和解
家に帰り着いた俺は麗亜の部屋の前にいた。
父さんと母さんは仕事に出ており、家にはいない。
麗亜の部屋からは物音一つしないため、まるで中にはいないように感じるが、靴はちゃんとあったので部屋の中にいるはずだ。
麗亜に何を話せばいいかは正直言って今になっても明確には定まっていない。行き当たりばったりになるが、どんなことを伝えたいかは決まっていた。
俺は意を決して麗亜の部屋の扉をノックした。
コンコンと二回叩いたが返事はない。何かが動く音がしたので眠っていることはないはず。
俺はもう一度ノックをした
「麗亜、少しだけ話がしたい」
少し時間が経って部屋のドアが開いた。
「何? あれだけいったのにまだ何か用があるの?」
麗亜は嫌そうな雰囲気を隠さずぶつける。
「俺たちこれまでちゃんと話して来なかっただろ。だから話を少し整理したい」
「整理するも何もあんたが関わらなければいいだけでしょ」
麗亜はそういって扉を閉めようとするが、俺は慌てて自分の腕を押し込んだ。
「ちょっと待てって」
「もうしつこい!」
「いいのかよ? この状況がずっと続いても」
扉に挟まれる腕の痛みに耐えながら俺は言った。
「お前は俺のことが嫌いだってことはわかっている。俺を見るだけで嫌な気分になることも。でも俺はこの家にずっといるし、お前だってこの家にいないといけない。今の状態のままだとお前はこれから1年先まで俺如きのために不快な思いを感じながら暮らしていくんだぞ。それでお前はいいのかよ」
俺が言い切るとドアを閉める力が弱まった。
「今この瞬間だってお前にとっては大事な時間なんだろ。俺はこれから残っている時間のために話し合いをしようって言っているんだ」
「……何をどうするの」
麗亜は依然としてドアを押しながら俺に尋ねた。だが、先ほどのような必死さは消えていた。
「まずは俺の姿勢について聞いて欲しい。俺はお前を好きにならないし、彼女になってくれと迫ったり絶対にしない!」
それを聞き、再度ドアを閉める力が強くなる。
「なんなのそれ。それじゃあ、私が生まれた意味はどうなるの! あんたが彼女が欲しいといって願ったから私が生まれたのに、そんなの無責任過ぎるでしょ!!」
麗亜の怒りは最もだった。無神経な物言いで怒らせたばかりなのに、次は自分の存在理由を否定するような発言をしたからだ。いくら望んでいなくても、その願いで生まれた存在なのに、願った本人が取り消しを求めるようなことを言っては、麗亜も許すことなどできまい。
だが、俺の言葉にはそんな意味は込められていない。
「俺はお前を認めないとかそんな話をしたいわけじゃない。麗亜、お前は俺のものじゃなくて自分自分のものだろ」
「当たり前のことを言わないで!!」
麗亜の心からの叫びだった。
「なら、お前が生まれた意味は、お前が探せばいい。これからお前は本当の意味で自分のために生きるんだ。俺はそれを全力でサポートする。やりたいことがあれば手伝うし、行きたい場所があるならそこに連れていく。そしてお前がこれから過ごす一年をずっと覚えておく。お前がどんな人間でどんなことが好きで、何が嫌いなのか。世界中の人間が忘れたとしても俺は絶対に忘れないから!!」
麗亜は俺の話を聞いても黙っていた。それから数分が経って沈黙が破られる。
「もしも、私があんたの顔を絶対に見たくないって言ったらどうするの」
「お前が暮らしている間、絶対に部屋から出ない。近くにいるのも無理っていうなら家を出ていく」
「……なんで本当の住人であるあんたが出ていくのよ」
当たり前のことだ。
「それが俺にできる責任の取り方だから。お前をくだらない願いで生み出したことやお前にいった無神経な発言をなかったことにはできない。だから俺にできることをする。お前の生きる時間を意味あるものにして見せる」
腕の痛みが一気に無くなった。麗亜はドアを閉めるのをやめていた。
