4 許嫁は挙動不審 ②
(とりあえず…この石段は降りなくばなるまい)
ニキアスにとってなかなか厳しい二択を選ばなければならない。
マヤ姫の髪を引きずってでも無理に階段を引きずり降ろすか、はたまたなんでも良いがとにかく宥めながら平和的に降りてもらうか。
ニキアスが唸りながら思案していると、当の本人のマヤは
「ごめんなさい。ご迷惑じゃなければ、手を繋いで階段をおりてもらえると安心するんですけど…」
申し訳なさそうに言いだした。
ニキアスは真顔になって彼女を見下ろした。
(仮面下でわかりにくかったが)
やはり、おかしい。
(こんな物言いする娘ではなかった)
全ての言動が、ニキアスの記憶とその後の噂で聞いた姿と異なり過ぎている。
じっとマヤを見詰めるニキアスなのであった。
*****************
マヤは、いやわたしの方こそ心の中で焦っていた。
仮面ではっきりとした表情はわからないが、ニキアス将軍はわたしの事を怪しんでいる。
もともと小説の中ではマヤ王女の立場とは、ニキアスの元許嫁で『傲慢で預言者でありながら嘘をつく』亡国ゼピウスの王女という記載しか無かった。
しかもその嘘の代償にニキアスに因って火炙りになる――というほんの数行の記載しかない登場人物だ。
(もう仕方がない…)
演技にはとんど自信が無いけど、ここは強引にいくしかない。
「ごめんなさい。さっきの激しい火災を見ていたら意識が途切れて、今までの記憶がほとんど無いんです…」
わたしは都合よく心因性ショックによる記憶喪失を装う事にしたのだ。
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「…そうか…それならば納得できるな」
ニキアスは頷いた。
(え?待って。あれで納得したのかしら?ちょっと…簡単過ぎない?)
わたしはその陳腐な言い訳をニキアスがあっさり受け入れられたことに驚いていた。
反対にニキアスとしては今はマヤ王女の異なるイメージに何とか説明がつけばそれで良かった。
取り敢えず、この面倒なモヤモヤの気持ちの矛先を納めたかったのだった。
そういうわけでここで冒頭に戻るが、ニキアスはマヤの手を握って階段を下りることになった。
階段を手を引いて降りていく際マヤは素直にニキアスの手を取りながら、時々ニキアスの様子を窺うように見上げて目が合うとおずおずと微笑んだ。
やはり元王女だけあって、笑顔になると他人をはっと惹きつける力がある。
今は痩せぎすでも花の様に可憐で愛らしい容姿は、地味な服装を着ていてもかなり際立っていた。
もともと蜂蜜色にうねる金髪と海を写したような蒼い瞳は美しい女神レダの御姿にも通じているとされて、我儘で口が悪くとも可愛らしい王女としてレダの神殿では認知されていたのだ。
(…この笑顔も記憶喪失のためか?)
最初会った時からこんな感じの可愛いらしい女性であったなら、自分がこの国を落とす先陣として派遣された時さぞ悩んだろうが。
(そうじゃなくて良かったのか、悪かったのか)
幼い頃のマヤのイメージのままでここまできてしまった為、この王女の行く末など最早どうでも良い事に思えていたのだが。
頭の中の理性では、このまま『ただの捕虜』として自国アウロニアに連れて帰るのが当然の事だと告げていた。
ただ気がかりなのはやはり帰路の途で、ニキアスの眼の届かない場所での殺害、乱暴・暴行にあう可能性があるということだ。
第二王女は捕虜に過ぎないからと軍の皆が考えているのなら、多少何か問題が起こっても誰も気にしない。
『ただの捕虜の身』の彼女ではニキアスが守る正当な理由として弱い。
それに自分がこの王女にびっちりと付いて回る訳に行かない。
アウロニア皇軍『ティグリス』将軍としての責務があるからである。
そしてここが一番の問題点で頭の痛い所だが――この皇軍『ティグリス』は、もともとニキアスが統制していた軍では無いと言うことだ。
今回の戦いにあたり、義兄であるガウディ皇帝によって、直前に押し付けられた軍隊だ。
名ばかりの将軍として就任した者の命令が軍の末端にまで確実に行き渡るかどうか、特に戦いが終わった今こそ怪しかった。
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イライラと考えながらも手を繋いでるニキアスの様子が気になって、わたしは何度も彼の方を伺った。
何度も見上げられるのが余程気に障るのか、ニキアスはわたしをじっと見た。
(表情が分からないから余計に怖いわ)
ニキアスがまたこちらを見た時に、仮面越しに目が合った気がしたので、お愛想笑いをすると彼はその後二秒は固まっていた。
その後も悶々としているで、何とか気分を変えようと尋ねてみた。
「えっと…これからわたくし何処へいくのでしょう?」
ニキアスは今度は三秒は動かなかった。
そして少し舌打ちしてから礼儀正しいが冷たい声で答えた。
「貴女は戦争捕虜という事をお忘れか?
貴女はこれから俺の率いる軍と共にアウロニア帝国へ捕虜兼褒賞の一つとして向かうのだ」
そしてニキアスは階段を降り切った後、多くの人が整列し並ぶ広場へ連れて行った。
自身が率いていた皇軍『ティグリス』の目の前にである。
そして、ニキアスはそこで他の皆が驚く事を言い出した。
お待たせしました。
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