48 遭遇 ④
「オイ…あれ見ろよ。ボアレスが大人しく人間に身体を撫でさせている…いや自ら触らせにいってるぜ?」
あり得ないと言わんばかりのアナラビの口調だった。
「嘘だろ?あいつオレには側にも寄らせないんだぜ?女なら許されるのか?…あの女好きめ…」
首を振りながら眼を細めて、大人しく女に撫でられるボアレスを見つめて言った。
夜目の利く状態になっているアナラビは、ボアレスとその子犬を交互に抱いたり撫でたりするマヤを見つめた。
焚火に照らされて蜂蜜色の髪が輝いている。
見た感じ育ちは良さそうで、衣服は小綺麗で、奴隷や下働きの女では無さそうだ。
(どういう立場の女なのだろう?)
「あの女…面白いな。子犬と一緒に攫って来い」
アナラビは盗賊の部下等に新たに指令を出したのだった。
*******
『ニキアス様お疲れなんでしょうか。お顔がお熱があるみたいに赤くなっていましたけれど…』
(ニキアスは大丈夫かしら…)
わたしはニキアスの体調が心配だった。
――昨日の夜何処で休んでいたか分からないし…。
(いや、そもそもハルケ山から戻って来てからずっと彼は休んで無い気がする)
色々と考えながら、焼いて塩だけで味付けした肉と野菜スープとトウモロコシのパンといった決して豪華では無い夕食を黙々と食べていると、第三部隊の兵らがわたしの顔をじっと見ている。
「あ…あの、何か…?」
(なんで皆見るんだろう?)
視線が集まる中、わたしは一番近くにいた部隊長へ尋ねた。
「いや、お姫さんがやたら我儘娘って聞いていたんだけども、全然違うなって話をしてたんですよ」
と訛りを交えながらわたしに言った。
「はあ…」
そうですかと曖昧に笑って食後の片付けを手伝おうとすると、ナラが慌てて「わたしがしますから」と言った。
真っ白い子犬がさっきからわたしの側を離れないため、親犬も共に第三部隊の野営地の近くにいる状態になっていた。
親犬は子犬の毛づくろいを丁寧にしている。
わたしは近づいて夕食用に取り分けて貰った肉の余りを目の前に出すと、
「ね…お腹空かない?」
と訊いた。
親犬はフイっと顔を背けたのに対し、子犬はいきなりがふがふと食いついた。
「怒らないで上げて。お腹が空いていたのよね」
子犬の行動を憮然として見つめる親犬の表情が可笑しくて、わたしは子犬の背中をゆっくり撫でた。
ナラが皿に余計に取り分けた肉を持ってきてくれた。
「マヤ様。もう少し貰ってきましたよ」
「ありがとう」
わたしは皿を受け取った。
子犬がまた飛びついてその肉を食べるのを見ると、親犬は諦めたようにため息をついて(何故かそんな風に見えた)ナラが持ってきた肉の匂いを嗅いでから少しずつ食べ始めたのだった。
その時、ユリウスが第三部隊の様子を見に来たのに気がついた。
わたしは気になっていたニキアスの様子を彼に尋ねてみた。
「ユリウス様、ニキアス様の様子はどうですか?なんだかあまり体調が良くないんじゃ…」
わたしがユリウスへ訊くと、彼は暫くわたしを見つめて、
「あのですね…、僕が言うのも何かと思いますけど気になるんだったらご自分で直接ニキアス様に訊きに行かれたらどうでしょうか?」
自分よりも七歳以上年下の彼に最もなことを言われ、わたしは言葉に詰まってしまった。
「そ、そうね…許されるなら。はい、そうします」
先頭部隊に戻るユリウスと、わたしを警護する様にあの白い犬が親子で付いてくることになった。
兵達でざわつく先頭部隊の野営地をニキアスの姿を探したが、どうも見つからない。
ニキアスが仮設のテントの中で仮眠を取っているという情報を部隊長に聞くと、わたしはそっとニキアスが休んでいるテントに近付いた。
「ここで待っていてね...」
犬達に告げると、休んでいるニキアスを起こさないようにと静かに中に進んだ。
ニキアスは寝台で横になっているようだ。
鎧は脱いで、もっとリラックスできる上衣に変えているようだ。
面布付きだが、整った美しい顔が静かに寝息を立てている。
(…熱はないのかしら?)
わたしはそっと寝台に近づき、額に手を伸ばした。
その瞬間、ニキアスが目を開けて伸ばしたわたしの手首をぐっと掴んだ。
「――また俺の面布でも取りにきたのか?マヤ王女」
お待たせしました。
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