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星空のアスター  作者: 林檎の神
第一章:流れ星は願いを編む
1/13

星降る夜に

蒸し暑い日になると思い出す。


彼女と過ごしたあの一年を。


苔むした階段に腰を下ろし、目の前に広がる雲一つない青空を眺める。


蝉の音がうるさいくらいに響いていた。


地面を見つめるとアリたちが自分たちよりも大きな虫の死骸を運んでいる。


暑苦しい気温のせいで頬に汗が伝う。青々と茂った木が日光を遮ってくれているのがせめてもの救いだ。


背後から参拝客のお賽銭を投げる音と、お参りの拍手の音が響いた。


Tシャツをパタパタとすることで空気がシャツの中に流れ込み、先ほどよりも幾分か涼しくなるのを感じた。


「かき氷食いてえ」


ふと、一昨年食べた雲のように柔らかな、梨味のかき氷を思い出した。


そうして思い出がどんどん連鎖して蘇ってくる。


思い出の始まりは一昨年の夏。


彼女と出会ったあの時は今と違って夜だったけど、目を閉じると今でも鮮明に思い出すことができる。


彼女―麗亜(れあ)と出会ったあの時のことを。


◇ ◇ ◇


祖母が死んで大体7か月が経つが自分の横の席が空いている光景は何時までたっても慣れない。


今日の昼ご飯は今年初めての素麺だった。特に祖母が好きなメニューであったため、いつも以上に祖母のことを思い出す。8月の始めごろになって初めて素麺が食卓に並んだのは、わが家が素麺よりも夏はうどんやそばを好んで食すためだった。


大きなボウルに氷水が入れられその中を素麺が漂っている。


直哉(なおや)、薬味とって」


自分の対面に座った母親が、俺の目の間にある薬味皿を指さした。薬味皿には、ねぎ、冥加、ワサビ、生姜がのっていた。


薬味皿を手に取り母に渡す。


「はい」


「ありがとう。お父さんも薬味はいるでしょう?」


その言葉にそれまで新聞を眺めていた父が頷いた。寡黙な父だ。母がそそくさと自分の小皿と父の小皿に取り分けると自分の方へ薬味皿を戻す。


「お義母さん、素麺好きだったわよねぇ。素麺の入った氷水のボウルに果物を入れて冷やして食べるの。ほら、ぶどうとかイチゴとか」


「キュウリも冷やしていたな」


「そうそう。案外美味しかったわよね」


母は笑うが、不愛想な父は笑わずに淡々と相槌を打つ。思春期真っ只中の自分は黙って薬味を麵つゆに入れて素麺をすすりだす。


リビングでは、窓を閉め切ってクーラーを入れているが、カーテンは開けているので夏らしさを感じられた。外で吊るしている風鈴の音が家の中まで響いて聞こえるので、素麺がより美味しく感じる。


ふと父が箸を止めてテレビのリモコンを握った。


「母さんのことで思い出したが、今日は流星群が来るらしいな」


それまでつけていたバラエティー番組の録画を止めるとリモコンで番組表を開き、ニュース番組を選んだ。


番組では丁度、流星群の特集に入ったタイミングであった。


『本日も連日の猛暑が続きますが、皆さんもお待ちかね、本日の夜はたくさんの流れ星が見える夜になりそうです…』


顔をあげるとお天気キャスターが興奮した様子で本日来る流星群について話していた。


「カシオペア座流星群か。見たことないな」


「お義母さんが亡くなった時の流星群もこのカシオペア座流星群って名前でしたよ」


「そうだったか?覚えてなかったな」


お天気キャスターの話では、本日見える流星群は75年ぶりに活発な活動を見せる流星群であり、特に今回の流星群は75年前に太陽圏に入り込んだ彗星が由来となる極めて珍しい流星群とのことだった。夏と冬に見える流星群で、由来となる彗星は異なるが、同じカシオペア座が放射点となるため、夏と冬のカシオペア座流星群と呼ばれているそうだ。


