11 預言者の仕事 ②
新しい預言者が出てきます。
(これからアウロニア帝国を深刻な食料危機が襲う)
わたしに解るのは、大きなサイクロンに襲われた時のテヌべ川の氾濫と、その後に起こる蝗害のおおよその発生場所だ。
これをもし預言内容として皇帝ガウディに上申するなら、もう少し詳細な情報が欲しかった。
じゃないと――鼻で笑われて一蹴されてしまうかもしれない。
宮殿内に在住する預言者の内、レダの双子神『コダ神』の預言者はもしかすると神託をすでに受けている可能性がある。
そう考えたわたしは『コダ神の預言者』である『フィロン』に面会の手続きを取った。
名前だけで、その性別も年齢も容貌も分からない。
急の面会にはなるが一時間程待てば会えるというので、リラを伴って控室で待つ事にした。
けれど――先程からなんだか妙にくぐもった声が、扉の向こうの預言者の間から漏れ聞こえている。
(気になって仕方がないわ)
「リラ、聞こえる?何かしら、この声?」
「さあ…一体何でしょう?」
リラも不思議に思った様で首を捻っている。
「動物でも飼っていらっしゃるんでしょうか?」
ふたりで顔を見合わせて話していると、いきなりコダ神の預言者の間の扉が勢いよく開いた。
思わずリラと二人、ビクっと身体が飛び上がる。
そこには真っ赤な顔をした十六、七歳位の背の高い少年がズルズルと布を引きずり、トーガを完全に着崩した状態で出て来た。
「あ…ありがとうございましたっ♡フィロン様!」
部屋の中に向かって声を掛けてお辞儀すると、わたし達が近くに座っている事にも気づかない様子で控室の扉も思い切りバン!と音を立てて出て行った。
「?な…何でしょう?あれ…」
少年がバタバタと去っていくの見て、呆れた様子でリラが呟いた
それと同時に、部屋の中から呼びかける男の人の声がして、わたし達は部屋の中を視線で覗き込んでしまった。
「バイバーイ、またね~…カワイ子ちゃん♡」
預言者の部屋の長椅子にうつ伏せになって横たわりながら、片手を振る半裸の男。
左前腕から肩にかけて鮮やかな絵柄の入れ墨があるのが見える。
わたしと同じ金髪と碧眼をした女性的な美しさを持つ若い男性だ。
――それが、『コダ神の預言者』フィロンだった。
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「あはは~、ごめんねぇ。びっくりしたでしょ?なんかいきなり(?)、襲われちゃってさぁ」
手早くトーガを直したフィロンは何事も無かったように、わたし達を預言者の間に招きいれた。
「大事な相談があるっていうから、部屋にいれたらいきなりせまられて…」
両手を広げながらあははと笑って、事も無げにいった。
「ヤられちゃったんだよね~…」
「――……」
(この世界の、いやこの国の倫理感は一体どうなっているのかしら)
と甚だ疑問に思ってしまう。
リラはフィロンに尋ねた。
「フィロン様…訴えられますか?あの少年、たしか元老院の貴族の息子ですよね。見覚えがあります」
フィロンはリラをうすら笑いで見た。
「何故?」
「何故って…」
「元老院の息子でしょ?」
「そうです。でも成人男性が不当な扱いをされた場合は、訴えて正当な裁きを認めさせる事が…」
「――ボクは成人男性に当たらないよ」
唇を歪めて言ったフィロンの言葉に、リラははっとした様に顔色を変えた。
「も…申し訳ありません…」
何の言葉なのかわたしには分からなかったが、どうやらリラは彼の地雷を踏んでしまったらしい。
「ん~別にいいよ、気にしないでさ。それよりもなんでここに来たの?
マヤ王女様」
フィロンはわたしを見てにっこり笑って尋ねたが、その瞳に先程の様なおどけた光は無かった。
「ボクに会いに来たのは何故?預言関連の事かな?」
その口調からは先程の軽薄な様子が全く感じられなくなっていた。
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「――ボクの預言の内容を知りたい?」
フィロンはわたしを見上げて尋ねた。
「…それ、どういう意味?」
「わたしの神託と合わせて内容を細かく検討したいんです」
フィロンはわたしの後ろに控えるリラを見つめた。
「ちょっと君…席を外してくれない?」
そしてリラが隣の控室に消え、扉を閉めるのを目で追ってから小声で答えた。
「預言内容を漏らすのは原則、禁止されているよ」
「…そ、そうなんですか?」
「そっか、知らないんだね。宮殿付きの預言者に成ったなら、預言内容は機密内容と同等になる。
皇帝の許可なく他人に話せば厳罰を食らう、幾ら預言者同士であってもね。運が悪きゃ殺されるかもしれないよ?」
フィロンは長椅子に腰掛け、片足を立てて気だるげに笑った。
「だからボクは基本的に神託内容は陛下にしか話さない」
「……」
初めて聞く内容だが考えれば『神託が機密になる』というのは、まぁ納得のいく処ではある。
重要な事をペラペラ喋られては色々都合が悪いに違いない。
「それに預言者同士で話をするって事は滅多にしない。
考えてみて?他の預言者に預言内容を盗られたらどうするの?」
「盗られる――」
フィロンの対応を見るに、預言者は神託を受けたら『そのままの内容』をガウディに上申するだけの様だ。
だから曖昧な表現のものもそのまま報告する。
それよりも予想外だったのは――同じ宮殿内に居ても、預言者同士の横の繋がりは全く無いという事だった。
預言者同士で預言の盗難を警戒しあって、神託内容を話し合ったりする事もされていない。
(…じゃあどうやって内容を検討するのかしら?)
フィロンに尋ねると教えてくれた。
「預言内容を研究するところが有るんだよ。
『第三評議会』って機関が。
ボクらの抽象的な言葉もそこできちんと具体的に翻訳されるって訳」
「第三評議会…はい、分かりました。ありがとうございます」
「はい、ボクからも質問――いい?」
「何でしょう?」
フィロンからの不意の質問に、わたしは考えながら彼の方を見た。
「敗戦国の嘘つきの姫君がどうやってこの宮殿付きの預言者に成れたわけ?やっぱ恋人のニキアス将軍のおかげなの?」
お待たせしました。
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