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星空のアスター  作者: 林檎の神
第一章:流れ星は願いを編む
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馬鹿と愚か者

「私の人生の時間」


 短いその言葉には、どんな思いが込められているのだろうか。麗亜は自嘲的に笑っていた。


 その表情を見ると、自分の胸が締め付けられるのを感じた。考え無しの過去の自分を殴りたい。


 弁明しようと口を開くが、ゲームコーナーの時と同様にかける言葉が見つからない。


「ねぇ、短いと思った? それとも長いと思った?」


 麗亜は話の内容の重さとは裏腹に軽い様子で話している。


「さっきは8,760時間って言ったけど、睡眠時間を削るともっと短くなる。1日8時間も寝れば、5,840時間これが私の実質的に使える時間。今この瞬間にもこの時間は無くなっていっている」


 俺は聞くことしかできなかった。


 麗亜は続ける。


「人生は100年時代。でも私がこの世にいられる時間は1年間。単純計算で言えば、他人の1時間はわたしにとっては100時間の価値がある。同じ時間を過ごしていても同じ意味の時間じゃない」


 麗亜の右手の数字は363になっていた。


「生まれて初めて眠る時、私は寝る時間すら、失うのが怖くて全然眠れなかった。一回目を閉じて開けるだけで数時間が無くなるの。怖いでしょ?」


 そこまで言った麗亜は僅かに唇を噛みしめた。彼女の目元から涙が溢れ出す。


「さっき1万時間の法則の話をしたよね。私は、起きている時間全部使ったってそれを成し遂げることはできないわ。私には1年後からの未来もない。何かをしたって、みんなの記憶から消える。覚えているのはあんただけ。私は……私も! 普通の人間として生まれたかった!でもそんな未来は存在しない!」


 そこまで言った麗亜は涙を服の裾で拭きながら席から立ち上がり、勉強道具と本を手に取る。


「私はねあなたが憎い。くだらない願いで、いたずらに私を生み出して。私は生まれた瞬間に、自分が一年後には誰の記憶にも残らずに消えることを知った。あなたにはそんな気は無かったとしても、私は生まれてからずっと消える恐怖に怯えている。あなたの願いは理解しているし、そのために私が生まれたのも分かる。でも、私はあなたを好きになることはない。これからは私のやることに口を出さないで。……お願いだから、これ以上私を苦しめないで」


 麗亜はそれだけ言うと二階の自室へ消えていった。


 彼女が消えたリビングは時間の止まった世界のような静けさに包まれる。


「知らなかったんだ、そんなこと。……最初に言ってくれよ」


 俺は小さな声でそんな情けない言葉を吐いてうなだれた。


 麗亜の話や自分のこれまで彼女に言った言葉が頭の中で回る。

 彼女の立場から観た俺は最悪以外の何物でもない。もうどうしようもないというのに、どうすればよかったのか、何が間違いだったのかを俺は考える。


 答えはいつまで経ってもでなかった。


 それから俺は父さんが目覚めてくるまでずっと後悔し続けていた。せっかくのコーヒーは冷めきっていた。


 ◆ ◆ ◆


 部屋に戻ってもこの気持ちが解消されることはない。


 普段であればこんな時、ゲームでもすれば気分転換になっていたが、麗亜とのやり取りもあってやろうと思うことは無かった。


 ゲームに漫画、動画サイトそのほかにも時間をつぶせるものは数多くあるが、今はそれらが非常に億劫に感じられる。


 何もすることがない。このまま部屋にいても、隣の部屋にいる麗亜のことを考えるだけ。

 目を……背けたかった。


 俺は財布とスマホを手に取り、外に出た。


 別に当てはない。少しでも動いて今の状況から抜け出せる手だてを探そうと思った。


 麗亜と出会った南方神社も、気分転換によく行く場所であったが、今は行きたくない。


 その他にいける場所はかなり限られる。現在は午前7時。店はコンビニ以外は開いていない。


 なんとなく海が観たい気分だった。


 海には、昨日通ったブルーへの道をずっとまっすぐ行けば辿り着く。


 俺は歩いた。海への道を。麗亜と歩いた道を過ぎ、ずっとまっすぐ。

 頭の中に依然として残る、後悔という名のしこりのことを考え続けていたせいか、海にはあっという間に辿り着いた。


 少し前から感じていた磯臭さが海を前にすると一気に押し寄せる。俺は海沿いを歩いた。波が宝石のように輝いていて綺麗な風景だった。


 しかし、俺の心は晴れない。


 朝の早い時間ということもあり、釣り人がまばらに存在した。普段であればどんな魚をつっているのか気になったりしていたが、そんな気分ではなかった。


「フィーーッシュ!!」


 聞き覚えのある声が聞こえた。


 少し先の堤防で元気よくはしゃぐ男が一人。短い茶髪の男だ。ライフウェアを着こみ、帽子にサングラス、指空きグローブのガチガチのフル装備。目は隠れているが優し気な顔立ちは残っている。


