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おやすみなさい



 セレナの住む村までは、運良く魔物に出くわさずに辿り着く事が出来た。

 村、といってもそう小さなものではなく、かといって町と呼ぶほどに雑然とした雰囲気もない。入り口から見られる村人達も明るい感じで、ツヴァイがこれまでに見てきた町村の中でも好ましい部類に属する印象を受けた。


「ここが私の住む村、ルビスです」


 いい村でしょう、と両腕を広げるセレナ。それに対してツヴァイが弱々しい笑みを返した時、


「セレナ、今帰ったのか。いつもより少し遅いから心配したぞ」


 入り口付近の柵を修理していた中年の男が近寄って来て言った。


「すみませんランスさん。……あの、村長様は今どちらに?」

「長なら家にいるだろう。……そっちのソイツの事で?」


 露骨に訝しむ視線を向け、顎でツヴァイを示して言うランス。セレナは一瞬苦笑を浮かべるも、すぐ真顔になり事の顛末を説明する。


「はい。実は森で魔物に襲われてしまい、危ない所をこのお方に助けて頂いたのです」

「……は? 助けたのはセレナじゃなくてか?」


 グサリ、と音を立ててツヴァイの胸に突き刺さるランスの冷めた一言。それにフォローを入れてくれているセレナの姿が、ツヴァイを一層落ち込ませた。


「別にセレナを信じないわけじゃないさ。ま、そう言う事なら長も文句ないとは思うが、一応知らせておいた方がいいな。そら、手を貸そう」

「あ、いいんです。ランスさんはお仕事があるのですから、そちらに専念して下さい」

「そうか? 汗凄いぞ? ……まぁ、いいって言うんなら構わないが」


 無理するなよ、と言い残しランスは持ち場に戻っていった。


「……ふう。村長様の家はもう少し先です。頑張りましょう」


 言われて気づいたのか、セレナは服の袖で汗を拭いながら言った。見れば、息もかなり上がっているようだ。


「もう少しなら大丈夫。自分で歩くよ」


 腰に回されたセレナの腕を外し、剣を突いて歩くツヴァイ。


「……驚きました……やはり凄い人です、ツヴァイさんは」


 超人的なまでの回復力を見せるツヴァイに、セレナは感心を通り越し唖然として言った。


「えへへ、まだ若いからね」

「へ? あっ……そそ、そ、そうですか……」


 ツヴァイの意図するところを察したのか、上擦った声で返すセレナの頬は、微かに赤らんでいた。


 ──この時、小さくなる二つの背中を見送る、険しい視線があった。

 視線を送る彼は柵を修理する手を止め、視線同様に険しい調子で呟いた。


「森で……また魔物に襲われた……か。もう猶予は無いのかもしれない……解っているのか、セレナ……」


 呟きに答えるべき者の姿は、もう見えない。意味も無く仰ぎ見た空を、早い動きで雲が流れてゆく。


 そこに、鳥達のさえずりは一つも無かった……──。





「村長様、客人をお連れ致しました」


 村長の家に入るなり、挨拶と同時にセレナが切り出す。奥で椅子に腰掛けていた村長は静かに立ち上がり、白い顎鬚を撫でながら言った。


「セレナか。この小さな村に客人が訪れるとは珍しい。森で道に迷われたのかな?」

「いえ、私の恩人です。危ないところを助けて頂きました」


 迷わずそう切り返すセレナに、ツヴァイは心中で頭を振った。


(ホントは道に迷ったただの旅人なんだけどな……とほほ~)


