60 奪取 ④
「ナ…ナラは一体どうしたの?」
わたしは、このままだと彼に飛びかかっていきそうだった子犬をさっと抱き上げて、後ろに下がった。
白い仮面をした鳶色の髪の男は、ニキアス程ではないけれど背が高く細身の筋肉の付いた身体付きで、わたしをそう簡単に逃がしてくれそうにはなかった。
(出口はあの男が入ってきた所だけ?)
わたしは周りをちらちらと見ながらなんとか彼からの逃げ道を捜した。
「ナラ…さっき覗いた女か?眠ってもらったぜ。オレらの目的は女の強奪じゃねぇし。いや、女か」
白い仮面の男は、ぶつぶつ言ってはひとりでうんうん頷くと、わたしの方をまたくるりと向いた。
「あんたが目的のひとつだから、一応女は目的に入んな。適当言って悪い」
「……」
なんだかこの男の言動に緊張感があまり無い気がする。
この場での彼のリラックスの仕方も、異様な雰囲気がある。
まるで昔から知っている友人に会いに来たような気軽さなのだ。
「あんたが敵国に囚われて酷い扱いをされるんじゃねえかと思ってさ、助けにきたのよ。行こうぜ」
なんだか得体が知れないが、その台詞に少し恐怖が和らぎ興味が湧いたので白仮面の男に質問した。
「わたしを助けにきたの?ゼピウス国の兵達なの?」
白い仮面の男は
「あー…そいつらとは関係ねえな」
とあっさりと言うと
「世間知らずのお姫さんに言っておくが、敗戦国の女の扱いは大体が悲惨なもんだ。犯される、殺されるは当たり前。あんたは預言者で、姫だからある程度は守ってもらえるかもしらんけどよ。畜生皇帝ガウディの所に行ったら、あいつの愛妾になるのはまず避けらんねえぞ」
わたしは、彼のセリフが気になって仕方が無かった。
『ガウディ皇帝』の名を彼が口にした時、ひどく憎々し気に聞こえたからだった。
「貴方の扱いが皇帝と同じじゃないって何が根拠に言えるの?」
思わずわたしが口にした言葉に白仮面の男が反応をした。
「――どういう意味だ?」
彼の口調からスッと、ふざけた様な声音が消える。
「オレはあの男とは違う。あんな卑怯者とは…」
と彼が口走った途端、わたしの表情を見て気が付いた様にわざとらしい笑い声を上げた。
「はっ…悪いが――まあ…」
「…あんたはオレの好みじゃ無い。もっと身体に肉を付けろよ。前も後ろも同じじゃねえか」
とわたしを上から下までまじまじと眺めて、馬鹿にした様に言った。
そして
「話をしながら視線で逃げ道を捜す根性はあっぱれだけどよ…逃がさねえぜ」
白い仮面の下で男は笑っている様だった。
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ニキアスは岩の様な男の槍裁きを見て違和感を覚えた。
(おかしい)
違和感の正体は敵の『槍の型』が完全に『アウロニア国の槍の型』である事にある。
(何故盗賊がアウロニア国式の槍の型を使えるのか?)
(アウロニア国軍の部隊の中に居たのか?…脱走兵崩れか?)
実際ニキアスの槍と剣の型は、アウロニア式型では無い。
ドゥーガの加護を纏えるまで精進したニキアスの剣技は、全てドゥーガの神殿で神官や神兵から学んだ型である。
無言で大槍を振るう岩男に手こずりながらニキアスはこの盗賊らの正体を図りかねていた。
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「手荒な真似はしたくねえんだ、大人しくこっちへ来い」
と、手首を掴まれそうになった時、わたしの抱えていた白仔犬が唸って彼の手首に嚙みついた。
小手をしていたのでほとんど影響がないのだろう。
「ちッ…仕方ねえな」
彼は一言そう言うと、片手でぎゃんぎゃんと吠える仔犬の首元を掴み、もう片方の手で自分の白い仮面を外した。
仮面の下の顔を見て、わたしは息が止まりそうになった。
(そんな…どうして――!?)
思っていたよりも少年だったからでは無い。
癖のある鳶色の髪、赤味がかった炎のような瞳と端整な顔のつくりに見える印象的な口元の黒子――。
(どうして、彼が…!?)
わたしは驚きで声も出せずに彼を見つめた。
何故なら彼こそは小説『亡国の皇子』の主人公。
ギデオン王子に他ならなかったから。
お待たせしました。
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