「お前が生まれた意味は、お前が探せって、結局は無責任だよね」
「……そうかもしれない。でもできるだけのことはする」
徐々にドアが開いていく。麗亜は泣きそうな顔をしていた。
「もし、私が消えたくないって言ったら?」
「お前が消えずに済む方法を、絶対に探して見せる」
「根拠もないのにできるって言わないで」
「それでも俺はやって見せる」
「なんで私が嫌な態度ばかり取っているのにそんなに優しくしてくれるの」
それは俺も考えた。なぜこんなにも嫌われている人間のために動こうと考えたのか。麗亜の見た目がかわいいから?それとも一年後に消えるという少女に同情して? いや、きっとそうじゃない。俺はそんな殊勝な人間じゃない。
答えは出ていた。
「俺のせいでお前が苦しんでいるから。そんなお前をそのままにしたら絶対に俺は後悔する。俺はもう後悔したくない。だからお前を支えたい」
「結局自分のためじゃない」
「有り体にいればそうだ」
それを聞いて麗亜はあきれたように笑った。
「……私のためとか言ったら、またぶん殴ってやろうと思ったけどその答えならある意味納得できた」
「もうぶたれるのは勘弁してくれ。あれ結構痛いんだぞ」
「あら残念。あれ、やったあとは結構爽快な気分になれたのに」
「俺の顔が変になったら困る」
「十分変だから大丈夫よ」
「言ってくれたな?」
「ええ、本当のことだもん」
少しにらみ合いが起きたが、なんだかおかしくて俺たちは破顔した。
「ぷくくっ! あはは」
「ふふふ、ははは」
これまでの中で、一番自然に笑えていた気がする。
俺は一度深く深呼吸をしてから麗亜と向かいあった。
「それで、どうする。俺のお前に対する姿勢は、全部じゃなくても伝わったと思うけど」
再び沈黙が降りる。麗亜は思い悩んでいる様子だったが、しばらくして口を開いた。
「今でもあんたのことはやっぱり嫌い」
駄目だったかと一瞬落胆しそうになる。
「でもあんたの気持ちや人柄は伝わってきた」
「それじゃあ」
「うん、それに今振り返ってみると、私は、何もかもあんたに責任を押し付ける最低な奴だったわね。特に説明することもなく一方的に嫌ってた。それでもあんたは、……ううん、直哉は私のために動いてくれた。たとえそれが自分のためであっても」
麗亜にちゃんと名前を呼ばれたのは初めてだった。
「わかった。一度話し合って、今後どうしていくかを決めましょう。私が私のために生きるためにも」
俺はうれしい気持ちを抑えられず満面の笑みで答えた。
「ああ、お互いの自己満足のために話し合おう」
「……その言い方はなんか嫌」
麗亜は嫌そうな顔をしていた。
「えと、ごめん」
どうしてこうも、俺はうまく締められないのだろう。
◆ ◆ ◆
俺たちは一階のリビングに場所を移し、話をすることにした。
席に座る場所は今朝話した時と同じで、俺はソファーに腰掛ける。麗亜はコーヒーメーカーでコーヒーを入れてくれている。コーヒーを飲んだ方が冴えるでしょとのことだった。
麗亜はコーヒーの準備を終え、コーヒーメーカーの始動ボタンを押す。
「それで話をすると言ってもどんなことを話すかは決めているの?」
麗亜はキッチンのカウンターで話を聞くようだった。
「とりあえずお互い知りたい情報をどんどん出していかないか? 俺が今持っている麗亜の情報は、俺の願いから生まれたということと、1年で消えてしまうこと。麗亜という存在についてほかの人は疑問に思っていないことなんかだ。それから1年が経つとみんなの記憶から麗亜の記憶が消えることもそうだ」
麗亜にとってはあまり聞きたくない話だろうが、今後のために必要な話だ。
麗亜は気にした素振りを見せることなく考える。
