61 奪取 ⑤
『亡国の皇子』の主人公「ギデオン」と思われる少年は、わたしの方を見て、にかっと太陽の様に笑った。
「…何だよ?オレがあんまり格好が良くてびっくりしたか?」
彼は軽口を叩くとそのまま吠え続ける子犬の目を見ながら、口の中でブツブツと呟いた。
次の瞬間ーー子犬はいきなり身体を硬直させて動かなくなってしまった。
「な…」
絶句するわたしににやっと笑うと、彼は棒の様に固くなった子犬の身体をわたしの方にひょいと投げた。
「きゃあぁっ!」
わたしは慌てて子犬の身体を抱き止めた。
「…んな顔すんなよ。殺してねえからさ」
半刻もすりゃ戻るさと、子犬を抱きしめて涙ぐむわたしの顔を見て言った。
「そ、そうなの?…でも」
と、グズグズしながら動かない子犬の身体を撫でていると
「オレは余計な殺生はしねぇ。自分の命がヤバけりゃ別だけどな」
うるせえから黙って貰っただけだ、と鼻に皺を寄せて言った。
わたしは彼の言葉に思わずうんうんと頷いていた。
(彼が本当のギデオンならそうする筈よね…)
それから彼はわたしの顔をじーっと見ると
「女が泣くのは鬱陶しくて嫌いなんだが、あんたは何か...いいな」
と言い出した。
その台詞にビックリして、思わずわたしの涙は引っ込んでしまった。
「はは、泣き止んだな」
彼が明るく笑った瞬間、白い大きな犬がテントの中に飛び込んできた。
****************
天幕が外から開いた瞬間、ボアレスが風の様にテントの中に飛び込んできた。
アナラビは既に両手に短剣を持ち構えていた。
白い犬は真っ直ぐアナラビの元に凄まじい速さで飛び込み、彼が短剣を持つ手首を噛んだ。
金属性の籠手でありながら、既にボアレスの牙が食い込んでいる。
「チッ」
アナラビは舌打ちをした。
そのままボアレスの目を見つめながらメサダ神の加護を呟こうとする。
それに気付いたボアレスは後ろへ跳んだ。
『卑怯者!わたしの子供を返せ!』
白い犬は牙を剥きながら、掠れた声で喋ったのだった。
******************
わたしは半ばパニックになっていた。
あまりの急な展開に頭がついていかない。
(な…何?何故犬が喋れるの?)
「ははっ…落ち着けよボアレス。よく見ろ。お前の子供ならマヤ姫が抱えてんだろ」
盗賊としてやってきた男が、実は『ギデオン王子』だったと言う設定にも度肝を抜かれたが、それよりこの…犬が喋っているこちらの事実の方に更に驚いてしまった。
「しゃ…喋れるの?」
思わず親犬へ声を掛けると、『ボアレス』と呼ばれた親犬は無言のまま、わたしの腕の中で硬直した子犬を鼻先で押した。
わたしは子犬をゆっくりと地面に降ろした。
「半刻で戻るって言ってたわ」
心配そうに子犬の身体の匂いを嗅ぐボアレスに声を掛けた瞬間――。
視界がまた白黒になり、地面がぐらりと揺れた。
何か視える。
『白狼ボアレスの身体に、ギデオンの正義の短剣が深く突き刺さった。
ヴェガ神の使徒の1人であるボアレスは、太陽神メサダの裁きによる深き傷を負ったのだった』
――神託?それとも予知か。
(ヴェガの使徒?…メサダ…?)
次の瞬間――わたしはギデオンがこちらに音も無く飛び掛かってくるのを視界の端に捉えた。
わずかな蝋燭の灯りの中なのに、ギデオンの振りかざしたむき出しの白い刃の光がぎらりと光って見える。
ボアレスが刺される。
「…ボアーーレスッ!」
考えるより先にわたしの身体が動いた。
わたしは、ボアレスの白い毛並みの身体をドンと手で横に押していた。
******************
「…あっ、ぶねえだろッ!」
ギデオンの怒鳴り声でハッと気が付いた。
目の前にギデオンが持っていた短刀の刃先が止まっていた。
丁度ボアレスが居た位置に、わたしが転がり込んだ形になっていたのだ。
「お前ッ、オレに女を殺させる気か!?」
怒鳴っているギデオンの顔が少し蒼ざめている。
彼が止めた刃先が、ぶるぶると震えているのが見えた。
思わずわたしは
「ご…ごめんなさい。ギデオン様」
と謝ってしまった。
次の瞬間、今度こそ本当に蒼白になったギデオンとボアレス両者から、まるで幽霊でも見たかのような表情をされてしまったのだった。
お待たせしました。
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