10 預言者の仕事 ①
お待たせしました。
もともとアウロニア国は大国ゼピウスと比べると、田舎のいち王国であった。ガウディの叔父にあたる前王マルス=アウロニアが在位時も特に版図を広げる野心は無かった。
ガウディが王座を奪ってから、隣国に攻め入っては様々な国を従えた結果得た広大な領土を帝国としたのだ。
その為寄り集まった国々の中で、神の居場所とされる神殿もアウロニア帝国の帰属とはなったが、宗教の自由が保障されている帝国内では、国民が各々信じる神への参拝が許されているのだった。
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ガウディ皇帝の『お渡り』の後、部屋に呼ばれたリラは慌ててわたしの身体を確認すると、痛ましい表情はしていたけれど直ぐに安堵のため息をついた。
「お気持ちの方がお辛いかとは思いますが、喉の痣…この程度で済んで――」
「この程度…!?」
わたしは思わずリラの方をキッと見てしまった。
リラは慌てたように口を噤んだ。
落ち着いて彼女の話を聞けば、『お渡り』の際にあからさまに抵抗した為に、更に酷い目にあわされる姫君も少なくないそうだ。
心と身体の弱い姫君や令嬢は心身喪失になる事もある。
リラはまた違う心配もしていた。
敗戦国の女であれば暗殺者の手引きをしたり、自ら暗殺する気で床に入ってくる者もいるようだった。
ガウディが帝位についたばかりの頃の話だ。
攫ってきた蛮族の美しい娘が言葉巧みにガウディに近づき、娘の部屋を訪れた夜にガウディにキスを強請り、彼に殺されてしまった。
彼女はなんと口腔内に毒物を仕込み、自分諸共皇帝を沈める気だったのを、ガウディに看破されたのだ。
彼女はその場で舌と、毒物を仕込んだ歯をえぐられてから、首を斬られた。
罪人として首は晒され、娘を送り込んだ蛮族は完全に殲滅されてしまった。
そんなエピソードが珍しくない為、禊のように皇帝の元へ向かう娘の多くは、ガウディの言う事を大人しく聞き、目を瞑って嵐が過ぎ去るのをじっと待つのが一番傷つかないと分かっていた。
(…だから大人しく、抵抗するなと言ったのね)
ガウディは特に大きな戦の後、代わる代わる敗戦国の女を抱くらしい。
ローマ時代の皇帝は他人の妻を寝取るのが普通だったり、より性に奔放だったらしいから(この世界もそうなのかしら)とうんざりしてしまうが、悪しき慣例のひとつに、ただ敵国より攫ってきた女より『皇帝陛下のお下がり』にはより高い価値がつくらしかった。
その為、皇帝のお手付きの女性を褒美として望む帝国内の将軍クラスの男は、多く存在した。
「…じゃあ…わたしもそういうつもりで呼んだという事?」
「…それは…」
「違うわね。それに陛下のお好みの女性とも違うみたいだし」
「マヤ様…」
「分かってるわ。ニキアスへの牽制ね」
リラはため息をついて言った。
「…多分そういう事でございましょう」
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「マヤ様。本当にお身体は大丈夫なのですか?」
「うん、大丈夫よ。いろいろ知りたい事もあるし」
わたしはリラに着替えを手伝って貰いながら、帝国で活躍している預言者について尋ねた。
「そんな。ご無理なさらず…」
わたしの身体を気遣うリラの言葉に頷いて
「でも預言者としての仕事を知らないとね」
ガウディ皇帝の『お渡り』から既に二日経っている。
その間に慌ただしく宮殿内の別棟へ移動し、新たに部屋を与えられた。
驚く事に、以前の客間のような部屋よりも遥かに広く、造りは備え付けられた家具も含め豪華な物だった。
「貴重な預言者様になりますので…」
数十人にいるいち愛人よりも待遇が良くなるのは当然、とリラが教えてくれた。
宮殿に帰属する予言者は、現在地方の神殿に要る者達も含めて十数人いるが、皇室に所属している者はわずか数人である。
(実はレダ神も、預言者自体の数は少なくはない)
その預言者らは宮殿に常駐する者もいれば、常に地方の神殿を巡廻するように訪れている者もいる。
皇室に所属できるのは、高い正確性のある預言内容を提示できる者である。
能力の高い預言者を、皇帝が採用しているというわけだ。
つまりガウディはわたしを有能な預言者と判断した、と言う事になるのだが――。
(いつ判断したんだろう…?ニキアスはハルケ山の災害の事を報告したのかしら)
それは全く分からなかった。
通常、帝国付きの預言者は、その意思は尊重されつつも安全を考慮して、帝国の管理下に置かれる事が多い。
しかし、メサダ神とヴェガ神の預言者らは絶対に神殿を離れないらしく、預言者のいる神殿のみが特別な保護下に置かれている。
現在宮殿にいる預言者は――レダの双子神のコダ神、戦いのドゥーガ神、芸術のルチアダ神の預言者達である。
そして、現在広大な領土内の神殿を実際に廻っているのは、ドゥーガ神の預言者であるバアルだけで、あとの二人は宮殿内で過ごしているという。
(…まず他の預言者の人にも会ってみたいわ)
今後起こるはずの皆既日蝕や蝗害がどのように預言されているのか、確認する必要があった。
お待たせしました。
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