「まぁ、大体合ってる。付け加えるのであれば、記憶だけじゃなくて私に必要なものもこの世界には存在しているわ。たとえば、私が生まれた日に来ていた浴衣や、着替え一式。財布ももちろんそうだし、保険証やゲームに使うカード、今日送られてくる高校生活に必要な道具一式も私が生まれた瞬間に発生したはず」
「考えれば確かにそうか。麗亜だけが生まれたとしたら素っ裸で生まれるはずだもんだ」
そこまで言ってセクハラ発言ではないかと考える。麗亜を見ると、案の定冷たい目で俺を見ていた。
「いやらしい意味じゃなくて情報を整理する上で重要なことだから!」
麗亜はジト目のまま口を開く。
「ふーん、まぁいいけど」
あわてて話をそらすことにした。
「それよりもその発生したものの扱いはどうなるんだ? それも麗亜と一緒に消えたりするのか?」
「たぶんね。私の付属品のようなものだからそれらは一緒に消えるはず。ただ、私が今着ている洋服は私が生まれた後にかったものだからこれなんかは残るわ」
今着ているオレンジのTシャツを広げて見せる。
「なるほどな。じゃあ、もう一つ聞きたいんだけど願えを叶えた存在の正体ってなんなんだ」
これは俺が一番気になっていることでもあった。普通に考えて、祈っただけで願い事が叶うなんてありえない。俺がしばらく麗亜のことを、願いから生まれた存在というのは嘘ではないかと疑ったのもここにある。家族の態度や麗亜の訴える様子から自然とそんな考えは無くなっていたが、この願いを叶えた存在については知っておきたい。
「それは……」
「それは……?」
もったいぶる様子に思わず生唾をのむ。
「私にもわからないわ」
「なんだよそれ」
思わずこけそうになった。麗亜はしょうがないでしょと言う。
「私に与えられたのは、自分がどんな存在なのか。その存在がもっていたであろう記憶と付随するアイテム類だけ」
大した情報は得られないかもしれないとも思っていたが、ここまで何も得られないとは思わなかった。
麗亜はカウンターにおかれていたメモ用紙を1枚取ると何かを折り始めた。
出来上がったのは綺麗な紙飛行機だった。
「わかりやすくいうとすれば、あなたは私に紙飛行機を作ってほしいと願いました。そして私はその紙飛行機を作りました。この紙飛行機に私の考えを植え付けるなんてことはできないでしょ? 私はこの紙飛行機と一緒で、ただの被造物。私自身が願いを叶えた存在ではないからそんなことはわからない」
「じゃあ、願いを叶えたものの正体はわからずじまいか。あの時の状況を考えれば流星群が、関係していると思うけど、流星群はもう見られないし」
「見られたとしても次は75年後になるかもね」
そうなのだ。今回飛来したカシオペア座流星群は毎年見られるわけではなく、一定の周期ごとに見られる流星群だ。去年の冬にも同じカシオペア座流星群が到来したらしいがそれも過去のこと。確かめようがない。
「一旦、私から話せることはこれくらいだと思う。また、質問があれば今後は都度来てくれれば答えるから」
麗亜の言葉に俺はうなずく。
「ああ分かったよ。麗亜からも俺に聞きたいことはあるか?」
俺はなんでも答えるつもりだった。
「そうね……。私が聞きたいことはただ一つ。なんで「彼女が欲しい」って願ったの?」
思っても見なかった質問だった。もっと何をやってくれるのかなどを聞かれると思っていただけに少し焦ってしまう。
「え、俺が願った経緯とか知らないの?」
「さっきも言ったでしょ。私が生まれた時に与えられたのは生まれた理由と記憶と生活に必要なものだって。あんたが彼女が欲しいことはしっているけど、願いごとの背景とかは知らないから」
麗亜の目が細くなる。
「女に飢えていたわけ?」
「違うってそんなんじゃない!」
麗亜のけだものを見るような目を見て俺は慌てて否定した。
願った理由をいうのはすごく恥ずかしかった。修一とひよさんが幸せそうにしているのをうらやんでかけた願いごとだったから。
「……のが……くて」
俺はぼそぼそと恥ずかしそうに話す。
