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南方神社から家に帰る。
何かを得るためにあの場所に向かったのに、むしろ自分の尊厳や好感度が下がることになるとは思わなかった。
道中、何事もなく家に帰ることができた。
俺は、お風呂に入り、晩御飯を食べる。修一への電話はご飯を食べ終わってからゆっくりすることにした。
今日の晩御飯は薄い豚肉を卵にくぐらせて焼いたピカタとサラダ、味噌汁にご飯だった。
別によくある我が家の定番メニューだがなんとなくいつもよりも味噌汁が美味しい気がした。
俺は母さんの方を見ず、食事に目をやりながら質問をした。
「ねぇ、母さん。今日の味噌汁なんか変えた?」
「あら、どうかしたの?」
「なんかいつもよりうまい」
「別に何も変えていないわよ」
少しうれしそうな声だったので何か変だと思ったが、食事を褒められてうれしいのだろうと考え、気にするのはやめた。それよりも今日はいつもよりも急いでご飯を食べる。
「そんなに急いで、のどに詰まらせないでよ」
「ばいじょうふっ! ごくん、ふぅー」
誰よりも先に食べ終わった俺は部屋に向かう。
「ごちそうさまっ!!」
とにかく、今は修一と電話がしたかった。すでに2時間が経っているし、尾ひれ背びれがついた状態で、理央から修一に話がされているかもしれない。
ベッドに腰掛けた俺は通話アプリを開いて、修一に電話をかけた。
修一はすぐに電話に出た。
「もしもし?」
「直哉だけどさ、さっき送ったメッセの件でもう少し話しておきたくて電話した。今時間大丈夫か?」
「問題ない。ご飯はもう食べたし、風呂にも入った」
修一の家もご飯の時間が早いらしい。電話をするのに都合がよかった
「ならよかった。理央ちゃんから何か聞いたか?」
「お前に襲われそうになったって話か?」
修一の口から飛んでもない言葉が飛び出し、俺は驚いた。
「はぁ!? そんなこと言ってたのか。襲おうとなんかしてないわ!」
俺の反応が面白かったのか修一はケタケタ笑った。
「あははは。嘘だよ。そんな話は聞いてないし、理央とは話してすらいないよ」
笑えない冗談を言いやがる。
「おまえ、ふざけるなよ。こっちはまじで焦っただろうが……。ん? 話していない? ていうことはまだ家に帰ってないの?」
「いや、帰っては来ているんだけど、絶賛喧嘩中なんだ。俺ら」
「お前って喧嘩するんだ」
修一といえば、いつでも元気で優しくて頼りになって、誰よりも大人な奴というイメージがあった。たとえ二人きりになっても誰かの悪口を言うこともない。そんなやつが妹と喧嘩をするとは。
「当たり前だろ。兄妹なんだぞ。喧嘩くらいするさ。まぁ、大体俺が悪かったりするんだけど」
そういって修一はまた笑った。
「お前が原因って一体何をしたんだ?」
「この間、一人で釣りに行ってただろ。あれ、家族に黙っていってたんだけど。いっぱいの魚を持ち帰ったんで、当然ばれて、理央に何で一人で行ったんだって怒られちゃって。それから三日ほど口を聞いて貰えてないんだよ」
少し声がしょぼくれていた。
あのツンツンした妹はどうやらブラコンらしい。大方自分もついていきたかったのに黙って行ったから怒って拗ねているのだろう。
「1日くらいで機嫌が直ると思ってたんだけど、今日まで続いていてさ。それがもう悲しくて、悲しくて! 俺はどうすればいいと思う?」
いつの間にか相談を受ける側になっていた。
「かわいいもんだろ。お兄ちゃんと一緒に釣りに行けなくてすねているなんて。うーん、まぁ、なんかプレゼントでもあげたらいいんじゃないか?」
「プレゼントか……。ありかもしれない」
「妹は何が好きなんだ?」
「そうだなぁ、そうだ。『投げやりトカゲ』っていうシリーズのぬいぐるみが部屋におかれてるのを見たことがある」
「『投げやりトカゲ』?」
俺が知らないキャラクターのシリーズだ。
