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星空のアスター  作者: 林檎の神
第一章:流れ星は願いを編む
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南方神社で

 あれから3日が経った。麗亜との和解が為されてからは、お互いにいがみ合うこともなく平和な時間が流れていた。


 麗亜の引っ越し荷物の運搬も手伝ったし、話しかけても邪見にされることはない。


 この上なく良好な関係。……とまぁ、そう言いたいところだが、本当にそうだろうかと考える自分もいた。麗亜には自分にできることはなんでもするといったが、あれから、麗亜が俺に何かを頼んだりすることはなかった。強いていうなら引っ越し荷物の運搬はしたが、それだけだ。引っ越しの荷物が届いたことで俺の教科書も返してもらった。


 まだ、手伝ってほしいことがないのだろうか。


 それともただ単純に俺の助けはいらないのだろうか。


 そんなことを常に考えるようになっていた。


 この3日間、特に会話らしい会話はなかった。麗亜は、常に勉強か読書をしており、1階にいるのはご飯を食べるときやテレビを見たり、母さんと話をしたりしているだけ。


 何度か俺とリビングで二人きりになることもあった。会話だってしたが、そんなに長続きはせず、俺はスマホを弄り、麗亜は持っていた本を読む。そんなことの繰り返しだった。


 麗亜の右手の数字は360になっていた。このままあっという間に1年が過ぎるんじゃないかと考える自分がいる。


 麗亜に、もっとこういうことはしたくないのか? 特別な思い出をたくさんつくらなくてもいいのかと聞きたくもあるが、過干渉になるだろうし、麗亜に嫌がられる可能性も高い。そんなことはわかっているが、この3日間はそんなことをずっと考えてしまっていた。この思いは何気ない日常を過ごせば過ごすほど高まっていく。


 麗亜が1年以上この世界にいられる方法はないんだろうか。俺は、麗亜と同じような事象がないかネットで情報をいろいろあさってみたが、眉唾ものの話しか転がっておらず、なんの成果も得られなかった。それどころか、どっかのサイトでメールアドレスを登録したせいで出会い系の迷惑メールが大量に届くようになっていた。


 自分が麗亜の問題を解決するために動いていることは本人には言っていない。期待だけさせる可能性もあるし、何より麗亜は、俺がこんなことをするのは迷惑だと考えるかもしれないからだ。


 それでも、彼女が生まれたことと、消える恐怖に怯えさせている原因を作ったのは俺だ。自己満足といわれても仕方がない。勝手に責任を感じて、勝手に解決しようと動く、まさしく独りよがり。自分でも気持ち悪いやつだってずっと思っている。それでも彼女が一生懸命生きる姿を見て、彼女も一人の人間なんだと理解した俺は、彼女が消えない方法を見つけてあげたいと考えるようになっていた。だから俺は、麗亜に隠れて、麗亜が残りつづけるための手がかりを探し始めていた。


 だというのにこれといった手がかりは何も見つかっていない。探し始めてまだ3日とは言え、その3日も貴重な時間だ。ネット以外でも何か調べ始めるべきかもしれない。


 図書館で文献なんかを探してみるのはどうだろうか。


 図書館の資料や風土記などを一回見に行こうかと考える。現在は夕方の16:30。市立図書館は18:00まで開いているので問題はないと思うが念のためにスマホで市立図書館が開いているかを確認する。


「えーと、市立図書館。市立図書館と……。あれまじか今日から改装工事で一週間休みかよ」


 俺はベッドに転がり回る。


「ネットも駄目。図書館は開いていない。どこを他に調べればいいだよ。貴重なじかんがーー!」


 目を閉じて麗亜のことを考える。初めて麗亜を見た時のことが鮮明に浮かび上がる。

 星が降る夜空を背景に神社の階段を上がってきた浴衣の少女。


 そこで麗亜と出会った場所はまだ見ていなかったと思い出す。


「……南方神社。そうだよ、まだ南方神社には行ってないじゃんか」


 俺はベッドから飛び起きると財布とスマホ、自転車の鍵を手に持って部屋から飛び出した。


 一階では麗亜が本を読んでいた。慌てて出てきた俺に尋ねる。


「あれ?どこか出かけるの?」


「ちょっとサイクリングに行ってくる。夕飯までには帰ってくるって母さんに行っておいて」


「分かった」


 俺は靴を履いて、つま先を叩き、靴にかかとを入れると外へ出た。


 南方神社には自転車で15分。俺は五叉路まで続く坂道を一気に下る。ただ、五叉路の曲がり角はこの間ぶつかったばかりだし、減速して注意した。


「今日は誰も無し!」


 自転車のギアを4に入れて力強く漕ぐ。何か一つでもいいから麗亜がこの世界で存在し続けることができるヒントがあることを願って。


 運がいいことに、途中の横断歩道の信号は全部青だったため、神社には10分ちょっとでついた。俺は先日と同じ場所に自転車を停めて階段を上る。


 趣のある神社ではあるが規模も小さいし、今日は平日の金曜日。おそらく訪問している人間はいないだろう。


 そう思って神社の階段を登り切ったがあては外れた。


 神社の本殿の前、賽銭箱の前に人影が見えた。後ろ姿しか見えないが女性だ。こげ茶のショートヘアに、ぶかぶかの上着、首にかけられたヘッドセットまで。非常に既視感がある。


