77 ピュロスの行方 ④
やっと拗れ青年ニキウスが落ち着きそうです…。
「…多分、幼い頃からだな。マヤが神殿に居た時から…」
ニキアスは遠い思い出話をするように続けた。
たださっきと同じ様にニキアスには
『後ろは振り向くな。振り向いたら話しを止める』
と釘を刺されて、わたしは前を向いたままニキアスと話しをする事になってしまった。
「セレネの正体は白狼だ。最初神殿から俺達を迎えに来ていただろう?…彼女は神獣で心が読めるらしい。そしてヴェガ神の加護で限りなく人間に近い姿にも変化できる」
「あ…そう…なのですね」
わたしは曖昧に頷きながらも
(ああ、やっぱり彼女は白狼だったんだな)
と思っていた。
ボレアスを何故か知っていたし、どことなく彼と雰囲気も似通っていたからだ。
わたしはふと思ってニキアスへと尋ねた。
「……ニキアス様…彼女とそんなに長くお喋りをしていたのですか?」
無言でいるイメージの二人が、話し合う状況を想像するのが難しかったわたしの『……』を、ニキアスは何か勘違いしたらしい。
ニキアスは少し慌てた様に
「言っておくが、マヤ…俺は殆ど頷いていただけだ。ほとんど向こうから話しをしてきたんだ」
「…あ…はい。そうなんですね」
「――本当だ」
「…はい(何でこんなに確認するのかしら?)…分かりました」
「本当に信じているか?」
「…分かりましたと言いましたけれども?…」
どうやらニキアスはわたしがセレネとの事を誤解したのではないかと心配しているらしい。
何度かちょっと面倒くさいやり取りが続いた後、取り敢えずわたしの答えに納得したニキアスはまた続けた。
「セレネは俺に『何故怖がっているのか?』と尋ねてきた」
それからふっと少しだけ笑うと
「以前…お前に言われた言葉と同じだな」
と続けた。
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『お前は案外臆病なのだな。ドゥーガ神様の加護まで受けた息子なのに』
「…俺は何にも臆してなどいません」
『ほう?しかし、お前が今一番恐れているのは、お前よりもずっと小さなあの預言者の王女ではないか』
「俺が…マヤを?」
『そうだ。手に入れようとする直前でいつも躊躇う』
『しかもお前自身、その恐れがレダ神様のご気分を害される原因だと分かっていないようだ。そんな臆病では、お前をご自分の大事な預言者レダの娘を渡す相手に相応しくないと思っていらっしゃるのかもしれないな。その一言ですら言葉にだせないとは…』
ニキアスは深く息を吸った。
言葉に出してしまえば、その言葉にきっと縛られてしまう。
(もう気の迷いや情欲では済まされなくなるから――)
『お前はマヤ王女を心の内でピュロスと呼びながら、それを言葉に乗せるのはずっと避けている』
「マヤ…こっちを向いてくれ」
ゆっくりとわたしはニキアスの方を振り返った。
見上げるニキアスの青混じりの濃いグレーの瞳が水中の光の様に揺らめいて見えた。
「お前が好きだ…マヤ。お前の全てを俺に捧げて欲しい」
それは風が囁くような声で紡いだ言葉だった。
*******
『言の葉信仰』という言葉があるが、この世界も同様にある。
神への言葉をより届きやすくする為、また神の言葉を聴き取り易くする為、神殿という『場』がある。
また口から出される言葉にはすべて力が宿るとされている為、うかつに他人を貶める言葉を口に出す事は危険であり、相手だけでは無く自分にも返ってくるとされた。
他人との付き合いの中で「神かけて」や「命を掛けて」と口に出す時は相応の覚悟と決意をしなければならない。
その言葉自体に自分が少なからず縛られるからである。
特に神職や神の加護を抱く者は「神」の言い回しの時には慎重にならないといけない。
神に対し嘘をつく事や不誠実な対応は、後に大変な事になってしまうとされているからだ。
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『全てを俺に捧げて欲しい』
ニキアスが言葉に出した『全て』とは文字通り心と身体全て彼に捧げるという事だ。神に仕える様に誠実に、正直に。
(…以前同じ言葉をニキアスに言った時から覚悟は出来ているわ)
わたしは以前と同じ言葉で彼に返した。
「わたくしゼピウス国第二王女マヤは、アウロニア帝国将軍ニキウス=レオスへ全てを捧げます。…受け取ってくださいますか?」
ニキアスは馬上でわたしを抱きしめたまま、その言葉を一気に吐いた。
「ああ…神かけて絶対に離さない。そして俺も誓う…全てをお前に捧げると」
ニキアスとわたしはお互いを愛と神への言葉で縛り誓い合ったのだ。
そうしてお互いを抱きしめ合ったまましばらく動かなかった。
お待たせしました。
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