75 神の庭 ②
「よう、いらっしゃいましたな」
白髪のお爺さんは、座ったまま言った。
「どうぞお座りくだされ」
小さな木のテーブルセットがあり、開いている椅子が二つある。
テーブルの上には金属でできたトルココーヒーやチャイをつくる時のようなセットと木のカップが二つ置いてある。
わたしは小さな椅子に腰掛けた。ニキアスは窮屈そうだった。
どこからかオフショルダーのドレスを着た白い肌で、長い銀髪の背の高い美女がするっと音も無く現れた。
彼女は盆の上に茶葉の載ったボウルと氷砂糖の様な物の乗った小皿を載せていた。
「ありがとう。セレネ」
とお爺さんが言うと、美女は礼儀正しく一礼いた。
(何か…ボアレスに雰囲気が似てるなぁ)と彼女をじっとみつめると
『ボアレスを知っているのか?』
と口の端を上げて美女がわたしに尋ねた。
「…はい。知っています」
とわたしは答えたが、隣のニキアスはあの白い犬がボアレスという名前の獣人ということを知らない。
わたしはちらっとニキアスを見たが、彼はあの白い犬とボアレスの名前が結びつかないようだった。
「ほうほう…そうか、そうか」
白い髭のお爺さんは、にこにこしながら応えた。
さっきのニキアスの話しだと、どう考えても…この小さなお爺さんが『ヴェガ神』としか思えないのだが、なんだかあまり『闇の神、災厄の神』という感じがしない。
むしろ可愛らしいお爺ちゃん的な感じで拍子抜けしてしまう。
お爺さんは空中で炎を出すと(ここで初めておおっと思った)、お湯を金属のカップで沸かし、沸騰した湯の中に茶葉を入れた。
木のヘラでぐりぐりとかき混ぜている。
しばらく、グツグツと煮ると、薬草臭い匂いが辺りに漂う。
何とも言えない匂いにニキアスと顔を合わせていると、
「…そろそろ、ええじゃろ」
と薬草(お茶なのか?)を煮出したお湯を、茶葉が流れない様にヘラで押さえながら、木のマグカップに二等分して入れた。
「さあ、どうぞ。召し上がれ」
召し上がれと言われても、怯んでしまう程スゴい匂いである。
「好みで砂糖を入れなされ」
と小皿を差し出されたが、ニキアスもわたしも手が動かない。
そして白い髭のお爺さんはふおっふおっと笑いながら、衝撃的なことを言ったのだった。
「飲まないと現世に戻れないのでな。ちと臭いが、がんばって飲んでおくれ」
ニキアスはその言葉を聞いた途端、マグカップの柄をがしっと掴み、ぐいっと一気に飲んだ。
飲みながら、みるみる顔色が悪くなり倒れるかと思った程である。
わたしは氷砂糖を1~2個入れてから、意を決して、マグカップの中身を傾けた。
こく…と一口飲んだが、思っていたより臭みも苦味も無かった。
ごくんごくんと割と楽にカップの中身を空にできた。
「ほお…。不味くなさそうですな」
それを見ながらお爺さんは頷いていた。
「マヤ姫…貴女はこちらに近い方ですな…。貴女の魂は過去世を良く覚えている。まさに魂が死んだ過去の記憶をしっかりと持っているという事です」
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お爺さんの言っている内容がよく分からなかった。
「過去世ってなんですか?」
「貴女の生まれ変わる前の人生のことですな」
お爺さんは髭を触りながら
「しかも過去世の貴女も非常に強い未来視が出来たようですぞ」
わたしは首を捻って考えたが、心当りが無い。
(未来視って…いや…普通のOLだったけどな。会社に規則正しく出勤して…)
今考えれば、その時読んでいた『亡国の皇子』の小説の内容は恐ろしい程覚えているけれどOLだった時の記憶が…あまり無い。
(えっ…?何で…?)
わたしは思わず立ち上がり、今更ながらざあっと自分の血の気が引くのを感じた。
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「マヤ…大丈夫か?」
ニキアスが心配そうな表情を浮かべている。
「は、はい…大丈夫…」
――嘘だ。
本当は貧血を起こした様に眩暈がしてこの場で倒れてしまいそうだ。
以前は思い出せた筈のわたしの名前や住んでいた住所…何なら自分の容姿も霞がかかった様に思い出せない。
自分の膝ががくがくするのを感じながら――。
『……え?もしかしてわたしずっと…マヤ王女だったてこと?』
生まれた時からずっと?
(いつか元の世界に帰れるかも…と心のどこかで思っていたのに)
帰る世界は無かった。
わたしが戻るべき場所も。
わたしはこの世界で『マヤ王女』として生まれて生きてきたのだから。
お待たせしました。
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