4 謁見 ②
「では連れて行け。ああ――でも丁重にな」
我が弟に恨まれては敵わんからな、と言って皇帝ガウディは、もうわたしに興味が無くなったように手で払う仕草をした。
わたしは両脇を兵によって掴まれ立たされて、歩くように促された。
そのまま謁見の間の外へ扉をくぐると、壁に寄りかかりわたしを待つニキアスとユリウスが立っていた。
「マヤ…」
「ニキアス…」
ニキアスはわたしを捕まえている兵の腕を見ながら、鋭い声で訊いた。
「これはどういう事だ。何故彼女を…」
「皇帝陛下のご命令です。皇宮預かりとせよとの」
「な…」
兵に詰め寄ろうとするニキアスを、ユリウスが慌てて手で制して止めていた。
「ここであからさまに反抗しては駄目です。ニキアス様」
ユリウスは兵らに尋ねた。
「面会は禁じられていないんだろう?」
「その筈ですが」
「分かった。取り敢えずニキアス様。後ほど王女と面会する手続きをしましょう。話はそれからです」
********
「ではマヤ様、後でお会いしましょう」
ユリウスの言葉に頷いてから、わたしは不安な表情のニキアスに向かって
「――大丈夫だから」
と言った。
そのまま連れていかれた部屋は、小さい客間かと思われる程清潔な整った調度品や寝台の置かれた部屋だった。
「丁重に扱えとの仰せでしたから」
どうやら言葉通りの意味だったらしい。
(下手をしたら牢獄へ連れて来られるかもしれないと心配していたけれど、そんな事は無かった)
兵らが部屋を出た後に部屋を確認したわたしは、扉をノックする音で振り向いた。
そこに立っていたのは淡い金髪で紫色の瞳の背の高い女性だった。
「失礼いたします。王女様付きの侍女として遣わされました。リラと申します」
彼女は一礼するとつかつかと部屋の中に入ってきて
「マヤ様のお世話はわたくしと他数名の侍女、そして奴隷で行わせていただきます。何かありましたら、ご遠慮なくお申しつけください」
理知的な感じのするその女性は誰かにイメージが重なった。
すると彼女はわたしの耳に近づいてそっと言った。
「…ユリウスから頼まれております。どうぞご安心なさってください」
と言うと、彼女は一歩後ろに下がってにっこりとした。
********
「ニキアス様が皇宮内に力を及ぼす事が出来ないのは、周知の事実ですよね」
ユリウスは屋台の立ち並ぶ大通りをニキアスと並んで歩いた。
「…あそこは兄上の砦でもあるからな」
ニキアスの長身と男らしい美貌は多くの人で溢れる通りでも一目を引く。
人々の流れの中で歓声や流し目をくれる女性達――時に男もいたが、ニキアスがそちらを振り向く事はなかった。
マヤの力のお陰で、面布をしなくてもそれほど皮膚の色を気にしなくて良くなってはいるが、今度は面布無しの生活に慣れなくてはならない。
視力と視界――ニキアスは出来るだけそれを通常に戻せるように努力していたのだ。
貨幣を渡してからユリウスは串焼きの肉を受け取ると、それにかぶりついて
「だから僕の伝手でマヤ様の近くに1人つけて貰えるようにしましたから」
「お前……」
「僕とその人とは近すぎるので間に2名入れますが、その2名は僕の隠し玉なのでニキアス様にも内緒です」
(一体どういう伝手なんだ…)
とも思うが、ユリウスが様々な所に手を回したり情報戦や心理戦を得意とする事は、前回の出兵時に薄々気づいてはいたのだ。
「すべてにおいて勝つのは情報戦と心理戦です。勿論本物の戦で勝利する上でも必要です」
と豪語するユリウスはまだ14歳である。
「リラ姉は僕の従兄弟です。とても仲良くしているので――」
「ユリウス…」
(お前、まだ未成年だろう)
とニキアスが注意をしかけると、ユリウスは『リラ姉はもう成人してますよ』と言って
「これに関しては…ニキアス様に注意されてもな」
と苦笑した。
ニキアスにとって愛情を持ってする行為はマヤが初めてだった。
いままでそれに快楽はあっても愛は無い。
幼い頃からニキアス自身が男女問わず寝ていたのは、まず自身の命と生活を守る為だった。
それでも自分を守れない時は逃げた――相手の手の届かない所へ。
(今は違う)
マヤと責任ある軍を任された今は、これを放棄して逃げる事は出来ない。
取り戻す必要があれば、そうせざるを得なくなるだろう。
たとえ――あの恐ろしい兄上と対立しなければならなくなったとしても。
お待たせしました。
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