6 この戦争捕虜は俺のもの ②
「何だ?マヤ王女…何を言っている?離れない方が良い、だと?」
「はい。わたしはニキアス様から離れないで一緒にいた方がいいんですよね?ニキアス様の褒章になる前にわたしに何か問題が起こるとトラブルになりますから」
「な…それは…」
眉をひそめたニキアスの表情と声にほんの少し焦りが混じっているように見える。
ニキアスはわたしの顔を見下ろしながら首を横に振って、先程までとは違った冷ややかな声で続けた。
「――いや、全てを額面通りに受け取ってもらっては困る。
俺がああ言ったのは、あくまでアウロニアに戻るまでの間貴女の身と軍の秩序を守る為に過ぎない。
貴女には悪いが、実際に皇帝陛下に貴女を褒賞としてもらうつもりなど俺には毛頭無いぞ」
ニキアスの立場としては、自分の管理する軍内規律が崩れるとガウディ皇帝に口をはさむ隙を与えてしまう。
だから最低限の規律を守らせる為に言ったつもりだった。
たとえ、ほんの少し王女への同情を含んでいたとしても。
しかも倒した国の王女をただ貰い受けたいなどと言った途端、敵国への肩入れかと疑う可能性のある皇帝だ。
そして義兄であるガウディの皇位を脅かした者で、生き残っているのはほんのわずかだった。
(そんな危ない橋を、何故かつて拒まれた相手の為に渡らねばならぬのだ)
この件に関してこれ以上何かする気は無い。
(冗談ではない。リスクも大きすぎる、ごめんだ)
それがニキアスの正直な心の内だったのだ。
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(うん…それはそうでしょうね)
わたしは心の中でため息をついた。
原作の中でもお互い最終的に憎み合い(特にマヤ王女は)呪いの言葉を吐くまでの相手に対し、ニキアスがマヤへの対応を兵に命令してくれたのは破格と言っても良い態度だったと思っている。
かと言ってマヤ王女として返せるものが何も無いのであれば、これ以上の待遇を望むのは戦争捕虜として捕まった身では難しいだろうなとも思う。
でも、待って。
(一つ…あったかも)
『この事を上手く使えばもう少しニキアスの好感度を上げられるかも』とわたしは考えた。
(万に一つの可能性でも、もしかしたら…)
ニキアスのわたしへの更なる待遇アップを求めて試してみよう。
「あの…ニキアス様」
わたしは小説の前についていたザリア大陸の地図を思い出しながら彼に確かめる事にした。
「アウロニア帝国まではずっと歩きの行軍ですよね」
それを聞くとニキアスは顔をしかめて言った。
「王女だから歩けないとでもいうつもりなら…」
「いいえ、違います。そういう意味ではありません。陸路で馬車や馬を使って帰国するのですよね」
ニキアスの言葉に被せてしまったが彼は何も言わずわたしを見つめた。
それは肯定のしるしだ。
(アウロニア帝国軍はゼピウス国の北側に船を付け、首都に近い所から南下しながら一気に攻略を始めた筈だ)
ゼピウス国に軍を準備させる暇を与えない為である。
アウロニア帝国軍が、北上しつつ行軍しようとすると、ゼピウス国全体が食料難に陥っているため立ち寄った農村などでかえって軍の食料が狙われる危険性がある。
アウロニア帝国への帰路は歩ける奴隷と動ける負傷者を連れつつ帰るだけなので、戦いながら移動した行きよりずっと早く軍を動かす事ができると考えている違いない。
その為荷馬車や馬を使い、徒歩でアウロニア帝国へ帰還する…ここまでは確かめられた。
(あとはルートなんだけど…どっちを通るつもりかしら)
「えーと…帰路はルー湿原を通る予定ですか?」
ルー湿原とハルケ山の間には街道が通っているが、今は大変荒れて山賊や野盗・有名な強盗団が多数出現すると言われていた場所だ。
(アウロニア軍は厄介なそれを避けるために真っ直ぐ街道を通っては帰らなかった筈だ)
小説の内容を思い出すのに必死で、わたしは自分の様子をニキアスが注意深く観察しているのに気が付かないでいた。
「何故そんなにその情報を聞きたがるのだ?」
さっきよりも冷ややかなニキアスの声に、わたしははっと我に返った。
お待たせしました。
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