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星空のアスター  作者: 林檎の神
第一章:流れ星は願いを編む
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願い事の少女


状況を整理しよう。


今日、俺は流星群を見るために一人で南方神社にやってきた。そして星を見ていたら目の前の少女に左頬をぶたれ、大嫌いと言われた。


少女は再度右手を引いてさらに俺をビンタしようとする。慌てた俺は両手を前に組み防御姿勢を取った。


「え、ちょ待てよ。何でビンタしようとすんだよ。てか、誰!? お前は誰なんだよ!」


俺の言葉を聞いた少女を固く結んだ口を震わせながら右手を下ろした。


「何で…? 何でですってっ!? くだらない欲望の生み出され、それに加えて1年しか存在できない人間の気持ちがあんたに分かる!?」


意味不明な言動の少女は拳を強く握り大声で俺に訴えかける。


「何それ……急にそんなこといわれてもよくわかんねぇよ…」


ただ事ではない、必死な様子は見て取れるが、殴られたことと今の発言はどうも上手く結びつかない。


「…単刀直入に言うわ。私の名前は橘 麗亜。私は、あんたの下らない願いのせいで生まれた存在よ…」


そういうと少女は本当にくやしそうに歯を食いしばって見せた。


「たちばな?」


目の前の少女は橘の姓を名乗った。ここ枕崎ではあまり聞かない苗字。橘は父方の姓であるが、親戚に目の前の少女のような子がいるなんて話は聞いたことがない。


「てか願いから生まれた存在? なにこれ、もしかして何かのどっきり?」


もしかしてテレビの中継か、友人によるどっきり企画かと思って周りを見渡す。しかし、あたりを見渡してもフリップを持ったネタばれ要因などが出てくることはなかった。


「っ!!」


それを見た少女が再度右手を振り上げる。それを見て思わず立ち上がった。


「いやいや待てって! 暴力を振るう前に説明をしろ! 何が起こっているのか分かんねぇから!」


今度は右手を振り上げたまま少女は口を開く。厳しい表情は依然として変わらなかった。


「あんたがさっき願ったんでしょ。彼女が欲しいって。その願いは聞き届けられて私が生まれたの」


少女が醸し出すシリアスな現状にあまりにも似つかわしくないとんでも発言に、俺は思わずあきれる。鬼気迫る様子だったからどんな回答が口から飛び出すのかと思いきや願いごとから生まれた存在ときたもんだ。


「はぁ? 何を言ってんだよ。それを信じろっていうのか?」


確かに、俺がさっき言った願いを今口に出すのはおかしいと思うが。星に願い事をして叶うなんて荒唐無稽すぎる。


少女は振り上げた右手の甲を俺に見せつけた。その右手の甲には、364の数字が刻まれていた。


「私は流れ星から生まれた願い。この世界に1年間365日だけ存在できる。この数値は1日が経過するごとに一つずつ減っていく。先ほど名乗った通り私の名前は橘 麗亜。あんたの父方の従妹であり、両親の海外転勤の都合で今日お前の家に引っ越してきたことになっている」


突拍子のない、めちゃくちゃな話をしだした目の前の少女に、見てくれはいいがやばい女だと俺は評価を改める。


「父さんの兄弟はみんな知っているけど、お前みたいな従妹はしらねぇよ。どうせ、なんかのどっきりなんだろ?」


俺がそういったタイミングでスマホに電話がかかってきた。表記を見ると母さんからの電話であった。


「なんつータイミングで電話してくるんだよ母さん」


少女とスマホを交互に見ていると、少女はため息を吐いた。


「…出なさいよ」


少女はそういって電話にでることを勧める。そんな場合じゃない気もするが言われるがまま俺は電話に出た。


(電話に出て油断した瞬間にナイフを出して刺したりしてこないよな?)


少女は何もアクションを起こすことなくその場に立っていた。しかし、その表情は先ほどまで浮かべていた厳しい表情ではなく、悲しげな表情をしていた。


その様子に少し気掛かりを覚えながらも通話に移る。


「もしもし母さん、今ちょっと立て込んでいるからあとでかけなおしてもいい?」


『何かあったの? あんたはどうでもいいけど、麗亜ちゃんは大丈夫?』


一瞬、母親が何を言っているか分からなかった。短い通話内容に明らかに異物が紛れ込んでいた。これまで一回も母さんと、目の前の少女のことについて話したことはない。

それだと言うのに、言い淀むこともなく自然に母さんの口から零れた麗亜という人物の名。


背筋に寒気が走った。


「え、冗談だよな。母さんも俺のことおちょくってるの? 麗亜って誰だよ」


どっきりだろ?そうだよなと改めて母親に聞き返すがかえってきたのは困惑とも怪訝とも取れる声音。


「直哉こそ、何言っているの? 従妹の麗亜ちゃんに決まっているじゃない。今日の流星群観測だって二人で出かけたでしょ。まったく、頭でも打った? そうそう、今日はお祭りがある日だからってあまり遅くまで麗亜ちゃんを連れ歩くのは駄目よ。早く帰ってきなさいね」


