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霊のいないアパート・2


 翌日の夜、少年は一人で例のアパートに来た。


相棒の老人を連れて来なかったのは、この物件には霊はいないからだ。


霊を視る少年と霊を祓う老人の二人で『時計屋』と呼ばれる祓い屋なのである。


「それらしいこと、やっときゃいいだろ」


持って来た紙袋には、お札や水の入った瓶が入っている。




 少年がこの仕事を始めたのは十歳の頃。


公園に住み着いて、ほぼ施設に帰らなかった少年に餌付けをするように奢ってくれるおやじがいた。


ただの不動産屋のおやじが公園で休憩していただけだったが、少年を見ると声を掛けるようになる。


「坊主、この辺りの子か」


最初は道案内を頼んで缶ジュースを奢ってくれたり、お菓子を渡して世間話に付き合わせたりしてきた。


そのうち、おやじが事故物件の愚痴を零すと、


「ああ、あそこなら後ろの倉庫を調べればいいんじゃね」


とアドバイスする。


半信半疑で調べると人骨が出てきて、供養することで一件落着となった。


「この間はありがとう。 これは謝礼だ」


不動産屋は近くの店で飯を奢りながら、少年に正当な報酬を受け取らせる。




 それから、おやじは少年の話を黙って聞いてくれた。


「そうか、苦労したんだな。 じゃあ、また何かあったら頼んでもいいのかい?」


間を通すべき保護者はいないようだったので、おやじは仮の保護者になろうかと言い出す。


「俺なんかに関わったらおやじに迷惑がかかるから」


施設からは相変わらず捜索願いが出ていて、家出人扱いである。


見つかるとすぐに警官が保護しようと追いかけて来るのだ。


「俺はこのままでいい」


逃げ回るのも得意だし、子供のほうが何かと便利なことはある。


「そうか、分かった。 何か困ったことがあったら訪ねて来い」


そう言って少年に名刺を渡した。


おやじは、少年に会いたい時には公園に印を残す約束をして別れていく。


「変なおっさん」


自分も十分に変な子供ではあるが、容姿だけは良いので同じではないと思っている。




 お祓いは夜に行われることが多いので、不動産屋は同行しない。


ただ「これから向かう」「今、終わった」という連絡はこまめにしていた。


何せ不動産屋から社員用の携帯電話を持たされて、社員同様の扱いをされているのだ。


 アパートの空き部屋の鍵を預かっていたので、それを持って廊下を歩く。


二階建てで六部屋しかなく、霊障があると噂の空き部屋は二階の一番奥。


ガチャガチャと鍵を開ける。


持ってきた紙袋を床に置き、電気を付けた。


「へえ、割ときれいにしてるんだな」


入居前の物件はいつでも内見出来るように掃除はされている。


アパートの住人には不動産屋から「今夜、祓い屋が来る」という連絡はいってるはずだ。


不法侵入とか言われて警察に通報されても困る。


 少年は靴を脱いで上がり、二部屋のうち奥の和室に向かう。


シミの浮き出た押し入れの引き戸の前にダンボールで出来た祭壇を置く。


紙コップに持ってきたペットボトルから水を注ぎ、アルミ製の灰皿に火をつけた線香を寝かせた。


蠟燭は滅多に使わない。


火事になったら困るからだ。




「さあて」


ジャラジャラと長い数珠を両手で揉む。


祓い専門である老人から借りて来た本物である。


「何が出るかなあ」


携帯端末を操作して読経をながす。


 キィと微かな音がして部屋の扉が開いた。


見かけより古い木造アパートは歩くだけでミシミシと音がする。


「あっれえ?、誰もいないよ?」


若い女性が小声で言いながらキョロキョロし始めた。


「そんなはずないって。 あ、これか」


携帯端末が目に入った茶髪男性が顔を顰める。


「ねえ、どうするの?。 これじゃあ面白くないじゃん」


「まあな。 とにかく証拠写真撮って、あとで加工して大家と不動産屋から慰謝料取るぞ」


「慰謝料?」


「ああ、こっちは霊障で被害受けてるんだ。 ちゃんと対処しないで、こんなもんで誤魔化しやがって」


霊感の無い人間が霊障と感じることの大半はただの偶然である。

 

茶髪男性も自分の思い通りにならないことを霊のせいにしているだけだった。


 男性が携帯で写真を撮った後、その祭壇を蹴り飛ばす。


カーンッ!、ゴロゴロゴロ


アルミの灰皿が思ったより大きな音を立てて転がった。


「キャッ、脅かさないでよ」


「悪い。 だけど、さっき霊能者っぽいのが入ってったんだけどなあ」


ブツブツ言いながら男女は部屋を出て行った。




「なるほどね」


一部始終を携帯で撮った少年が押し入れから出てきた。


すぐに線香や水などを片付け、焦げ跡が残らなくてホッとする。


そして、不動産屋に電話を掛けた。


「どう?」


「ああ、ちゃんと動画を見れたよ。 ありがとうな、坊主」


後日、それは警察に提出され、二人は営業妨害か何かで捕まったそうだ。


そのことには少年は興味がない。




 しかし、後日談がある。


「これは誰が設置したんだ?」


警察に事情を聞かれ、少年の代わりに老人が説明しに不動産屋と共に行ったのだが。


「あの男女は、あそこに来たのは若い男のようだったと言ってるんだ」


あの男女には詐欺や傷害の前科があったそうで、刑事課が担当していた。


「勘違いでしょ」


担当は若い刑事だった。


「不動産屋さん、アンタ若い男を囲ってるんだって?」


「へ?」


「知ってるんだよ、怪しい美少年を時々店に連れ込んでるそうじゃないか」


不動産屋のおやじと祓い屋の老人が顔を見合わせ、肩を揺らし始めた。


「くっくっく」「あーっはっはっは」


二人が大声で笑い始めたので、警察署内にいた人間たちが訝し気に刑事を見る。




「裏は取れてるんだ!、その男が今回の犯人じゃないのか」


霊障だと言い出してアパートの人間を追い出そうとしていると言うのだ。


目の前の刑事はまだ成りたてのようで、早く手柄を上げたいのだろう。


「刑事さん、そりゃおかしいですよ。


霊がいると言い出したのはあの男女で、私は祓うために雇ったんですよ」


「しかし、祓い料を上乗せしたそうじゃないか。 それを持ち逃げしたんじゃないのか?」


あの男女は払うといった金も全く払っていない。


口だけだったのだ。


「あの子は身寄りのない少年で世話をしているのは事実ですが、囲えるような甲斐性は私にはありませんよ」


不動産屋のおやじは正直に話す。


「それに報酬はまだ払っていませんし」


ねえ、と隣の老人と話す。


「ほっほっほ、おまわりさん、疑うのは仕事とはいえ、大変ですな」


ジャラリと長い数珠を鳴らす。


「死人を見たり、危ない目に遭われたりすることも多いでしょう、お気を付けなさい」


そう言って、口の中でブツブツと念仏を唱え出す。


「わ、分かった、もういい!」


気味悪くなって刑事は叫ぶ。


そうして、二人は解放された。




 警察署からの帰り、不動産屋のおやじは車を運転しながら老人に少年の行く先を訊ねた。


警察署に行く前に口裏合わせのために一緒にアパートに行ったはずである。


「ああ、その後は用事があるからとそこで別れたが」


老人の返事におやじは「そうか」と呟く。


「すいませんが、お爺さん、一つ相談に乗ってもらませんか」


「うん?、ワシがか?」


話だけは訊こうと老人は頷いた。



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