「なんかすんごいゆるくデフォルメされたトカゲが覇気のない顔で料理してたり、座ってたりする奴。赤いのとか。黄色いのとか水色のやつとかもいるな」
そこでいつぞやのゲームコーナーで3,500円かけてとったぬいぐるみを思い出した。
「あー、もしかしてあれか?? この間ゲームコーナーでそのぬいぐるみとったかも」
携帯で『投げやりトカゲ』を検索すると、このあいだとったぬいぐるみがヒットした。やはり麗亜が気に入ったぬいぐるみは、そのシリーズの一つのようだった。
「やっぱりそうだ」
「確かに俺もどこかのゲームコーナーで見た覚えがあるな」
修一は何かを考えているらしい。そしておもむろに俺に提案してきた。
「直哉! 一緒に取りに行こう」
「何で俺も一緒になんだよ」
「いいだろう? ゲーセンと言えば友達と遊ぶところ。まだ、友達とゲーセンに行ったことないんだよ。だから、一緒に遊びながらその何とかシリーズのぬいぐるみをとって妹にプレゼントしようと思うんだ」
「まぁ、別にいいけど」
「それから、ぬいぐるみを取って、仲直りができた暁には妹がお前に対して抱えている誤解を解くのを手伝ってやるよ」
修一から告げられる福音。俺は、その言葉を待っていた。
「ぜひ、お供させてください!」
ストーカーの汚名は何とかそそぎたい。
「うむ、くるしゅうない」
◆ ◆ ◆
さっそくというか、俺たちは次の日朝から鹿児島市内へ向かうことにした。
俺の両親も修一の両親も用事があるとのことで車は出してもらえなかったので、今日はバスで市内に向かう。
俺は、バス停で修一を待っていた。バス停の場所は五叉路の右手、南方神社に向かう方向の少しだけ進んだところだ。
「あちぃー」
俺は家の冷凍庫で冷やしていたお茶を額に当てる。
本日の気温は36℃。バス停の近くの木陰で休んでいるが汗がひかない。バスの時間まで残り5分。田舎のバスは時間がルーズだったりするから、念のために15分ほど早めに家を出たのだが失敗だった。
俺は代謝がいいのか、よく汗がでる。だから夏は嫌いだ。汗臭いのも嫌いだし、なにより汗を滝のようにかいているのを人に見られるのが嫌だった。
「はやく冷房の効いたバスにのりてぇー。というか修一はまだか? バスきちまうぞ」
そんなことを言っていると手を振りながら近づいてくる男がいた。
ブラウンのチノパンに白いシャツと、夏用の黒いジャケットを着用したおしゃれ男子。
天沢修一だ。ただ、怪我でもしたのか右手の甲当たりに包帯を巻いている。
「よぉー、直哉。お待たせ。ぎりぎりの時間になったけどバスはまだ来ていないよな」
さわやかな笑みで話かける。ちなみに俺はワンポイントでよくわからないキャラのついたネイビーのTシャツに、黒の短パン姿。可も不可もない楽なスタイルだ。
「まだ来てないけど、おせーよ。俺なんか10分もここで待ってたんだぞ」
「すまんすまん。少し寝坊した」
少しも悪びれた雰囲気がない。
「鹿児島行きのバス。これを逃したら次は2時間後だぞ」
修一は俺をなだめる様にして見せた。
「まぁまぁ、無事にバスが着く前に到着したし多めに見ようじゃないか」
「なんでお前が許す側になってるんだよ」
俺があきれていると、修一が来た方向から一台のバスが来た。いつも鹿児島に行くときに乗るバスなので確認するまでもないが、バスの行き先を見ると『枕崎→鹿児島』とかいてある。
「本当にぎりぎりだったな」
「俺は運がいいんだよ」
俺と修一は乗車券を取ると、バスの後部座席の一つに座った。バスの中を見ると、5,6人ほど乗客がいた。
「まぁまぁ、人がいるね」
「今日は土曜日だしな」
席に着くとガンガン効いた冷房の送風口の向きを自分に集中させる。
「マジで今日熱いな」
俺は汗を拭きながら修一に話しかける。
「猛暑日になるらしいからね」
修一は口ではそういうが、汗をまったくかいていない。汗一つかかない修一を見ていると、自然と右手の甲に視線が向いた。右手の甲と言えば麗亜の残りの存在時間がかかれた場所。