「母さんも流れ星好きだったからな。死んだときも流れ星が雨のように降っていたし、きっと天国で見るんじゃないか」


「確か、お仏壇のところに飾っている石も流れ星だって言ってとても大切にしていましたよね」


母さんが言うように自分の家の仏壇にはピンポン玉くらいの大きさの丸い石が供えられている。


「自分で拾ったっていって自分が子供の頃から毎日欠かさず磨いてたな」


母さんたちが信じているかはしらないが、俺は信じていない。祖母のことは好きだったがあまりにも荒唐無稽な話だったからだ。


感傷的なのか、父さんはいつも以上に話しているように見えた。


「夜の8時頃ごろからいっぱい見えるそうですし、今年の夏祭りは花火を観ながら流星観測もできるのかしら」


「祭りの明るさで空の星が見えなければいいけどな」


「直哉は祭りに行くの?」


麺を一すすりしてから答える。


「いや、今年は行く友達もいないし。それに昨日ぶらついて、祭りらしいものは食べたから行かない」


素麺の付け合わせに置いてあった甘い卵焼きを2つほど食べると食器を重ねて台所に運ぶ。


「ちゃんとご馳走様を言いなさい!」


母親の小言にうんざりしながら言う通りにした。


「ごちそうさまでした」


俺はスマホを弄りながら二階の自室に戻ろうとすると、本日饒舌な父が話かけてきた。


「もしも今日、何もすることがないなら、流星観測でもしてきたらどうだ?」


「さっきニュースでやっていた奴?」


足を止めて耳を傾ける。


「あぁ。母さんが昔見たっていう流星群とこれが同じなら見る価値があるはずだ。母さんはずっと昔見た流れ星の話ばかりしていたからな。自分は今日は祭りの手伝いで会場にいかないといけないが、昔、母さんがどこで流星を見たかを聞いたことがあるから見くるといい」


「近いの?」


「近からず、遠からずってとこだな。花渡川沿いに歩いて30分のところ、桜山の地域の、そこに南方神社があるだろう? 軽い子山の上にあるから余計な人工物に邪魔されずに見えるそうだ」


「へぇ…。特にやることもないし行ってみるか。75年振りの流星らしいし思い出にもなるか」


「あっちの方は街灯が少ないから特に気を付けて行けよ」


「オッケー分かった」


「それじゃあ自分もそろそろ出るから帰ってきたら感想でも聞かせてくれ」


「了解」


父さんとの会話が終わったので、俺は階段を登り自室に戻った。


それからの時間、俺はゲーム機に電源を入れ夕方まで好きなFPSをプレイして時間を潰した。


----------

------

--


「今の負けるのってマジかよ!!」


むしゃくしゃした感情を抑えるためにゲーム機の電源を切った。ストレスを発散するものでイライラしても仕方がないが、抑えられない気持ちだって存在する。


手元に置かれていたエナジードリンクを一気飲みする。喉を刺激する炭酸にこのイライラも洗い流してもらう。あとちょっとで飲み終わるところでアラームが鳴りだした。


思わず咽た。


「ばっふっ! げっほげほ」


鼻の奥に炭酸の刺激が侵入してきていて痛みと不快感が凄い。


「なんのアラームだっけ」


スマホの画面を見ると、流星観測と表示されている。


「あぁ、ゲームに夢中で忘れてた」


部屋にある時計を見ると夜の7時半を指し示す。窓の外は夏ということもあり、空は若干暗い程度だ。


俺は財布と家の鍵のスペアが入った黒のショルダーバックを手に取り部屋を出る。一階に降りると母さんから虫よけスプレーを出して貰って両手両足から顔まで全部に振りかけてもらった。


夏の田舎は信じられないくらいに蚊が沸く。


「車とかに気をつけなさいね」


「分かってるって」


玄関をでるとウッドデッキを渡り階段を降りる。我が家は降りた先が車庫と庭になっている。

車庫から自転車を出すとそれにまたがり流星観測地である南方神社へ向かって漕ぎだした。


歩いて30分だが、自転車ならゆっくりいっても15分弱で着く。


家から出てすぐの道は下り坂になっているので漕がずに重力に任せブレーキだけ調節する。

祭りのせいか、いつもよりも交通量が多い。


坂道を下りきった先は五叉路(ごさろ)になっている。この五叉路の内、信号を渡らずに右側の道をひたすらまっすぐ行けば神社にはたどり着く。


もう少し遅く出ても良かったなと考えていると曲がり角から見知った人間が出てきた。


「あれ、修一(しゅういち)じゃん」


「直哉? そうかここの坂の上がお前の家だったな」


曲がり角から出てきた男は俺と同じ学校の同級生天沢修一だった。優し気な顔立ちに175cmとなかなかな身長を持ち、巧みなトークとユーモアセンスが抜群で、高校入学から僅か1か月でクラスの中心人物となった男だ。高2になった今も中心人物であることには変わりなく、多くの人間に頼りにされている、こいつはそんな男だ。


