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星空のアスター  作者: 林檎の神
第一章:流れ星は願いを編む
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珈琲

 修一が願いごとによって生み出された人間だとして、願った人間は誰か。


 麗亜と話す中で可能性として挙がったのは4人。


 まずは、修一の彼女である町頭日和さん。そして、修一の家族である天沢理央、それからその両親。


 修一について分からないことが多いため、これ以上の話はできないだろうと俺たちの話し合いは解散になった。


 ただ、麗亜は話し合いを終えて俺の部屋から出ていく時に一言だけ俺に尋ねた。


『もしも、修一君が私みたいに1年で消えちゃう存在だったとして直哉はどうしたいの?』


 その質問に答えることはできなかった。

 麗亜からの問いかけは、俺みたいな中途半端な人間には難しいものばかりだ。


「俺はどうしたいんだろうな」


 修一が本当に願いごとから生まれた人間だったとして、何が変わるのだろうか。友達じゃなくなる? そんなわけない。俺は今でも自信を持って修一が友達だと言える。たとえ去年までいなかった存在だとしてもこの1年で築いた関係は本物なのだから。


 俺に取れる選択肢は大きく分けて2つある。


 修一のことについて首を突っ込むか。それとも知らないふりをして過ごすか。


 麗亜と生活する前の俺だったら、ここで通話をかけて事情を聞き出したことだろう。

 もちろん考えなんてものはない。自分本位に、そして行き当たりばったりに、どんな未来になるかも考えずに動くのだ。


 だが、今は少しだけ相手の気持ちを考えるようになった。相手はどのようなことを望んでいるのか。どういう言葉が相手を苦しめるのか。そういう機微に疎い俺は、相手の地雷原を気にせず突っ走って爆死してきた。だからこそ、これからは思考を巡らせて相手の気持ちに立つことで、それらの状況に陥るのだけは避けたかった。


 特に修一と麗亜の件に関しては。


 修一は、今の時間を楽しんで過ごしているようにみえた。彼女と祭りに行き、一人で魚釣りにも行って、そして友達と遊んだり。


 願った者の望みはなんなのかは分からない。だけど、修一は平穏に時が過ぎるのを待っていると思う。


 あいつからは未来を悲観したような様子は見えなかったし、似合わない。

 俺がもし、修一にお前の正体を知っていると言ったらあいつはどんな顔をするんだろうか。


 いつものように笑い飛ばすだろうか。それとも悲しむだろうか。

 頭の中はめちゃくちゃだった。この夏になってからへんなことが繰り返し起こっている。俺の願いから生み出されたという少女に出会ったかと思ったら、一番仲のいい友達も、実は願いから生まれた存在だったり。漫画やアニメで見る分にはいいだろうが、自分がこんな目にあってはたまらない。