そんな場所だったため特に気になってしまった。
「さっきも気になってたんだけど、その右手の包帯はどうした?」
「あぁ、これか。実は妹と喧嘩した時に怪我をしてしまってな。血は止まったんだけど雑菌が入ると怖いから包帯を巻いていたんだ」
修一は困ったように笑っていた。俺たちの周りには狂暴な女しかいないのかと、修一に心の中で同情する。
「絆創膏でもよかったんじゃないか?」
「絆創膏でもよかったんだけど。うちの救急箱に結構使われていない包帯があったから消費するために使ってるんだ。でももう流石に血も止まってかさぶたをできただろうし外すか?」
「そうした方がいいんじゃないか? なんかお前のそれ中二病みたいだぞ」
やっぱりか、と少し恥ずかしそうにしながら修一は包帯を外した。そこにはひっかき傷のような細い線が2本走っていた。
「ほらこれ、理央の爪が当たってさぁ。大したことじゃないし、傷残んないといいけど」
「結構浅そうだし消えるんじゃないか?」
そうだといいけどと言って修一は傷に触れる。自分の体に傷が残るというよりは、理央が傷を見て、罪悪感を覚えてほしくないと考えている様子だ。
まぁ、普通の人間の右手には数字なんか刻まれていないよな。分かってはいたが、俺はそんなことを考えた。
それから俺たちはスマホを弄ったり学校の話題やネットの話題について語りながら鹿児島へ向かった。
4時間後俺たちは、娯楽施設で遊び回っていた。
「神の御業を見せてやる!!」
修一はそういってボーリングの玉を持ち上げた。
「おまえ、ここで三連続ストライクを取らないと負けだからな」
俺は座席に座って、修一がボーリングの玉を投げる様子を見守っていた。
俺のスコアは163。修一のスコアは127。俺が先行ですでに最終ターンも消化した状態だ。
その差は36点。ダブルを取って6本以上倒さない限り俺は負けない。
久しぶりにボーリングをしたが結構楽しい。
修一は、鬼気迫る様子でボーリングの玉を投げた。
「これが俺の全力だー!!」
投げたボールは左レーンぎりぎりをせめてから真中へと向かっていく。
軽快な音を立てて倒れるピン達。ど真ん中に当たったとおもわれたが、
並んだピンの中心の一本だけが揺れるだけ揺れて倒れなかった。
「ははは、俺の勝ちだな」
「ちくしょー!!」
修一はそういって悔しそうに地面を叩いて見せた。
「とはいっても5対5で引き分けか」
この施設についてから2時間半、野球にテニス、ダーツと遊べる種目は大体遊んだ。
どれも似たような実力だったため、最初から最後までずっと盛り上がっていた。
時刻は14:00。まだ遊んでもいいが、本来の目的である『投げやりトカゲ』のプライズを取れていない。
「ここらで勝負は終わりにしてそろそろゲームコーナーに行こうぜ」
「確かに、本来の目的を果たさなくちゃな」
さっきまで悔しがっていたのが嘘のように早い変わり身でボールを拭いてレンタルシューズをてきぱきと片付けていく。
五分ほどで撤収は完了し、俺たちはゲームコーナーにやってきた。
今日やってきた娯楽施設は一階がカラオケとゲームコーナーになっており、二階から上がスポーツを楽しめる施設になっている。カラオケと併設されていると言っても一階部分の7割はゲームコーナーになっていて、数百台のクレーンゲームが所せましと並んでいた。
「とりあえず、『投げやりトカゲ』、『投げやりトカゲ』と」
目当ての『投げやりトカゲ』がプライズになった台はかなりあった。
「なるべく大きい方がいいだろう」
修一はそんなことをいって縦50cm幅30cmくらいあるぬいぐるみが景品となっている台の前にやってきた。理央が好きなキャラクターは赤色の龍のようなぬいぐるみだそう。いや、龍とは言ったがニュアンスだけで、威厳はまったくない。
「直哉、こういうやつはな、タグを狙うのがいいんだ。タグを」
どっかの動画で見たのか浅そうな知識を語りながら修一は500円を機械に投入した。