「あ、ちょっ!」


再度母親に質問をしようとしたが無常にも通話は終わっていた。


そして、先ほどから目の前に立っている件の少女に顔を向けた。


「くどいけど、どっきりじゃないんだよな?」


少女は嫌そうにうなずいた。


「私はどっきりであったほうがましだった」


改めて少女を見る。これまで見てきたどの同級生の女子よりも垢ぬけている。背は自分よりも拳1個分小さいくらいか。到底信じられるような話ではないが、もし仮に本当に願いが叶ったなら、目の前のこのかわいい少女が自分の彼女ということになるのではなかろうか。


俺は唾を飲んで少女に尋ねる。


「じゃあ、お前は俺の彼女ってこと?」


間髪入れず、最初に打たれた時よりも強い力でビンタされた。


「ふざけないで。あんたみたいなやつ本当に無理だから」


底冷えする声を当てられた。


ぶたれた頬に痛みと熱が帯びる。

俺の中で何かがぷつんと切れた音がした。


「……お前、また、ぶったな」


沸々と怒りが湧いてきた。確かに目の前の少女はこれまで見た誰よりもかわいい。しかし、だからといって何でもかんでも許されるはずがない。


堪忍袋の緒はぶち切れていた。


「は、ははは…。ふけんなよ。ふざけんなよ、なんどもビンタしやがって。星の願いだか、なんだか知らないが、彼女じゃないなら、なんでいるんだよ! てか、俺だってお前みたいな暴力女は願い下げだ」


「ふざけるなっているのは、こっちのセリフだ!」


少女は嫌そうに吐き捨てた。それを見てさらに不快感が増していく。

せっかくさっきまで流星群を見られていい気分だったのに全部台無しだ。


「もういい、構ってられるか。帰って母さんに直接聞く」


もうこの女と同じ空間にいたくなかった。手早くズボンのお尻部分の土を払うと、帰宅するために出口の階段に向かって早歩きで向かう。


湧き出る怒りがとまらない。


「なんだよ、あのふざけた女。あんな彼女なんかいるかっつーの。てか願いからうまれたとかやっぱ信じられねぇよ。新手の美人局かよ」


階段を降りようとしたタイミングでスマホが振動する。スマホの画面を見ると連絡アプリで母からメッセージが届いていた。


『直哉。ちゃんと、麗亜ちゃんと一緒に帰ってきなさいよ。いくら思春期だからって暗い夜道を女の子一人で歩かせたら許さないから』


母親世代独特の絵文字が多用された文言を見て顔をしかめる。


そして同時に階段を降りようとしていた足を止めた。突如現れたかと思ったら、人の頬を何度もビンタした意味不明な女。そんなやつと一緒に帰りたくない。


「ぬぅぐぬぬ…。はぁー…。あいつと一緒に歩くなんて、いつまたビンタされるか分かんないから嫌なんだけど。…だけど、母さん怒ったらもっとひどい目にあいそうだな…。ああああ! なんでこんな目に合わないといけないんだよ!!」


頭を掻きむしってから、麗亜と名乗る少女がいる方向に向きなおす。麗亜は先ほどと同じ場所に佇み、地面を寂しげに見つめていた。


「一方的に人を責めたてただけのくせに感傷に浸ってんなよ。まだうまく状況は呑み込めてないけど、母さんとかお前の話を聞く感じだと、お前は俺んちに引っ越してきたってことになってんだろ?それならとっとといってこれが本当にドッキリじゃないか確かめさせろよ」


先ほど彼女は確かに俺の家に引っ越してきたといった。常識的に考えればそんなわけはないのだが、この状況を変えるには内に行くのが手っ取り早いだろう。未だにドッキリの線が消えたわけでもないし。