 俺にとれる最善な手はなんだ。どれが正解なんだ。


 頭の中ではいろんな考えが思い浮かぶが、それによってどんな結末が待っているかが全く見えない。俺が余計なことをしたせいで、壊れる未来が何より恐ろしい。


 ……俺は結局、修一については何も知らないふりをすることにした。


 あいつが残りの時間を変にかき回されないように、楽しい思い出を抱えて消えること。

 それがきっと、一番いいはずだと思って決めたことだった。


 俺はこのように結論付けたが、この日は一睡もすることができなかった。


 どれくらい時間が経ったのだろう。カーテンの隙間から日差しが漏れ出ている。


 隣の部屋の扉が開く音がした。麗亜が起床したようだ。


 俺は部屋の時計を確認する。朝の5時半だった。


「あいつ、起きるの早すぎだろ」


 俺は元気なく笑っていた。眠いはずなのに眠れない。だが、何かしたいわけでもない。俺は自分の部屋から出てリビングに行くことを決めた。


 麗亜と何か話したかったわけではないが、無性に人と一緒にいたかった。特に麗亜だけが今の俺の状況を理解してくれる。それが何よりもありがたい。


 麗亜はキッチンに立っていた。どうやらコーヒーを入れる準備をしているみたいだ。


「おはよう」


 俺が声をかけると、麗亜がこちらに顔を向けた。


「おはよう……って、何その顔。もしかして一睡もしていないの?」


 麗亜があきれたような顔をして見せた。


 そんなにひどい顔をしていたのだろうか。俺は右手で自分の顔に触れる。


「そんなことをしても、自分の顔の状態はわからないでしょ。早く洗面所に行って確認したら?」


 コーヒー豆の粉末が入った瓶を開け、コーヒーマシンにセットしたコーヒーフィルターに瓶の中身を掬って入れる。麗亜の手つきに迷いはない。


 5日前は、もっとあたふたしていたのに、ここ毎日コーヒーを入れる練習でもしていたのだろうか。


 俺が見ていることに麗亜が気付く。


「何? またまずいコーヒーでも入れているのか、って考えてるわけ?」


 思考が自虐的過ぎるだろ。


「いや、逆だよ。いつの間にそんなにスムーズにコーヒーを淹れられるようになったんだ?」


 麗亜は胸を張って見せた。


「もちろん、雀さんに教えてもらってよ。毎日6時頃に一緒にコーヒーを飲んでるの。味だってあの時とは比べ物にならないんだから」


 自信溢れる麗亜を見ていると、(よど)んでいた俺の思考が徐々にクリアになっていくを感じた。


「なら、俺も一杯貰ってもいいか?」


「まぁ、別にいいわよ。あの時のは確かにまずかったし、汚名返上させてもらおうかしら」


「楽しみだな」


 俺は笑いながら、洗面所に向かった。麗亜がいうように俺の顔はひどいものだった。

 目の下のクマは濃く出ているし、髪もぼさぼさ。なにより生気が抜けたような表情をしていた。


「これはひどい。あの時の麗亜のコーヒーとどっちがひどいんだか」


「おい、こら。こっちまで聞こえてるからな!!」


「あはは、聞こえてたか」


 俺は顔を洗い、髪も整えた。クマはさすがに取れなかったが、さっきよりはだいぶましになったことだろう。


 リビングに戻ると、眉が吊り上がった麗亜が椅子に座っていた。


「コーヒーやらんぞ?」


「すまんすまん。あまりにもひどかったから、つい」


「私のコーヒーがあんたの顔と、同じひどさなんて、むごすぎる」


 麗亜は非常に嫌そうな顔をしていた。


 嫌そうな顔をした麗亜をしり目に俺もソファーにかける。


「さて、コーヒーができるまで10分ってところね。それで? 随分、悩み続けた見たいだけど結論は出たの?」


 結論か。俺は視線を落とし、両手を組む。そして親指同士を遊ばせた。


「俺は、修一とはこれまで通り変わらず接することにする」


 つまりは修一が抱えている秘密については見ないふりをするということ。


 麗亜は肩肘つきながら口を開いた。


「そっか。直哉が考え抜いてのことだったら、それでもいいんじゃない?」


 麗亜が言うように考えはした。そして、これが、自分が考えうることの中で、最も誰も傷つかずに済むことだと思っている。


「あぁ、十分に考えたことだ。これが最も誰も傷つかない方法だ」


「傷つかない方法か」


 意味ありげに呟く麗亜。俺は麗亜の言い方が非常に気になった。


「麗亜は、この方法ではだめだと思うか?」


「そういうわけじゃないんだけど」


「なんでもいいから思ったことを聞かせてくれないか?」


「んん…。うーん。」


 麗亜は少し渋って見せたが、結局は口を開いた。


「あくまで私個人の意見だからね」


「それで構わない」


 俺は先ほどの回答をする中でどうしても自分の結論とまではいえないものだった。正解の一つではあるが、最適解ではないようなもやもやした気持ちがどうしても取り除けなかったのだ。いまここで麗亜の考えを聞くことでこれまでとは違う回答が出せるようなそんな予感がしていた。


「確かに、現状維持をすることで失わない何かはあるかもしれない。でもきっとそれは得られる機会も同時に失うんだと思う」


「得られる機会?」


 俺の問いかけに麗亜はうなずいた。


「私は最初、自分を生み出した直哉のことを恨んでいたし、私が生活する中で一瞬たりとも関わりたくないって思っていた」


 なかなかにひどい言葉だ。しかし、麗亜の立場からしたらそう考えてもおかしくない。


「でもさ、それでも直哉は私に構ってきて。そのなかで、私は少し傷ついたりもした。でも、直哉の私たちの関係を変えようとする考えと行動があったから私たちは今こうして一緒に、朝にコーヒーを飲めたりするんだと思う。もしも直哉が私との関係を変えようとしなかったらこんな風にはなっていなかったって思うんだ」


