47 (幕間) 記憶 ②
過去の話の続きです。
「――お父様から何かきた?」
それはマヤ王女のちょうど八歳の誕生日だった。
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神殿に入れば、完全にマヤの王位継承権は剝奪されてしまう。
本来であればいわゆる俗世とは関わらず、預言者としての生活を神殿内で余儀なくされるはずが、ゼピウスの国王は娘をそう易々とは手離さなかった。
愛していたからでは無い。
娘だからこその利用価値を計算していた為だ。
ゼピウス国内のどの神殿も総じて王家との癒着があり、それはマヤが預けられていたレダの神殿も同様だった。
『神託を利用し自分の王朝を更に繁栄させる』
どの王も一度は考えるが、神の天罰を恐れて出来なかった。
また預言者自体を取り込む事が困難でもあった。
何故なら預言者も嘘をついたり神を裏切る行為をすれば、最終的に全て自分に災いが返ってくることも分かっていた。
好んで災いを背負いたいと思う預言者は居ないのだから。
ゼピウスの国王は、自分の思い通りになる駒として自らの娘を利用する事にしたのだった。
「国のそして国王の力になれない預言者は、預言者たる資格がない」
最もらしいことを言って、我が娘をコントロールしようとした。
マヤはその言葉を素直に信じて育った。
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「――お父様から何かきた?」
その日はいつも朝からマヤはそれを質問する。
父王からの何らかのお祝いが届いていないか確認するために毎年質問するのだ。
神官らは
「はい。レダの神殿への大変ありがたいご寄付をたくさん頂きましたよ」
と毎年、同じ様に繰り返し答えた。
(違う…寄付とかじゃなくて…)
マヤへの贈り物がないかを聞きたいのだ。
どんな些細なものでもいい。
マヤだけのもの。
ある年は珍しく神官より、
「素晴らしい羽根ペンを戴きましたよ」
と言ってマヤへ絹の布に包まれたそれを持って来てくれた。
素晴らしい装飾の蝋板とスライタスも送られていた。
(これで更に勉学に勤しもう…)
と思っていた。
しかし、それを持っていった神学の授業で、神官や同じ預言者のほとんどがマヤと同じものを持っていたのを見て驚愕した。
(特別じゃなかった…)
マヤの分だけでなく、皆にも配っていたのだった。
(不満はないの)
多額というには多すぎる寄付金はレダの神殿の国王の影響力を確実に広げて行った。
お陰でみんな表面上はマヤへ優しくしてくれる。
大抵の我儘も聞いてくれる。
(主に「お菓子が食べたい」とかだったが)
ただ一人を除いては。
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マヤがその少年を見かけたのはただの偶然だった。
神学の授業でマヤが既に理解している経典をおざなりに繰り返す神官の話は、いつも眠くなる。
ただ機械的に経典を繰り返すだけの教えも学びも無い講義だから、『本をただ読むのと一体何が違うんだ』と文句を言ったのだが、神官はマヤを無言で睨みつけていた。
(ふんだ…どうせ眠くなるだけなんだから、ゆっくりお昼寝出来るところに行こう)
神殿を囲むような森の中にある川のほとりへ一人で歩いて行った。
経典や蝋板とスライタスを小脇に抱え、小径をてくてくと歩いていると、川のある方向から、見覚えのある下働きの若い女性が小走りに神殿の方向へ戻って来た。
下働きの女性はマヤ王女に気が付くと
「マ…マヤ様…!」
と言って、自分の後ろを振り向いた。
川の方向をしきりに見る姿が意味不明で
「なあに?どうしたの?」
と彼女に訊くと
「い、いえ…、失礼します」
とマヤへの挨拶もそこそこにその場を走り去っていった。
「変なの…」
川の近くまで歩いていくと、せせらぎと共にバシャバシャと音がする。
(え?まさか…動物がいるの?)
獰猛な獣だったらどうしよう、とマヤの顔から血の気が引いて、生い茂る草の間に思わずかがんでしまった。
すると、バシャバシャという水音が突如として消えた。
(あら?…気のせい?)
もしくは動物が川から去って行ったのか――。
マヤが確認しようと顔を上げると、そこにはマヤの頭二つ分以上背の高い
少年が、ずぶぬれの状態で立っていた。
驚きで立ちすくみ、声も出ないマヤを見下ろして
「こんなところに…王女がくるとは…」
と表情を変えずに言ったのだった。
お待たせしました。
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