 複数の豆鯵を嬉しそうに釣りあげているのは、天沢修一だった。俺が声をかけるよりも先に修一が気付き声をかけてきた。


「あれ、直哉じゃないか。どうしたんだこんなところで」


「よぉ修一、奇遇だな。何って散歩だよ、散歩」


 気落ちした姿は見せないように取り繕ったが、修一の目はごまかせなかったようだ。


「なんかあったみたいだな」


 修一は釣った鯵をクーラーボックスにしまうと釣竿の仕掛けにオキアミを詰める。


「何もねーよ」


 俺はそっけなく答えた。


「ははっ、直哉は嘘が下手だな。目尻が顔から落っこちそうだぞ」


「そんなことがあってたまるか」


 修一の下らない冗談のおかげで少しだけ笑顔になれた。


「まぁとりあえず座れ。今日は俺一人で来ているんだ。話をきかせてくれよ」


 修一はそういって自分が座っていた椅子を差し出す。


「あまり人にきかせるような話じゃない」


「俺はただの人じゃない。直哉、俺たちは親友だろ?」


 こっちまで恥ずかしくなりそうなことを、こいつは平然と言ってのける。


「それに人と話すことで楽になることもある。あぁ! またかかった。今日は大漁だ!」


 修一は非常に楽しそうだった。こいつのこういう包み込むような優しさはこいつだけのものだな。


「じゃあ、釣りの片手間に聞くだけ聞いてもらうか」


「拝聴しよう」


 それから俺は、麗亜とのことについて話した。勿論、麗亜が願いごとから生まれたことなどの話は省き、大まかな麗亜と自分の関係性についてを話した。


「なるほど。つまり、別に望んだわけじゃなかったが、その女の子を嫌がることやってしまい、そのあとも無意識に傷つけまくっていたと」


「端的にいればそうなる」


「はっはっは、直哉、お前くずだな」


 修一はそういって笑い出した。


「なっ! 話を聞いてくれるって言っただろ」


「聞きはしただろ。まぁ、客観的な視点から言えば、望んでおらず、無意識にやってしまったということだから情状酌量の余地はあるが、結果、その子をお前は傷つけたんだろ」


 直哉の言葉に胸が痛んだ。


「じゃあ、俺はどうすればよかったんだよ」


 修一は釣りの手を止めてこちらを見る。


「もう起こったことは変えられない。ああすればよかったや、こうすれば良かったというのは仮定に過ぎない」


 修一は真剣な眼差しをしていた。


「お前はこれからどうしたい? 未来のことを考えろ。その子のことがどうでもいいなら悩むのをやめて関わるな。お互い不幸になるだけだ。だけどもしその子との関係を良いものに変えたいなら、どんな風に変わりたいかのビジョンを持って、そのビジョンを達成するために必要なことを考えろ」


「これからどうしたいか……?」


 俺は下を向いて考える。


「直哉、下を向くな、前を、なんなら上を向け。下を向いたら視野が狭くなる。もっと広く考えるんだ」


 顔をあげると満面の笑みの修一がいた。


「そう、それでいい。俺に言えるのはそれだけだ」


 修一はそういうと再度仕掛けにオキアミを詰めて海に放った。


「直哉、お前は馬鹿だが、いい馬鹿だ。あきらめが悪くて、自分を顧みることができて自分から変わって成長できる、そんなとんでもない馬鹿だ。何時まで経っても変わらない愚か者とは違うんだ。いつまでもくよくよするな!お前には似合わない!」


 修一の言葉が胸に染み込む。


 会話した時間は短かったが、修一の言葉が頭に立ち込めていた霧を晴らしてくれた。

 今はまだ自己満足かもしれない。だが、動き出すための一歩はすすめられた。


「修一ありがとう。なんとなく俺がすべきことが分かった気がする」


「ユアウェルカム」


 修一はウインクを決めた。


「なんでそこでふざけるんだよ。……たく、本当にお前は最高の親友だよ」


「そんなこと馬鹿だって知ってるさ」


 俺と修一は大きな声で笑った。それからしばらく雑談してから俺たちは別れた。


 帰り道の視界は行きよりも開けていた。


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