ちなみだが、この男は自分の親友だったりする。中学校からの仲であり、本来であればこいつや他のメンバーと夏祭り巡りでもしようという話だったが、俺以外みんな予定があり、寂しい流星観測をすることになっていた。


ふと、修一の隣に目を向けると修一よりもあたま一個分ほど背の低い女の子がいた。


長い黒髪を綺麗にまとめ、サイドに三つ編みを編み込んだ、大きな瞳が印象的な小動物のようにかわいい女の子だった。


女の子は金魚の模様が入ったかわいらしい浴衣を着ており、修一も同様に紺色の浴衣を着ていた。


「お前、今日遊べないって言っていたのデートかよ」


こちらは一人で流星観測だというのにいいご身分だ。


「ごめん、気恥ずかしくて黙ってた。そう…デートがあるから今日は遊べないんだ」


なんか変な言い回しが気になったがその違和感はすぐに流れた。


修一の言葉を聞いた女の子は頬を林檎のように赤くして下を向く。


「そっか、やっぱりデートなんだ…」


なんだこの生物。可愛すぎだろ。


とてつもない甘々なオーラがこの二人からは迸って見えた。こんな惚気空間にいたら俺みたいに彼女もいない人間は腐ってしまう。


だが、親友の恋愛状況について聞かぬわけにはいかない。


「デートの邪魔はしないからさ。紹介だけしてくれよ。秘密にしているなら誰にも言わないから」


修一は頬を掻きながら照れくさそうに隣の女の子に了承をとり紹介してくれた。


「この子は加世高校の3年の町頭(まちがしら) 日和(ひより)さん。少し前から仲良くしてもらっているんだ」


「年上かよ…。やるな修一」


隣にいた少女が頭を下げて口を開く。


「町頭日和です。修一君にはいろいろお世話になっています。ひよのことは、ひよと呼んでもらえるとうれしいです」


「自分は橘 直哉って言います。修一とは幼馴染です」


「修一君と幼馴染なんですか!? 今度昔の修一君について教えてください」


 幼馴染というワードが気になったのか、日和さんは目を輝かせて俺に近づいてきた。


 それを見た修一は苦笑いを浮かべる。


「ひよ、恥ずかしいからやめてくれよ」


ナチュラルな「ひよ」呼びに思わず敬服しそうになった。


付き合ったばっかりなのか微妙な距離感を感じながらも二人からは幸せオーラをビシビシ感じた。


修一はみんなに頼りにされながらも、自分は人に頼らないというか一歩引いたイメージがあったので、そんなやつに彼女がいたことには心底驚いた。


「まじかよ。修一がこんなに幸せそうにしてんのはじめてみたよ。あ、ていうか引き留めて悪い、花火を見に行くんだよな」


「確かにそろそろ向かった方がよさそうだな」


修一はスマホで時間を確認してからそう告げた。


「ひよさん…でいいのかな? こいつはいい奴です。いい奴過ぎて遠慮するような奴なので引っ張ってやってください」


俺は親友に彼女ができたことに謎のうれしさを感じ、しつこいと分かっていながらも親友のことを彼女にお願いをした。


「はい!分かりました。ところで呼び方は直哉さんでよかったですか?」


かわいい女の子から直哉さんと呼ばれて少しテンションが上がった。


「大丈夫ですよ。…思ったより話しちゃったな、それじゃあ、そろそろ邪魔者は消えますね」


それを聞いた修一は不思議そうな顔をした。


「あれ、直哉は祭りを見に行かないのか?」


「一緒に行く人がいないしな。今日って流星群が来るだろ。なんか南方神社だと良く見えるらしいから今からそっちにいく」


「流星群か…。なるほどな。あっちの方は暗いから気をつけてな」


流星群というワードを少し感慨深そうに呟く修一を見て、こいつも祭りよりも流星群を見たかったのかなと考えるが、彼女とのデートなんだし少しくらい我慢して貰いたい。それに祭り会場でもきっと見えるはずだ。