 しかし、セレナはそれには目もくれずに続ける。 


「今は……ちょっと毒にてられてしまっていまして、私の家でその治療をしたいのです。彼に村への滞在を許可して頂けないでしょうか?」

「ふむ。彼は恩人なのだろう? 勿論許可しよう。ましてや傷つき弱っている者を放り出す事など、出来る訳が無い」


 二つ返事で許可を出す村長に、セレナが感謝の言葉と共に深く頭を下げる。それにつられてツヴァイも腰を折った時、セレナは逆に村長から質問を投げ掛けられた。


「して、セレナ。危ないところ……とはどういう事なのだ?」

「はい。実は今日も薬草を採りに森へ入ったのですが……そこで魔物に襲われてしまったのです。その時偶然通り掛ったこちらのお方が──」

「待て。魔物に、襲われたのか? ルビスの森で?」

「…………はい。そうです」

「……」


 セレナの答えに沈黙する村長。セレナも同じく黙り込んでしまい、その場に重苦しい空気が漂う。

 意味の分からない沈黙に息苦しさを感じ始めたツヴァイが口を開こうとした時、それより僅かに早く村長が沈黙を破った。


「セレナ……解って」

「村長様!」


 苦渋に満ちた声で何かを言い掛ける村長。だが、セレナの厳しい一喝がそれを止める。


「セレナ?」


 珍しい……というより、初めて見たセレナの激しい感情に戸惑うツヴァイ。それに対して「何でもない」と笑いかけるセレナの笑顔が、ツヴァイには妙に白々しいものに見えた。


「申し訳ございません村長様。今はツヴァイさんを早く休ませてあげたいので、これで失礼します」

「あ……あぁ、そうだな。私とした事がうっかりしていたよ。ツヴァイ……さんというのですか。どうぞゆっくりしていって下さい。セレナはこう見えても有能な薬師です。彼女に任せればすぐに良くなるでしょう」

「あ、はい。ありがとうございます」


 ペコリとお辞儀、もとい大きな会釈を返すツヴァイ。それに倣いセレナも丁寧に頭を下げる。


「では行きましょう、ツヴァイさん。私の家まではそうありません、あと一息ですよ」


 まだ上手く動けないツヴァイを支えるようにセレナが寄り添い、ツヴァイ達は村長の家を後にした。





 ──着いた先の家には、誰も居なかった。

 薄暗く寂しげな部屋を見た時点で、ツヴァイは理解した……そこに、セレナ以外の人間は住んでいないのだという事を。


「ようこそ我が家へ、ツヴァイさん。えへへ」


 恥ずかしそうにはにかみながら、セレナは手際よく灯りを灯してゆく。

 何だか嬉しそうだな、とツヴァイは思った。


「マントと服を脱いだらコレに着替えて、このベッドに寝て下さい」


 言うが早いか、セレナはツヴァイの返事も待たずに奥の部屋へと消えていった。その後ろ姿を呆然と見送った後、部屋の隅に置いてあった簡素なベッドにツヴァイはゆっくりと腰を降ろした。

 玄関先の部屋にいきなりベッドがあるのも奇妙な光景だが、セレナは薬師。この家は村の診療所も兼ねているのだろうと考えれば、そう違和感は無い。


 痺れる指に悪戦苦闘の末、何とか用意された服に着替え終え、待つ事数分。鼻歌交じりのセレナがトレイ片手に戻ってきた。


「お腹が空いているようでしたので、料理を作ってきました。あり合わせの物で作ったので見た目はみすぼらしいですが……どうぞお召し上がり下さい」

「うわぁ、セレナさんの手料理が食べられるなんて! いっただっきま~す!!」


 指摘通りの空腹も相俟って、ツヴァイは出された手料理に文字通り齧り付く。その勢いたるや、宛ら竜巻のようだ。

 身体の痺れはどこへやら、一瞬にしてツヴァイの胃に吸い込まれていく手料理達。ツヴァイが完食するまでの十数秒の間、セレナは瞬きすら忘れてしまっていた。


「ごちそうさまでした。いやぁ、凄く美味しかったよ、ホントだようん」

「お、お粗末さまでした…………あ、あの、次はこれを飲んで下さい。痺れに効く薬を処方してきたので」


 手渡された薬を、それすら上手そうに嚥下するツヴァイ。


(苦いから覚悟して下さいって、言おうとしたのに……)


 ツヴァイの旺盛過ぎる食欲に開いた口が塞がらないセレナだった。


「……ハッ! えぇ~と、ツヴァイさん、後はゆっくりお休みください。安静安眠が最大のお薬ですから」


 自失から立ち直ったセレナが、ツヴァイの脱ぎ捨てた衣服を拾い上げながら言う。どうやら洗濯するつもりのようだ。


「ごめんね。何から何までしてもらっちゃって」


 心からの感謝。しかし、セレナは静かに首を振って答える。


「命を救われたのです。これではまだまだ足りないくらい、私は貴方に感謝しています。ですから、何かあれば何なりと申し付けて下さいね」


 感謝は、更なる感謝で返されてしまった。たとえ命の恩人でもここまで献身的になれるものなのかと、ツヴァイの頭に答えのない疑問が浮かんだ。


「さて。村長様とのお話が途中でしたので私は戻りますが、ツヴァイさんは安静にしていて下さいね。病人の義務ですよ」

「は~いセレナ先生」


 ツヴァイの返事に満悦して頷き、セレナは再び出掛けて行った。


「ん……ふあ、あ~」


 途端、前触れなく出た欠伸が睡魔の到来を知らせる。薬という物には得てして、睡眠作用のある物が多い。

 これもその類なのだろうと、ツヴァイは押し寄せる睡魔に抵抗する事なく、深い眠りへと落ちていくのだった──。



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