64 筋書き ①
わたしが、岩男に抱えられながら辺りを見渡すと、視界の端々でアウロニア帝国兵らと剣や槍を交えて戦う盗賊達が見えた。
「皆、戦闘慣れしてて、強えぞ」
とギデオンが身体を動かせないわたしへ小声で得意気に言う。
剣闘士や傭兵崩れが多いからな、と呟く。
(成程…それじゃあ油断した帝国ののほほんとした兵じゃ敵わないわね)
ボレアスの移動に気づいた犬兵が何匹か付いて来るのが見える。
気づいたギデオンがボレアスへ命令した。
「ボレアス、ミリスは退かせろ。マヤ王女の護衛目的なら破綻してんだろ。もう必要ねえだろうが」
ボレアスは犬兵をじっと見た後、首を振ると犬兵は一斉に遠吠えして散開した。
(ニキアスは何処にいるのかしら?)
いきなりの盗賊達の奇襲の対応に追われているのかもしれない。
ギデオンが『玉璽』がどうこう言っていたが多分ニキアス自身が持っている筈だ。
「わからない」と岩男が言っていたので今の時点で確認する術は無いけれど、国璽の事でニキアスがガウディ皇帝の不況を被るのは避けられそうだ。
軍隊に多少被害が出たのは痛い所だろうが、土砂崩れに比べたらまだしもだし、国璽も無事だ。
ガウディ皇帝に叱責される事も無いだろう。
(良かった…)
と一瞬安堵しかけたけれど、全然良くない事に今更ながら気が付いた。
だってこのままギデオンとハルケ山へ行けば、わたしは諸共土砂崩れに巻き込まれることは確定だ。
取り敢えず身体と口が動くようになったら、預言の事をギデオンに伝えなければ――とわたしは考えていた。
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続けざまに花火のような合図の火花が上がり、雑木林の中から盗賊達の引き上げの声が数名だけれども聞こえてきた。
岩男に抱えられながら、少しずつ明るくなってくる雑木林の中の様子も見えるようになってくる。
わたしを抱えた岩男(タウロスと呼ばれていた)、ギデオン、ボレアスと
(いつの間にか起きていた)仔犬が
ほぼ並列して走り、他の盗賊の仲間も
あらかじめ決めた集合場所で待つのが決まっているのだろう、各々で移動しているようだった。
わたしもメサダ神の呪縛が解け、少しずつ身体が動かせるようになった。
――その時だった。
ほんの小さな声だが、馬のいななきが聞こえたのだった。
それと共に――わたしを呼ぶニキアスの声もハッキリと聞こえた。
****************
「マヤッ!」
(ニキアスの声だわ…)
わたしは思わず
「ここよ!ここに居るわ!」
と叫び返しそうになった。
頸に冷たい刃の感触を感じなければ。
岩男タウロスがわたしの喉元に刃物を近づけていたのだった。
タウロスが冷たい眼でわたしを見ている。
叫べば――容赦なく刺す、という事だろう。
わたしの様子を見ながら、ギデオンは白い仮面の下で薄く笑っているようだった。
「アンタの恋人が来たな――ちょっと遊ばせてもらうぜ」
(恋人じゃないわよ!)
異議の一つも訴えてやりたい。刃物さえなければ。
タウロスが注意するように彼に声を掛けた。
「アナラビ、厄介事は…」
「タウロス。マヤ王女はオレの真の名を知ってるぜ」
ギデオンがタウロスへ宣言するように言うと、彼は目を剥いてわたしを見下ろした。
「何てことだ…」
タウロスが呟いてギデオンに告げた。
「ギデオン、彼女はすぐに始末すべきです」
「その話は後だ。オレの居ない間に勝手な事はするなよ」
ギデオンはそう言って、音を立てずに樹々の間を移動していった。
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「マヤッ…何処だ!?」
自分の愛馬を駆りながら、ニキアスは声を張り上げマヤ王女を捜した。
(自分のドゥーガ神の加護がまだ遮断される…)
自分より神の加護を強く受けている人物が、ニキアスの近くにいるのは間違いなかった。
――と、いきなり空気が切り裂かれる気配があった。
ニキアスは木の上から降って来た者の攻撃をとっさに籠手で受けた。
そのまま馬の上で一瞬、揉みあう形になる。
地面に転がりながらアナラビは受け身を取った。
ニキアスも馬上で上体を捻って剣を抜く。
本来であれば、出会わない筈の邂逅であった。
明らかに小説『亡国の皇子』とは異なる筋書きが始まっていた。
お待たせしました。
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