「お前の方こそ、祭り会場は人混みが凄いだろうから彼女さんの手をしっかり握ってやれよ」


「余計なお世話だ」


直哉は俺の背中を強めに叩いた。


「いった!結構今の痛かったぞ」


「幸せのおすそ分けだよ!」


「いったなこいつ!」


俺も修一を叩こうとしたがよけられた。


「よけやがって…。じゃあ、またな」


「ああ、また今度は俺が誘うから遊びにいこう」


「ひよさんもまた」


「はい、また!」


そこで分かれた俺たちは互いに逆の道へ向かった。

時々後ろを振り返るとひよさんはこちらの姿が見えなくなるまで手を振ってくれていた。


「まだ振ってくれてる。あいつにはもったいないくらいの彼女だな」


修一に今度馴れ初めを聞かなきゃな。そんなことを考えていると左手に大きな川が見えてきた。父さんの話にも出てきた花渡川だ。


坂道は五叉路までの道だけなので、自転車のギアを2から4に入れてゆっくり漕いでいく。


夕日に照らされ花渡側の水面がキラキラ光っている。


左手には川。じゃあ右手には何があるかと言えば、空き地や雑木林ばかり。いくら進んでも似たような風景しか見えてこない。この町で生まれ育ったが、高校生にもなると、いい加減この田舎具合に嫌気が差してくる。


ここ、鹿児島県枕崎市は人口20,000人。鹿児島県の最南端に位置する田舎町だ。鰹節と焼酎が有名な地域で、テレビでも枕崎産の本枯れ節を使った高級料理が出てくるぐらいの知名度は一応ある。焼酎も飲兵衛に知られているらしいが興味がないので詳しくは知らない。これだけ聞けば名産品もしっかりとある町のように聞こえるが、だがそれだけだ。某有名なハンバーガーチェーン店はないし、大手コンビニのセブンに行くのにも隣町に車で30分はかかるそんな町。


本当に不便な町だし、俺は高校を卒業したらこんな町からは出ていくと心に決めている。


まぁ、そんな枕崎にも一応鰹節以外で有名な行事が存在する。


それが今日ある祭りだ。


鰹節で有名なことからも分かるように港町である枕崎は、毎年8月の上旬に漁港で『きばらん祭』と呼ばれる祭りが執り行われる。三尺玉を目玉にしたこの祭りは2日間行われるもので、多くの出店が立ち並び県内外から多くの人が押し寄せる。


今日、8月9日はそんな『きばらん祭』二日目でもうじき花火が上がり始めるため、港では大きな盛り上がりを見せていることだろう。


家から出て約25分、南方神社の入口に着いた俺は自転車から降りると、スタンドを下ろし鍵をかける。修一と話していたのもあって思ったより着くのに時間がかかったが、想定の範囲内。


南方神社の本殿は20段ほどの階段を登った先に見えてくる。


夏場の蒸し暑さに加えて虫たちの大合唱。それにカブトムシがいる雑木林に入った時のような樹液が発酵したような匂いがする。


しかし、そんな匂いも階段を上り終えると消え失せ、神社特有の静謐さが身を包む。

階段を上り終えた先には、軽い広場があり、その先さらに十段ほどの階段を登ると本殿はあった。


スマホの画面を起こして時間を確認する。


「19:56か。あと少しで花火も上がり始めるな」


少し先にある本殿に登るための階段に腰掛けると、空を眺める。


先ほどまで感じられた夕焼けの残滓は夜に溶けるように消え失せ、気付くと夜がとっぷりと更けていた。


星が浮き上がるように空に満ちていく。


周りを少し見渡すが意外なことに誰もいない。この場所は多少狭いが桜山の中でも高台に位置する場所だったため、近隣の住民などが流星群を見にやってくると考えていたがその予想はどうやら外れたらしい。


空気は澄んでいて風のおかげか先ほどよりも涼しくなっており、自転車を漕いだ時に流れた汗も引きはじめていた。


これ以上ないベストな流星群の観測コンディション。


「父さんの言ったとおりだったな」


手に握っていたスマホが振動し20:00になったことを知らせる。バイブレーションを手早く切り、空を改めて見る。


20時ジャストに流れるほど、流星群は人間の都合に合わせるわけないと考えるが、視界の端で何かが動くのを感じた。


気のせいかと思い何度か瞬きをしていると、一つ、二つと青白い筋が確かに流れた。


「まじか、すげぇ、思ったよりもしっかり見えるな」


先ほどの流れ星でも感動したが次の瞬間、堰を切ったように星のかけらが空に溢れ出す。


一つ一つは一瞬で消えるが消える量をはるかに超える流れ星が空を満たした。


流れ星の光で周りが心なしか明るくなったように感じる。


「ばあちゃんが見た、景色もこんなんだったのかな」


最初はスマホでムービーを取ろうと考えていたが、そんなことはすっかり頭から抜けていた。


「流れ星がこんなに流れているなら願いの一つや二つは叶いそうだな」


流れ星に願い事。


よくある迷信だが、この光景を見せられては願わずに居られなかった。

俺は両手を前で組むと少しばかり目を閉じる。


(願い事、願い事…)


