7 嘘をつくな ①
ニキアスは考え込むマヤ王女の横顔を見ていた。
(…この女は一体何を考えている?)
ニキアスは今まで『レダ』神だけでなく、他の神の神託を受ける預言者を数々見てきた。
どの預言者も一様に雷で撃たれた様に身体を震わせながら天から降りて来た神の言葉を話すのだ。
幼かった頃にレダの神殿でマヤ王女と共に過ごしたが、結局彼女が神託を受けている場面は見れなかった。
が、少なくとも目の前のマヤの様に唸りながら神託を受けている預言者などはあり得ない。
マヤ王女は質問してきた内容――。
「陸路でアウロニアまで帰るのか?」「ルー湿原は通るのか?」
ニキアスは『もしやゼピウス国の残党兵がいて、それらと連絡を取るつもりなのではないか』と考えた。
「――何故それを聞くんだ?」
マヤ王女に問い詰めると彼女はびっくりした様に顔を上げた。
「はい。あの…実はニキアス様にお願いしたい事がありまして」
マヤ王女は改めた様に言った。
冷たい眼で自分を見つめるニキアスを見上げながらマヤは説明を始めた。
「実は事前に神託を受けたんです。帰路となるハルケ山についてです」
ニキアスはその言葉を聞いて正直驚いていた。
『帰路をハルケ山中へ取ろう』と部隊長を含めて相談したのは、ゼピウス国陥落前の会議だったからである。
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わたしは小説の内容を思い出していた。
(たしか小説内でマヤはアウロニア帝国へ帰る前に神託を受けていたわ)
『――ハルケ山には近づいてはいけない』と。
読んでいた小説『亡国の皇子』の中で、彼女は体調不良を訴えに横になっていて、その為一番最後尾部隊に残り、ハルケ山の難を逃れようとした。
実際マヤの様子を気にしたニキアスが途中で先頭軍団から外れ、彼女の体調を確認しに来る様子と思っていなかった。
何故かいつの間にか『災い』の神託を受けていながらニキアスへと話さなかった事がバレて
(何故バレてしまったのか、誰が明らかにしたのかはまでは分からない)
マヤは直接的では無いにしろ、アウロニア帝国軍を壊滅に導いた犯人にされてしまった。
(本当はニキアスの失敗の責任を反らすためのスケープゴートにされてしまった可能性が高いと思うけれど)
「一応その神託の内容の確認をするために、軍の部隊より先にわたしと一緒にハルケ山に向かって欲しいんです」
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ニキアスは手で奴隷達を部屋から下がるように命令すると、低い声でわたしへと尋ねた。
「…本当は何を企んでいるんだ?マヤ王女」
「た…企む?ち、違います…わたくしそんな事を考えてません!」
これ以上ニキアスの心象が悪くなればなる程火あぶりの刑が近づくのは目に見えているのに。
(それに…今企む程の心の余裕も無いわよ…)
わたしにじりじりと近づいてきたニキアスは上半身の衣がはだけたままだ。
美しい筋肉のついた半裸がわたしにじりじりと近づいてくる。
「何か良からぬ事を企んでいるのでは?嘘をつくつもりなのでは?いや、もしくは軍を攪乱させるつもりなのか」
そのままテントを支える太い柱側まで彼の大きな手の平で肩を軽く押されながら、わたしは身体を後ろへと押し付けられてしまった。
ニキアスは片手を柱につくとわたしに顔を近づけてきた。
片目でも分かる濃い長い睫毛が囲む美しい深いグレーの瞳で、わたしを正面から見据える。
(わ…近い!顔の距離が近いのよ…ニキアス!)
「何故顔が赤くなるのだ…?やはり図星なのか?ゼピウス軍がまだどこかに潜んでいるのか?」
ニキアスは、そのまま固い声音でわたしに詰問した。
「言え!残党軍が潜んでいるのか?…俺に嘘をつくな!」
「ち、違います。わたしを助けにくる人間は、もういません!」
(ニキアスはゼピウスの残党による奇襲を警戒しているんだわ)
という事がわかると、わたしはまた必死でニキアスの言葉を否定した。
「マヤ…いえ、皆わたしを憎んでいますし軍の残党は他国へと逃走しました。
わ、わたしを迎えに来る人間は誰もいないのです…!」
それを訊くと、ニキアスは更に息が掛かる程顔を近づけた。
「…他国?何故逃げた先まで知っているんだ?」
もうニキアスが話す時の息が、直接わたしの顔に掛かる。
自分のかいた汗でびっしょりになった背中が更に柱にぐいと押し付けられた。
(ああ…やばいわ。近すぎて怖い…!)
わたしは更に自分の顔が赤くなるのを感じながら、パニックになりそうな頭をフル回転させて矛盾の無い言い訳を考えなければいけなくなった。
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「と…塔を警備していた我が国の兵士らが、言っておりました。お前はもう置き去りにされた。自分たちも更に北か、若しくは東の国へ逃げる…と」
余程ニキアスに言わなければならなかったのが悔しかったのだろう。
マヤ王女は、屈辱感の為か真っ赤になりながら半泣きでニキアスにようやく言った。
「こ、これで分かったでしょう?…わたしはもう独りなんです」
大きな碧い瞳にくやし涙を滲ませながらマヤ王女はニキアスをきっと見上げた。
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「わたしは一人なんです」
(他の人なんていないの!…ってお願いよ、どうか伝わって…!)
わたしは必死でニキアスを見上げた。
ニキアスとわたしは、しばらくそのままの距離で無言で見つめあった。
するとニキアスが身体を離しわたしを見下ろすとわたしの目を捕らえたまま言った。
「いいだろう。ただし…条件はある」
その表情からニキアスが一体何を考えているかがわたしには分からなかった。
お待たせしました。
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