85 アウロニアへと向かう道 【第一部 完】
こちらで第一部が完となります。
『――お客様です』
白狼がヴェガ神に告げた。
「やれやれ、と…先客万来じゃな…」
よっこいしょと椅子から腰を上げると、よちよちという感じで神殿の入口まで迎えに行った。
濃い霧の中で、同じ様な白狼を連れた老婆が立たずんでいる。
彼女は、簡素な白いローブを羽織っていて、蒼の瞳は力強く髪は若々しく蜂蜜色に輝く金髪であった。
「何なのですか?…その姿。完全にお爺ちゃんじゃないですか」
「お前さんもひとの事は言えんじゃろ…」
モゴモゴとヴェガ神は答えた。
「――貴方に合わせただけですわ」
老婆は少し微笑んだ。
『メサダ神の匂いがする…』
老婆が連れた白狼が呟くように吠えた。
「やはり、あの子が来ましたか」
老婆が呟く。
「どうしようもないですね。お互い不可侵と決めているのに」
ヴェガ神はふぉっふぉっと笑った。
「余計な手出しをするなと警告してきおった」
次の瞬間霧が渦を巻いて老婆を巻き込んだと思うと、いきなり雲散霧消した。
そこに立っていたのは背が高く、胸と腰の豊かな蜂蜜色の金髪と碧眼の絶世の美女だ。
芳しい香りと共に堂々たる雰囲気を備えた彼女は愛と豊饒の女神そのものだった。
「レダ…」
ヴェガ神が呟いた。
「何じゃい…ずるいぞ!…儂を置いて若くなるとは」
レダ神は、ヴェガ神のつるっとした頭頂部を撫でながら
「貴方が面倒くさがって、皆に老人のイメージを付けたままにして訂正しないから、その姿のままになってしまったのでしょう?」
と微笑んだ。
「ズルい、ズルい、ズルいぞ…」
と騒ぐヴェガ神を横目で見ながら、レダ神は自分の娘への神託をどうするべきか考えていた。
(以前より疑わしい動きはあったけれど――)
すでにメサダ神から怪しい動きは始まっている。
なんと盤直接上の駒を動かし始めているのだ。
『運命・亡国の皇子』で決まっている流れをメサダ神が観る事が出来るのは、それに干渉する為ではなく、あくまで正常な流れで運営できていているかを確認し、管理する為だったのに。
誰かに唆されているのか、はたまた自分の考えなのか、それを利用して――彼(等?)は『亡国の皇子』を、自分達が創った『メサダの書』へとすり替え、ザリア大陸の人間を支配しようとしていた。
不必要な程踏み込んで直接介入しその運命を捻じ曲げて変えようとするのは、神とされる我らの立場でも許されない筈だった。
ヴェガ神を見据えながら、レダ神は強い口調になった。
「この歴史への干渉は例えメサダ神でも…許されません」
ヴェガ神はレダ神を穏やかに見返した。
「だからニキアスの痣を消すのに直接マヤ王女に力を貸したのか」
「―――……」
レダ神は押し黙った。
「本来なら彼はあんな痣を持ちながら生まれてきません。完璧な男児として生まれる筈だったのに…」
「レダよ…我らも自分の預言者とて干渉してはならんのじゃぞ」
俯いたレダ神へヴェガ神は、諭すように言った。
「あの子等は止まらん――自分でそう言っておった」
ヴェガ神は自分の長い白い髭に手をやった。
「成程。宣戦布告…と言う事ですわね」
(我らは一体誰に対して祈るべきなのか?)
その質問をレダ神は敢えて口に出すのを止めた。
すでに『亡国の皇子』は走り出しており、メサダもレダも引くに引けぬ所まで来ている。
ヴェガ神はそれも知っていて口を出さない。
レダはそれも苦々しく、寂しく思っていた。
*******
ゼピウス国最後の小高い丘で、遠眼鏡を使ってギデオンはアウロニア軍を観ていた。
せわしなく遠眼鏡を動かしている。
アウロニア軍の先頭にいるニキアス=レオス将軍に探知される恐れがある為、メサダ神の加護は使えなかったのだ。
「いねぇ、いねぇな…くそ」
ある場所でその手がぴたりと止まった。
「いた……」
遠眼鏡で覗いたのは、馬上で蜂蜜色の髪を揺らす女だった。
危なっかしく馬を操りながら、隣にいる栗色の髪の少女と話をしている。
調べてから自分と彼女が、年にして五、六歳程は離れていると初めて知った。
落ち着いた振る舞いは年上にも、小さな身体は自分と同年代位にも見えた。
笑顔になっている様子を見ると笑い声を上げているようだ。
(メサダの加護を使えば、もう少し様子が分かりそうだが……)
それはニキアス将軍に覚られる可能性が高い。
ギデオンは舌打ちをした。
もう少し眼を凝らしながら遠眼鏡の中の彼女をじいっと見つめて、思わず
「マヤ王女…」
と口に出してしまった瞬間マヤ王女がこちらを真っ直ぐに見た。
「やべ…」
ギデオンは瞬間的に外した遠眼鏡をぎゅっと握りしめた。
(ビビった…)
――聞こえたのか思った。
ギデオンの心臓がドクンドクンと鳴っているのを感じた。
アウロニア軍は、大平原を大蛇のようにアウロニア帝国領へ向かって行軍していった。
*******
「…どうされました?マヤさま」
ナラがわたしに尋ねた。
「ううん…、何でもない…」
(視線を感じたような気がしたのは気のせいかしら…)
わたしは乗っていた馬の手綱をぎゅっと握った。
「いよいよここからアウロニア帝国領に入りますよ」
心なしかナラの声がうきうきしている。
「うん…そうね、分かったわ」
わたしはナラへ軽く頷いた。
とうとうアウロニア帝国領地へとたどり着いた。
今度は覇王ガウディ=レオス皇帝に謁見する為に、首都ウビン=ソリスに向かうのだ。
わたしは後ろを振り向き、生まれ育ったゼピウス国の大地を見つめた。
(さようなら…ゼピウス、わたしの生まれ育った国)
また再びこの地を踏める日は来るのだろうか。
それからわたしはまた手綱を握り締め、馬首を巡らせ――前へと進んだ。
(第一部 完 ありがとうございました♪︎)
お待たせしました。
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