麗亜に俺ははなしかけるが取り付く島もない。


「うるさい、お前と一緒に歩きたくないの。先に行けばいいでしょ」


それを聞き、思わずため息が出た。


顔もこちらに向けない少女にスマホを差し出し、先ほど母親から届いたメッセージを見せる。


「俺だってお前なんか歩きたくないさ。けど、お前と一緒に帰んないと母さんに殺されんだよ」


麗亜は差し出されたスマホをじっと見つめる。


「…」


「俺が嫌いなのは分かったから…。とりあえずうちに行くぞ。母さんや父さんの反応を見てお前の話が嘘じゃないかを確かめる。というかお前が動かなければ、俺と過ごす時間が長引くだけだが、それでもいいのか?」


それまで、梃子でも動かぬ姿勢を見せていた麗亜だったが、俺の言葉を聞くと出口に向かって歩き出した。


「それは嫌だから。それだけ」


「まじでなんなんだよこいつ…」


改めてかわいくない奴だと俺は思った。


◆ ◆ ◆


田舎の暗い道を二人で歩く。港では多くの観客が花火を観て歓声をあげているに違いない。しかし、港から数キロ離れたここにはその声も届かず、夏虫の鳴き声と麗亜の履いた下駄の音、そして俺が手で押す自転車の車輪が回る音だけが聞こえる。


神社から出て10分ほど経つが、麗亜と名乗る少女とはろくに話しておらず、俺からも麗亜からも話を切り出すことはなかった。


なんともいえない空気に耐えられず俺は口を開く。


「なぁ、お前が言うことが本当で願いから生まれたってことはさっきまでお前は存在していなかったんだろ? なら、知識的なことはどうなってるの。日常生活とか送るの難しいんじゃねぇの?」


麗亜は目線を俺に僅かに向けてから口を開く。


「確かに生まれたのはついさっきだけど、日常生活を送る上での知識はある。というよりもこの橘 麗亜が仮にこの世界に誕生した場合に得られるであろう知識が私には感じられる。今見ている景色は初めて見るものだけど、車に標識、川に空とかどういうものとか分かるから。だからあなたの助けなんかはいらない」


「本当に俺のことが嫌いなのな。もう分かったからいちいち言わなくてもいいよ。助ける気なんか1ミリもないし。てか、他の人たちにとってはお前がいるのは当たり前のことになってんだよな」


「そうなっているはず。私が生まれた瞬間に、自分が生まれた理由と、知識、それから自分が世界にとってどんなふうに扱われるかがなんとなくイメージとして入ってきたから」


「ふーん、じゃあ1年後、お前が消えたらどうなんだ? みんなの記憶からお前は消えんのか?」


麗亜の巾着を握っていた手に力がこもる。


「知らない…」


それだけ告げると、麗亜は先ほどよりも歩く速度をあげた。先ほどよりも下駄の音が大きくなる。


そんなに怒ることか?俺は情緒が不安定な少女にあきれていた。


「おい、足を痛めても知らないぞ。何だよ、質問しただけじゃん」


その後何度か俺の方から質問を投げかけたが、麗亜はまともに取り合わず、気づいたら家の前までたどり着いていた。


2階建てのログハウス。俺が生まれたのを機に建てられたこの家は玄関が大通りに向かって面しており、土地の関係上1メートルほど道路よりも高い位置に建てられている。大きな岩をインテリアとして石垣のように組んでいるのは俺の父のこだわりポイントだ。俺は家の向かって左側にある車庫に自転車を止めると、家に入るために、階段を登りデッキを渡り玄関に向かった。その少し後ろに麗亜が続く形となっていた。


階段を登る音が聞こえたのか。玄関の扉が開き母さんが顔を出した。


「麗亜ちゃん、お帰りなさい。あとついでに直哉も」


麗亜は先ほど自分に見せた姿とはうって変わって恥ずかしそうにしながら返事をする。


「あの、えっと。はい、お世話になります」


「俺はついでかよ」


「あら、まだ緊張しているの? ご飯もできてるから中に入ったら手を洗ってリビングにいらっしゃい」


母さんはそういうと、俺と麗亜が入りやすいように玄関ドアを開けて中に迎え入れてくれた。


「あの感じだとまじでお前のことを知っているみたいだな」


息子に向ける母の粗雑な対応も気になるが、それ以上に自然と麗亜と話す姿を見て思わず苦笑いが零れる。


「まだ言っていたの? しつこい」


「お前が俺のことを嫌い嫌い言い続けるよりはしつこくねぇよ」


俺はそういうと玄関の扉を開けて中に入った。


こうして星の願いから生まれたと自称する女との奇妙な共同生活は始まりを迎えた。



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