引き寄せた。


「ん……」


軽く唇と唇が触れた。

リノも僕も顔を真っ赤にする。

少し遅れて、心臓がすごい勢いで鳴り始めた。


「ちが!いや!ちがくなくて!そうじゃなくて!」

「あがっ!」


言葉が詰まり、声も出ない。

そんな中でパニックになって、押し倒され、頭を強く打った。いたい、ヒリヒリする。





「雨もなかなかやまないし、少し寝ていこっか」


洋館でゆっくりしてると、少し眠くなってきたのかリノが突然そんな提案をしてきた。

僕も立ち上がれるようになったとは言え、どっと疲れた。


「あ、そうだ。髪留め、少し預かっといてくれる?」


唐突にリノは変なことを言う。

自分で持っておけばいいのに。

そんな言葉を呑み込んで、というか眠すぎて返事にならないような返事と共に髪留めを受け取り、カバンにしまった。

机に突っ伏すと、眠気がさらに急に来た。


「明日も、一緒にいようね」


僕の運命の人はそんなことを言って、机に伏せたのだった。






目を覚ますと、僕は机に突っ伏していた。

どうやら寝てしまっていたらしい。

外はすっかり、いい天気になっていた。


まったく、散々な一日だった。

探検中に急に雨に降られるし、帰り道もこのぬかるみを歩かないとなのか……。

というか、僕は探検なんてする柄だっただろうか。

なんか、何かが気になる。

記憶か、あるいは心にぽっかりと大穴が開いている、そんな気分。

ここも、島の相当奥地だし、滅多なことで来る場所ではない。


「あれ、僕は……ここに……何を……?」


頭が痛い。

思い出せない痛みとは違う、ヒリヒリした痛み。なんだこれは。

僕はその洋館に残るたくさんの、時雨の記憶に気づかないまま、洋館を後にした。

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