53 レダの預言者 ③
その日の朝からマヤは機嫌が悪かった。
やはり、半ば予想していたのだが父王から何も送られてこなかったのと、せめてニキアスぐらいは、「おめでとう」と言ってくれるのではないかと期待していたのに、それも無かった為だ。
朝に神殿内でニキアスが仕事をしていたのを見かけたのに、昼頃からは彼の姿が見えなくなったのも気に入らない。
「ニキアスは?」
と神官らに尋ねたが、誰も彼の行き先を知らなかった。
マヤは段々と悲しくなってきてしまった。
どうやら今年は父王から多額の寄付金だけが届いたらしい。
「姫さまのお陰で神殿内の修理が出来ます」
と神官らに言われれば
「自分への贈り物が無い」
とごねるのも子供っぽくて恥ずかしい。
なんと言っても自分はもう八歳になるのだ。
惨めな気分になりそうなのをマヤは我慢しながら、いつも通り夕食を食べてレダ神へ祈りを捧げた後、就寝しようと自分の部屋へ戻って来た時のことだ。
開け放たれた窓から小さな小石が投げられた。
「何かしら?」
と外を覗くと暗闇のなか佇む人影がある。
眼を凝らしてみると、少年の姿――ニキアスだった。
ニキアスは窓から軽々とマヤの部屋へ入ってくると
「こんばんは。姫さま」
と言った。
「ニキアス…どうしたの?」
マヤは驚いて声が裏返ってしまった。
ニキアスの姿は泥だらけだった。
ついでに、斜めに肩かけした蓋つきの小さな籠を持っている。
「水浴びをしてきたかったんですけど、あまり遅いと姫さまがもう眠ってしまうと思ったので」
と言いながら、籠の蓋を開けた。
開けた瞬間、甘い良い香りがした。
そこには、あの崖に咲いていた小さい白い可憐な花が籠いっぱいに入っていた。
「たくさん集めるのに以外に時間がかかってしまいました」
ニキアス少し笑うとその中にそっと手を差し入れた。
注意深く花弁を手の平でひとすくい分持ち上げると片手でマヤの手を取って
「遅くなってすみません…姫さま。お誕生日おめでとうございます」
そっと匂い立つ花弁を手渡した。
マヤは生まれて初めて花を手渡しでもらった。
そして、それが嬉しくて泣いたのも生まれて初めてだった。
今までのことを後悔してこうすれば良かったと考えるのは、マヤにとって虚しい作業だったので止めた。
けれど、今もどうしても悔やんでも悔やみきれないのは、ニキアスの左顔の面布を無理に剥がしてしまった事。
そしてそれと同時に必ず、八歳の誕生日の夜のことを思い出した。
*****************
毎日同じ日の繰り返しだった。
起きてレダ神へ祈り――また眠る。
今まで何度も何度も視た未来視と預言がマヤを苦しめ続けた。
自分の行く末を何度も未来視したマヤは身震いをする。
(レダ神様)
どうかどうか…わたしとニキアスの未来をお救い下さい。
マヤ王女は、塔の上で一心にレダ神への祈りを捧げ続けていた。
祈っていても、この捻じ曲げられた運命を正さなければ、自分とニキアスを助ける道が無いのだと解っていたのだけれど。
*****************
(預言通りであれば――)
わたしはあの男、アウロニア帝国皇軍『ティグリス』将軍ニキアス=レオスに再び会わなければならない。
そして――ニキアスはわたしから全てを奪い、わたしはレダ神様とニキアスを憎むだろう。
わたしはニキアスに火炙りにされ、これがきっかけでニキアスは戻れない破滅への一歩を進み始める。
そしてニキアスはアウロニア帝国を奪うが、最終的にギデオンに全て奪われてニキアスは惨めに死ぬ。
神の言葉の代弁者であるが故、預言者は全て神に捧げるように生きている者が多く、『真の預言者』であれば、内容がどんなに非業でも、真摯にその内容を受け止めて生きろと教えられる。
運命の道はすべてはマヤの性格、ニキアスの性分を含めた様々な要因によって動かしようがない程定められていた。
(つまりわたしがわたしでいる限り運命は変えられないという事ではないか)
その運命の流れはレダの神殿でニキアスに出会ってしまってから、いや――もうマヤが生まれるよりもずっとはるか昔から、既に始まっていたのだとしたら。
**************
その流れとは、全てを司る始まりの神『メサダの書』にかかれている未来の事だ。
『メサダの書』にかかれる内容は未来を見ることが出来るメサダ神が書いている書物とされる。
レダ神や他の神の預言者よりも、高い預言者としての資質が問われ、その預言内容もはるかに悠久的なものになる。
メサダ神を篤く信仰し、その加護を戴く一部の預言者のみ神託の形で覗く事が出来るのだ。
そして、その一度その流れに乗れば、なにがあっても変える事は出来ないと言われている。
『そうなれば、どうお前があがいてもメサダ神に決められている運命は変えられない。そして愛しい娘のお前も、諦めて運命を受け入れるしかない』
(…全く慈悲深いレダ神の神託ね)
****************
(嫌よ、絶対に嫌…)
マヤは大人しく火炙りになるつもりはなかった。
神殿でレダ神に捧げられた供物のように、全てを運命に殉じて最後を迎えるつもりは毛頭無い。
預言者の資格が無くなってももう構わない。
(どうせ死ぬなら同じだもの)
マヤはせめて最後の時までささやかでも、未来視へ――神々へ抵抗しようと決めていた。
神官長からもらった黒い丸薬を手の平に乗せる。
(直接彼の手に掛かる運命なら、自分で彼の手の届かない所へ行こう…永遠に)
自分とそれにつながるニキアスの運命が少しでも変えられるのなら。
**************
マヤはゆっくりと寝台から起き上がった。
(とうとう始まってしまったわ)
高い塔の開いた窓からでもはっきりとアウロニア語の兵らの歓声は聞こえてきた。塔の下に少しずつ軍兵が集まっているのだ。
(もうすぐニキアスがわたしを迎えにやってくるわ)
ニキアスは直接塔に来る。
マヤには妙な確信があった。
それから、マヤは机の引き出しを開けて再び小袋を取り出すと、手の平に乗せた黒い丸薬を躊躇なく水で一気に流し込む。
テラスへ向かいながら、マヤはアウロニア兵によって放たれた火により落日の様に燃え上がるゼピウスの宮殿を見つめた。
お待たせしました。
読んでいただきありがとうございます。
良ければブックマーク評価いただけますと嬉しいです。
なろう勝手にランキング登録中です。
よろしければ下記のバナーよりぽちっとお願いします。




