3 謁見 ①
その夜のニキアスの行為は、何時にも増して情熱的だった。
執拗に愛撫を繰り返し快楽にわたしが意識を手放す寸前まで、わたしに自分の痕を付け続けていた。
まるで、自分の中の不安を払拭したがっているかのように。
何故なら、その二日後の午後に皇宮に行く事が決まっていた為だった。
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「謁見する軍人は陛下の許可がいるが、今日は俺は許されなかった。だから謁見の間に入れない。すぐ外で待っているからマヤ…くれぐれも気を付けてくれ」
彼は心配だと言って、わたしをしばらくぎゅっと抱き締めていた。
謁見の間に通されるため家令の兵がわたしを呼びに来ると、ニキアスは一瞬とても不安そうな顔をしていたが、兵に頷いてわたしの背中を少し押した。
大理石でできた廊下を歩いて行くと、会議室や皇帝の謁見の間へ続くらしい。
謁見の間は、円形で囲われた大広間に背の高い椅子が円形に並び、そこに元老院の議員らがトーガを纏って座っていた。
彼らはわたしの姿を見ると、何かをお互いに囁き合っている。
わたしはなるべくそれを見ないように下を向いて歩いた。
ニキアスには『大丈夫よ』とは言ったが、本当に大丈夫なのかは正直自信が無い。
なにせ小説で読んだ内容とはすでに異なっているから。
(わたしにも今後の展開は分からないし…)
赤い絨毯がしかれた通路の真ん中を通った向こうに、現アウロニア皇帝ガウディ=レオスが皇帝の椅子に座っていた。
小説の通りニキアスとは全く似ていない。
顔を上げて良く姿を見たいところだけれど、不敬にあたりそうなので、それは出来なかった。
トントントン…と規則的な音がするのに気付いたけれど、その正体は分からない。
(ああ…緊張する。いきなり斬首は無いわよね)
無いと思いたい、と祈る様な気持ちで歩く。
けれどここで意外な事に気が付いた。
ガウディ皇帝の傍らには胸とお尻の豊かなエキゾチックな艶やかな黒髪の美女が三人もいて、代わる代わる皇帝にしな垂れかかっている。
(あら?これって…)
真剣な正会議や正式な謁見でガウディ皇帝は、自分の正妻ですら元老院会議室と皇帝の間になかなか入れたがらなかったと記載されていたからだ。
どう見ても侍らせているのは、愛人たちだ。
(これは一体…どういう事?)
わざわざ元老院の貴族らを集めてわたしを参上させた目的は。
ニキアスに対する嫌がらせか、わたしに対する脅しか、それともすでに決定された事項を伝える為だけの演出か。
ニキアスの話を聞いた限りだと
(全部かもしれないわ)
だって見るからにすっごく性格悪そうだもの。
手足の長い長身を持てあますように皇帝の椅子に座る様子は、この茶番劇の中で自らの巣にかかった虫をどう調理するか考えている様にも――絶対的捕食者が怯える自分の獲物の様子を楽しんでいる様にも見える。
しかし対応一つ間違えると――。
ニキアスの言っていた最悪のシナリオよりも、更に悪い方向に堕ちていくのは想像するのに難しくなかった。
******
わたしはガウディ=レオス皇帝陛下の前に跪き、頭を垂れた。
そもそもわたしは敗戦国の王女の立場なのだ。
鎖に繋がれずにつれて来てもらっただけマシなのだろう。
(ニキアスの寵愛で破格の扱いをして貰っていたようなものだ)
「面を上げろ」
ひび割れた声が特徴的なガウディ皇帝の命令で、隣に控えていた兵が槍の先でわたしの顎をグイっと上げさせた。
強制的に顔を上げて上を向く事になるが、おかげで堂々とガウディ皇帝陛下の顔を見る事はできる。
絹の紫に金糸で刺繍の入ったトーガ(『皇帝』しか許されない紫色のトーガだ)を身に纏い、だらしない姿勢で玉座に座るガウディは、椅子の肘掛けに置いた指をトントンと規則的に鳴らしていた。
トントンという規則的なリズムを刻む音は、ガウディ皇帝が指先で椅子のひじ掛けを叩く事で出ている様だった。
ガウディ皇帝はくせのある短い黒髪で、顎下に僅かな髭を生やしていた。
頭には宝石を散りばめた金色の月桂樹を模った王冠を被っている。
そして富の象徴と謂わんばかりに、両手にじゃらじゃらと金や宝石をつかった指輪をいくつも付けていた。
ニキアスの様に完璧に整った美貌ではないけれど、顔立ちは決して無細工では無い――が、光のない大きな黒い瞳と目と目の間が僅かに離れている。
表情が無いのが何となく爬虫類か昆虫類をイメージさせる様な無機質さがあった。
それに拍車を駆けているのが体型だった。
身長は高く、普段鍛えられているのだろうが手足が細長くて、決してムキムキとした剣闘士や戦士のような体型では無い。
失礼だが、イメージ的に昆虫の――蜘蛛やカマキリを思い出させるのだ。
(やっぱりニキアスとは…似ていないわ)
と思っていると、それを読んだかのようにガウディ皇帝は、黒い瞳を三日月の様に細めて嗤った。
「驚いたか?そなたの知る美しいニキアスとは似ていないであろう」
と、同時に陛下の隣を陣取る愛人らが一斉に鳥の様に喋り始めて、わたしは驚いてしまった。
「いやだ…見て。あんなにやせ細って醜いわ」
「みすぼらしい…本当に成人した女なの?子供みたいね」
「本当に姫様だったのかしら?美しさも気品もないわね、偽物じゃなくて?」
と本気で一斉にわたしをこき下ろしにかかった。
彼女らにとって下手をすればわたしは同じ立場の愛人に、もっと上手く立ち回れれば、側妃になれる可能性のあるからだろう。
「五月蝿い。誰が喋って良いと言った?」
ひび割れた氷のように冷たい声が響いた。
愛人を見下ろしたガウディ皇帝が無表情で言った瞬間、ぴたりと彼女達の言葉が止まった。
青ざめる愛人らを全見ずにガウディは続けた。
「ニキアスが王女を所望している。余としては、女を珍しく希望した弟の願いを聞き入れるのにやぶさかではない…」
ガウディは、その言葉に周りに居る元老院の貴族らにざわつきが広がるのを見渡して
「が、余の臣下からはそなたの境遇と能力を警戒する声が出ているのも確かだ。因って…」
『暫く王女を皇宮預かりとして判断する』
謁見の間に無情な皇帝の声が響いた。
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