「……何願おう」


しかし、いざ星に願い事をしようとするとあまり願いが思い浮かばない。


永遠の命? 金銀財宝? それともヒーロー顔負けの超能力に目覚める!……?。


あまりぴんと来ない。ありがちな願いではあるが、いまぱっと考えた願いは、心から欲しいと思えなかった。


「うーん」


…こんなことを馬鹿真面目に考えるには少し恥ずかしいが、素直に今一番欲しいものを考える。


ぱっと思い浮かんだのはここに来る前に観た修一とひよさんの姿


その時には口から思わず零れていた。


「俺もかわいい彼女が欲しい……なんちゃって」


言った後で何を言ってんだろと僅かに思ったが、瞼の向こうで光が徐々に弱まるのを感じた。


急いで目を開けると、先ほどまで空を覆っていた流れ星は僅か数えることができる量にまで減っていた。


「うわ、もったいねぇ。願い事のこと考えていたせいで結構見逃した…」


そうはいっても後しばらくは流れ続けるであろう流れ星。それを見逃さないようにしようと決めたところで、下駄のような音が耳に届いた。


音がするのは、先ほど自分が登ってきた階段の方向。祭りのあとに流星を見にやってきたのだろうか。


すでにピークを過ぎてしまっているので、内心かわいそうだと思ったが下駄の音は鳴り続け、音の主の姿が見え始める。


さきほど残りの流れ星を見逃さないようにすると決めたばかりだったのに、浴衣を着た一人の少女が目に入った瞬間、その目を奪われた。


これまで自分の好きな女性のタイプは上手く言語化のできない曖昧な(もや)のようなものだったが、目の前の少女を見た瞬間に、これが自分の理想だと、型にぴたりとはまったのを感じた。


その子は夜を映したような黒髪をおさげにまとめていた。まっすぐ伸びた背筋に、藍色の菖蒲(しょうぶ)柄の浴衣がよく似合う。目元は涼しげで、肌は初雪のように白く、唇には薄く桜色が乗っている。


生まれてこの方、自分は恋愛感情を持ったことがなかったが、普段とは異なる心臓の高鳴りを確かに感じた。


少女は、俺をまるで睨むように見つめながら徐々に近づいてきた。


ずっと目線が交わっていることにどぎまぎさせながら俺は口を開いた。


「あの、もしかして流星群を見に来たんですか? さっきまでは綺麗だったんですけど、もう少なくなっちゃいましたよ」


空に向かって指を向けながら少女に話す。


初めての経験だ。心臓がバクバクする。上手く会話できているのだろうか。


しかし、そんな自分の考えはよそに、少女は空に一切目を向けることなく、俺に近づいてきた。


そして、目の前でぴたりと足を止めた。


「えーと…あの、どうかしましたか?」


よくわからない少女の行動に俺は慌てる。そして、ふと先ほどの流星に願った願い事が頭をよぎる。いやまさかねと内心考えていると、少女が右手を後ろに振りかぶった。


次の瞬間、パンッ!と神社の中に鋭く何かを弾くような音が響いた。


視界が僅かに揺らぐ。そして遅れて左頬に痛みが走った。


「は?」


少女を改めてみると先ほどの手が振りぬかれていた。つまり俺はぶたれたのだ。

少女の目元には力がこもっており、その瞳には僅かに涙が溜まっていた。


「私は、お前が嫌いだ!」


「???」


理解が追いつかない状況の中、俺はただ、ぶたれた左頬に左手を添えるのみだった。


一際大きな光を放つ流れ星が二つ流れる。それ以降流れ星が見えることはなかった。


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― 新着の感想 ―
お久しぶりです! また林檎さんの作品が読めて嬉しいです。 鹿児島県の枕崎が舞台なんですね。行ったことがないのですが、きっと綺麗な流星群が見えるような土地なのかなと文章から伝わってきました。 主人公の初…
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