「……」


「だからって別に、直哉が出した答えに不満があるわけじゃないの。私は直哉に後悔してほしくないだけだから」


「麗亜……」


 何故にも、こんなにもこの少女の言葉は俺の心を動かすのだろうか。俺は今でも先ほどの考えが間違っているとは思っていない。それでも正解だとも思っていなかった。


 俺は修一を傷つけないことだけを考え続けていた。それも間違いではないだろう。でも俺は何かを得られるそんな考え方をすることはできていなかった。


 俺は修一との関係が変わることを恐れて逃げていたんだ。今以上の関係は望めないから、マイナスにならないようにだけ考えて。非常に情けない話だ。


 改めて考えてみよう。修一と俺はどんな関係でいたいのか。それに向かうためにはどうすればよいかを。


 麗亜には感謝しなくてはならないな。俺は麗亜に感謝の言葉を告げようとしたが、それよりも先に麗亜が口を開いた。


「あ、今は確かに恨んではいないけど。嫌いだから勘違いしないでよ」


 感謝の念が散っていくのを感じた。


「一言余計だっていうの」


「ふふ、すねないでよ」


「すねてねーよ」


 麗亜の目からは俺が拗ねたように見ているのか、からかうように笑っていた。そしてしばらく笑ってから口を開く。


「でもまぁ、もし私に何か手伝えそうなことがあったら言ってよね。できることならてつだってやるから」


 そういって腕まくりをして見せる麗亜。


「心強いな」


 あまりにも細い腕だが、なぜかすごく頼りに思えた。


「だろ??」


 麗亜が得意げに締めくくったタイミングで、コーヒーメーカーから抽出完了の音がなった。


「コーヒーもできたみたいだし、飲もっか」


 麗亜は席を立ちあがると、マグカップを用意しコーヒーを注いでくれた。


「ほれ、飲んでみろ」


「わかった、わかったから」


 一瞬だけ、この前のことがあったので、ためらわれたが、麗亜の催促を受け飲んでみる。


「……うまい」


 麗亜の淹れたコーヒーはこの間と比べ物にならないくらい美味しかった。味もすっきりしているのに、風味が豊かで、母さんがいれてくれるのもよく飲むが、豆が違うんじゃないかっていうくらい美味しかった。


 俺の感想を聞いた麗亜は非常に嬉しそうだった。


「ね? 言ったでしょ」


 そういう麗亜は満面の笑みを浮かべていた。


 麗亜の笑顔はあの日みた流星群よりも綺麗だった。

 この考えに気付くと同時に顔が熱くなっていくのを感じ出した。


 俺はマグカップを置き、立ち上がった。


「あれ? どうしたの?」


 麗亜が不思議そうな顔をする。


 俺は顔を背けながら言った。


「急にトイレに行きたくなった」


「あ、そうなんだ。行ってらっしゃい」


 麗亜は少し気まずそうだった。


「行ってくる」


 俺は早足でトイレの方に向かった。麗亜には俺の顔を見られなかっただろうか。

 別に深い意味はないがあの場にい続けるのはまずいように感じられた。


 俺はトイレに入ると鍵をしめ便座に座った。


 右手を胸に当てると心臓は早鐘を打っていた。


「これはただ見た目がいい人間の笑顔に驚いただけだ」


 自分が追いつめられた状態で親身になってくれたから、いつもは不愛想なのに、不意に満面の笑みを見せられたから。これはいわゆる吊り橋効果とゲインロス効果が合わさったから起きた生理現象の一種。


 この感情はまやかしに過ぎない。俺はしばらくして落ち着いてからトイレを出た。

 トイレを出ると丁度母さんが起きてきた。


「おはようー直哉。……ん? 顔色悪いし、なんか顔赤くない? 熱でもあるの??」


 俺は慌てて否定した。


「別になんともねーよ!!」


「後でちゃんと熱を測りなさいよ??」


「本当に何もないってば!!」


 それからは修一のことについては話すことなく、しばらく母さんと麗亜の話を聞くだけ聞いていた。


 二人の話を聞く中でも俺は考えを巡らせる。


 俺は修一にどうなってほしいのか。そして修一にどうしてほしいのか。俺達の関係をどうしたいのか。


 だが、俺はその前に知っておきたいことがあった。修一がなんのためにこの世界に生まれたのか。つまりは、誰が修一が生まれるように願い事をしたのかだった。


 この願い事次第で俺の考えが大きく変わる可能性があった。


 検討はある程度ついていた。


 ……まぁ、だけど今は少し眠い気がする。


 それから俺はソファーで夕方まで眠り続けた。


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