前回、俺がやったのと同じで1play200円、500円なら3playできる台のようだ。
まぁ、予想通りというか修一はタグにアームをかけることはできず、お金だけを消費していた。
俺もただ待っているのはつまらないので500円だけ他の機械で遊ぶことにした。
修一が遊んでいる台の後ろ側には小さなキーホルダーやおもちゃを取り扱った台があった。
その中に、麗亜が気に入っていた水色のトカゲのキーホルダーがあるのが見えた。
なんとなくだった。1play100円のそれにコインを投入し、アームを操作するとキーホルダーをカバンなどにつけるためのループにひっかかった。まぁ、ひっかかることはよくあるが、2個のループにアームがかかっていた。アームの力は弱そうだが、かかった二つのキーホルダーが支え合って落とし口まで落下することはなかった。
そしてアームが落とし口まで到達すると、あっけなく二つの水色トカゲのキーホルダーがとれてしまった。
まさかとれるとは思っていなかった。しかも同じキーホルダーだ。一個であれば渡してもよかったが、二つとなると……変に意識してしまう。
いや、なんか俺きも過ぎるぞ。キーホルダーを麗亜にあげるかどうかは後で決めることにした。
とりあえずポケットの中にキーホルダーをしまい、修一のもとへ向かう。
「とれそうか?」
「みてくれ、結構移動してあと何回かでとれそうなところまできた!」
修一の言う通り、ぬいぐるみは落とし口の近くまで移動していた。使ったお金は1,500円らしい。もうあと数回で取り切れそうだ。
店員さんにずらしてもらった俺とは違った。
そして2,000円を丁度使い切ったプレイで修一はぬいぐるみを落とすことに成功した。
「よっしゃー!! とれたぞ直哉!」
修一はぬいぐるみを取り出し掲げる。
「おめでとう。これで理央ちゃんの機嫌、直してもらえるといいな」
「あぁ、帰ったら早速渡してみるよ」
スマホの時計を確認すると今は14:50。
「今帰れば15:30のバスに間に合うから17:00にはあっちに帰りつけるぞ」
修一はぬいぐるみを景品用の袋に詰めていた。
「結構遊んだし。今日は帰るか」
修一は満面の笑みでそういった。
「この施設、久しぶりに遊んだけど楽しかったな。また遊びに来ようぜ」
「もちろんだ。次は理央も一緒に来られるといいな!」
「お前の場合はひよさんとだろ」
「……確かにそうだな!」
少し言い淀んだように見えたが気のせいだろう。
俺たちはそれからバス停に移動し、無事に15:30のバスに乗ることができた。
「本当に今日は楽しかった」
修一はでかすぎるぬいぐるみを抱えながらそうつぶやいた。
「今度は俺がお前をコテンパンにしてやるよ」
「こっちのセリフだ」
ーーーーー
ーーー
ー
それから俺たちはバスに揺られて枕崎を目指した。体を動かしすぎたためか、気づいたら眠っていた。
「あいた!」
カーブのところで窓側に座っていた俺は頭を窓ガラスにぶつけて目がさめた。
眠気眼でスマホを開くと時刻は16:55だった。1時間半ほとんど寝ていた。軽く腕をのばしストレッチする。狭い空間で寝ていたからか、体がバキバキだ。
隣では修一がぬいぐるみを抱えながら寝ていた。しかし、右手はぬいぐるみからずり落ちそうになっている。
窓の外を見ると、もうすぐ俺たちが降りるバス停に着く。
「おい、修一もうすぐ着くぞ」
「ん…。わかった。わかった……」
肩で修一を押すとそれまで踏ん張っていた右手がずり落ちた。
「おいおい、ぬいぐるみが落ちて汚れるぞ??」
俺は、完全に眠っている修一に笑いそうになったが、右の手のひらをみて息を飲んだ。
「……嘘だろ」
修一の手の平には、見覚えのあるものがあった。それは数字だ。しかし、ただの数字じゃない。麗亜の右手の甲にあるものと、形、大きさがともに似た、いや瓜二つの数字が刻まれていた。
その数字の数は「132」だった。