「何? 聞こえないんだけど」
麗亜はもちろん許してくれない。
俺はやけくそになって話した。
「俺の友達が彼女と幸せそうにしていたのが、うらやましかったんだよ!!」
「……つまり友達がリア充しているのがうらやましかったからあんな願いごとを???」
「そうだよ、悪いか!」
「悪いから、今の話し合いにつながっているんでしょうが!」
「そうだった……」
「でも、直哉の性欲を満たすために私が生まれたわけじゃなさそうでよかった」
麗亜はほっとしたような穏やかな表情を浮かべていた。
「当たり前だろ。そんな性の獣じゃねーよ」
「もっと他に願いごとあったんじゃないの?」
「別に願い事をするために流星群を見に行ったわけじゃないし。雨みたいに流れる流星群をみて、願いの1つや2つ叶いそうだなーって思ってなんとなく願ったんだよ。でも肝心な願い事はあんまり思いつかなくて、そんな時、彼女を連れた友達の幸せそうな姿を思い出して、俺もあんな風になりたいって考えたんだよ」
「ふーん、なりたいんだ」
麗亜は小悪魔のような表情を浮かべた。
「べつに今はそんなこと思ってない!!」
「ふふ、そうだったんだ。うん、それを知れただけでもよかった」
気恥ずかしくなった俺は話題を変えることにした。
「お互い相手についてわかっていなかったことが少し知れてよかったと思う。じゃあ、次だ。俺はさっきも宣言した通り、麗亜がやりたいことやいきたい場所があればそれをサポートする……いや、させてほしんだけどこれは問題ないか?」
「そんなに私のために頑張らなくてもいいわよ。さっきの話が聞けただけでも十分。今後は邪見に扱ったりしないから気負わないで」
「そうか……。わかった。でも俺は麗亜がやりたいことはできるだけ叶えてやりたいと考えているから、やりたいこととかあったらノートにまとめたりしていてくれ」
俺の言葉を聞いた麗亜は考える素振りを見せる。
「ノートか。わかった。何かやりたいことができて協力が必要そうならお願いする。だけど、押し付けだけはやめてよね。今も結構食い気味で少し引きそうだし」
「ごめん、勝手に突っ走ってたよな……」
俺の言葉に麗亜は首を振った。
「ううん、いいの。あ、それよりもコーヒーができたみたい」
麗亜はそういうと、少し機嫌がよさそうにコーヒーが溜まったポットを取り出す。
そして準備していたマグカップに優しく注ぐと片方を俺に渡してくれた。
「このコーヒー初めて入れてみたの。やり方は雀さんに聞いて」
麗亜が初めて入れてくれたコーヒーを分けてくれたことにうれしさが湧いてくる。
「へぇ、そんな貴重な物をくれるなんていいのか?」
「和解の印ってことで」
和解の印のコーヒーか。朝飲んだコーヒーとは比べ物にならないくらい価値があるな。
「それじゃあいただきます」
俺は麗亜から貰ったコーヒーを一口飲む。
そして口元から飲んだコーヒーをこぼした。
「……まっずぅ」
口の中に入ってきたコーヒーはえぐみと酸味と苦味が殴り合いをしていて想像を絶するまずさだった。
コーヒーはよく飲むがこれはひどい。
麗亜には悪いがこれは人間が飲む飲み物ではない。目覚ましには使えそうだが、飲み物としては終わっている。
そこまで考えたところで俺の口から漏れ出た言葉を思い出す。
「あ、やべ! つい」
麗亜は笑っていた。しかし笑顔の裏に鬼が見える。
「直哉? 私やりたいことがたった今できたの。それもあなたが協力できるやつ」
脂汗が流れ始めた。
「あのー、その、いったい何でしょうか」
「お前の顔を殴らせなさい」
そういって麗亜は右手を引いて構えた。
「マグカップは危ないからおかせてやる」
マジの声だった。
「拒否権は?」
「そんなものはない!」
俺は大人しくマグカップを机におき、麗亜の望みを一発受けた。
「へぶしっ!」
最初の頃よりも力がこもっていたが、後味の悪さはなかった。