73 正直な気持ち ②
今更だが、ひとつ分かってしまった事がある。
それはわたしがニキアスの事を…好きだと言う事だった。
最初は、彼に殺されない様に、次は彼に信じて貰えるように、それからはニキアスを少しでも助けたい位にしか思っていなかったのに。
ニキアスから一度離れてしまうと、今度はまた離れる事を考えるのが怖くなってきてしまった。
黒毛の馬の背にニキアスと乗っていると、ニキアスが背後から包むように抱きしめてくれる。
それが心地良くて身体を背中のニキアスへ預けると、彼はふっと笑って
「マヤ…」
わたしに呼びかけた。
見上げると、彼は今完全に面布を外している。
痣があったであろう箇所は青っぽい色から褐色になっている為、以前よりはずっと目立たない。
ニキアスは前を向いたまま、見上げたままのわたしの瞼の上に軽く唇を落した。さりげないがとても優しいキスだった。
「ニキアス、わたしの事…離さないでね」
(あ、こういう台詞はマヤ王女っぽくなかったかな)
と思ったが、わたしの腰に回したニキアスの腕に力が入るのが分かった。
そしてそのまま吐息混じりの甘い声で熱っぽく囁かれる。
「マヤ…あんまり可愛いことを言うな。今直ぐどうにかしたくなってしまう。それともわざと俺を誘っているのか?」
「……!」
(きゃああああああ…)
と思わず真っ赤になって顔をぶんぶんと横に振る。
ニキアスは時々こっちが恥ずかしくて悶死しそうな事をさらりと言ってのけるから困る。
囁いた本人は至極真顔で赤面ものの台詞内容については、何とも思っていない様子だが。
やっぱり小説内の人物だからなのか、お国柄からか。
ちらっとニキアスの顔を見てからふと考えた。
(ニキアスはもっとお堅くて甘い言葉とは無縁だと思っていたのにな)
『亡国の皇子』はほとんどがギデオン王子視点の物語だったから、ニキアスの性格の詳細についてはほとんど書いていなかった。
(でも本当のニキアスは豪胆に見えて時々繊細で、何にも期待していない様に見えて、とても寂しがり屋だ)
ニキアスの色々な面を垣間見てしまうと、マヤ王女が好きになっても仕方が無いかもと思ってしまう。
(いろいろとギャップがあって、好きになる要素が――)
「マヤ、大丈夫か?」
またぼーっとしてしまっていたらしい。
ニキアスが心配そうにわたしの顔を覗きこんでいた。
「あ…はい、大丈夫…」
頷いて答えると、ニキアスは目に見えてほっとした表情を浮かべた。
「もうすぐ着く。もうしばらく辛抱できるか?」
「はい…分かりました」
ニキアスが薄っすら微笑んだけれど、痣が残っていたとしても、その完璧な美貌に眼を奪われてしまう。
「マヤ王女は俺の顔が好ましいか」
ニキアスは少し笑いながらわたしに訊いた。
「最初会った時からそうだったな」
「そうでしょうか?」
わたしが首をかしげると、ニキアスは意味ありげにわたしをちらっと見た。
「昔から俺の顔を良く見ていた。というか顔と身体ばかり見ている気がする」
(ちょっとマヤ王女。行動が素直すぎるのよ…)
ニキアスの言葉を聞いて、わたしは頭を抱えてしまった。
いつの間にか小雨が降り止んで、雲の切れ間から太陽が大分昇っているのが見える。
(攫われたのが五時くらいだったかしら?今の時刻はあの太陽の感じだと九時とか十時近くになるのかな)
ニキアスが話題を変えるように
「土砂崩れだが、姫の言う通りだったな」
「凄い規模だった」
と言ってニキアスはわたしを見下ろすと、
「あれが軍を襲っていたら、被害はとてつもなく大きかっただろう。
俺もどうなっていたか分からない。姫の言う通り迂回して良かった。
助かった…ありがとう」
ニキアスのとても晴れやかな笑顔に、わたしも嬉しさが込み上げる。
彼を少しは助ける事が出来たのだろうか?
(良かった…)
心からそう思う。
これからも傍にいて、少しでもニキアスの助けになりたいと自然に考える自分がいる。
これが元々のマヤ王女の気持ちなのか、果たしてわたし自身の気持ちなのか分からなくなってはきているけれど。
(多分ニキアスの側を離れる事は無いんだろうな)
という予感はしていた。
お待たせしました。
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