「あれは??」


 神社に向かってお参りをしているのは、天沢理央だった。手を胸の前に組んで、頭を下げている。お参りというよりはお祈りをしているように見えた。


 その体勢のまま微動だにしない。自分が階段を登りきる前からこの姿勢でいたのだろうか。


 先日のこともあったので、謝罪の意味を込めて彼女がお参りを終えるまで待つことにする。

 理央は、俺が神社についてから5分間その場を動かなかった。


 そして突然、彼女の肩が震え出したと思ったらすすり泣く声が聞こえ始めた。


「どうして……。どうして答えてくれないの」


 理央が突然泣き出したのを見て俺は階段を登って駆け寄る。


「大丈夫か? 体調でも悪いのか?」


 理央は突然現れた俺に驚いた様子だったが、すぐに目元を赤くしながら俺のことを睨みつけた。


「なんでこんな場所にいるんですか……っ! まさかずっとつけて?」


 とんでもない誤解だ。


「違う! 俺はこの神社に用があってきたんだよ。そしたらお前がずっとお参りしているのが見えたから、この前のこともあったし謝ろうと思ってそこの階段下で待ってたの」


 この間のことを思い出したのか理央は自分の胸元を守るように両腕で覆った。


「偶然出くわしたっていうんですかっ?」


 理央からすれば、俺がさっききたのかどうかは確かめようがない。それでも俺は本当につけてきたわけではないので先ほどのように言うしかなかった。


「本当に偶然なんだって。それにこの前のこともわざとじゃないし」


「信じられないです!! じゃあ、この場所には何しに来たんですか!?」


「それは……」


 実は、この間の流星群の時に彼女が欲しいって願いごとをしたら、女の子が出てきて、そのことは今一緒に暮らしているんだけど、一年でその子は消えちゃうから、それをなんとか防ぐために願いごとをしたこの場所を調べに来たんだ!


 こんなの信じられるわけがない。


「言えないってことはやっぱり……」


「いや、本当に違う。……なんていえばいいんだ」


 理央は俺から距離をとり、神社の出口に向かってじりじりと下がっていく。


「説明できないってわけですね」


 理央は軽蔑する目で俺をみた。


「確か、お兄ちゃんの友達ですよね。このことはお兄ちゃんに言っておきます。他の人にも言いふらされたくなかったら、もう二度と付きまとわないでください!!」


 理央はそういうと全速力で出口に向かって走っていった。そしてすごい速さで階段を降りていくのが見えた。


「ちょっと待って!」


「待ちません!!」


 なんとか誤解を解こうと、理央が消えた出口に向かったが、理央の姿はすでになかった。

 非常に早い足だ。


 自転車で探しに行ってもいいが今の状態では誤解を解くことはできないだろう。


「なんか8月に入ってからこんなんばっかだ……」


 占い師に手相とか見せたら女難の相がでていると言われるに違いない。


 俺はとりあえず修一に「お前の妹に誤解をされてストーカーだと勘違いされている。今度誤解を解きたいから力を貸してくれ」と連絡をした。


「それにしても修一の妹は何のためにお参りをして、なんで泣いていたんだろうか」


 ただ事じゃない様子だったがその理由は分からずじまいだ。修一に神社での彼女の様子を伝えようかと一瞬考えたが、何か彼女に取って大事なことで人には知られたくないことだったいけないなと思い返し、伝えるのはやめた。だが、気になるものは気になる。


「今度謝るときに聞けばいいか」


 俺はそう決めると、30分ほどかけて神社の中を調べつくした。怪しい点は何一つなかった。


「もしかしたらなにかの手がかりがあると思ったんだけどな。……せっかくだしお参りをして帰るか」


 俺はお賽銭箱にお賽銭を投げて二礼二拍手一礼した。神様に願ったことはありきたりなことだったので割愛する。


 お参りが終わったタイミングで修一からメッセージが届いたと通知が来た。

 スタンプが一個だけ送られていた。


 メスのカツオが泣いているシュールなスタンプ。ぴえんカツオと文字が書かれている。


 一本釣りしたカツオを船上で活き締めし、急速冷凍して販売しているものを「ぶえん鰹」というが、このスタンプはそれをもじって作られたネタスタンプだ。スタンプ名は「かつお生活」。デフォルメされた鰹が、よく使われる日常単語を表現したスタンプで、何故か母さんと父さんも愛用している。俺は良さが分からないので買っていない。


「てか、俺が言ったこと、分かったのか、分かってないのか、これじゃわかんねーじゃん」


 俺は今晩、修一に通話することを決めて神社を後にした。


 時刻は午後5時。あと3時間で、麗亜の手の甲の数値がまた一つ減る。


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