44 遭遇 ①
「マヤ様…大変です。犬の鳴き声が聞こえます」
ハルケ山に近づくに連れ、聞き覚えのある犬の遠吠えが大きくなってきた。
「な、なんだ…?」
「こんな所で…野犬の群れか?」
兵達にざわめきが走った。
野犬が出るのは噂で知っているがこんな昼間から,しかもハルケ山より手前で出没するとは聞いていないからである。
それが馬に伝染し、行軍する馬の動きが落ち着かなくなった。
野犬の声は近づいているが、ニキアスはそれに動じず馬を進めた。
ニキアスの黒馬も特にパニックになる様子も無く落ち着いている。
その時、横にいたユリウスが声を挙げた。
「あ…!ニキアス様、見てください!」
そこには街道のど真ん中に鎮座する大きな身体の白狼――いや野犬が居るのが見えた。
見覚えのある銀ががった白っぽい毛並みと、金色の燃えるような眼をした堂々たる体躯のそれは堂々とこちらを見つめている。
ニキアスは少し笑って言った。
「何だ?先日の礼を言いにきたか?」
返答するようにリーダー犬は身体をゆっくりと揺らしながら、ニキアスへ近づいてきた。
見れば、枝が刺さった後ろ足部分の毛並みが少し汚れている。
後ろ脚を引きずるようなぎこちない歩き方ではあったが、傷は順調に直っているようだ。
ニキアスの乗る馬が顔を下に降ろし、白い犬に顔をこすりつけブルルッと鳴く。
犬は少し後ろに下がってから響き渡るような大声で遠吠えをした。
すると、ハルケ山近くの雑木林から次々に野犬らが姿を現した。
数匹どころの話では無い。
何十匹ものリーダー犬ばりの大きな身体の犬が続々と現れて来る。
まるで屈強な兵士の様だ。
恐怖に騒ぎそうな兵らを手で後ろへ下がらせて、ニキアスはリーダー犬の様子を黙って見ていた。
ニキアスの方を見つめながら、顔を前に振る仕草はまるで『着いて来い』と言っている様だ。
ニキアスは後ろを振り向き
「皆、出発再開だ。行くぞ」
と隊列を組む兵等に言って街道を堂々と先導していく犬の後ろを辿り始めた。
********
鳶色の髪をした白い仮面の少年は、小さく舌打ちをしてタウロスへ言った。
「見ろ、やっべぇ…ボレアスがあそこに居るぜ」
とても普通の視力で見えないが、彼は行軍を見渡して言った。
双眼鏡を使わずとしても見えているのには理由がある。
神の加護を使っている為――彼の視力は格段に上がっている。
今彼は常人とは違う景色を見る事が出来るのだ。
「ミリスも結構いる。くそ、あんにゃろ…あんなに連れてきやがって…」
ちッと再び舌打ちをしたアナラビは、それをタウロスに聞き咎められてしまった。
「…アナラビ、舌打ちと『くそあんにゃろ』とは行儀が悪いですな」
「おっと…悪り、悪りっ」
アナラビは隊列を見直すと呟いた。
「やはり効率が良いピンポイントで行くか…」
後ろに控える数百人の厳つい盗賊集団には、奴隷や逃亡した剣闘士も入っている。
「それじゃあ、オレと…タウロスが、黒仮面将軍の足止めな」
アナラビは、自分と後ろに控える巨体の男を親指で指さした。
「ボレアスが反撃したらどうしますか?」
タウロスがアナラビへ尋ねた。
「それは厄介だが、あそこにゃぁ子犬がいたろ?」
それだけ言うと、アナラビは『分かってるよな?』と言わんばかりに破顔した。
「ただ傷つけんなよ?子犬はボレアスの宝だ。オレはまだアイツに完全には恨まれたくないからな」
アナラビは自分の肩をグルグルと回すと
「ん…じゃあ神の加護を祈るとすっか」
粗野な言い回しをしたと思うとザッと音を立てその場に跪いた。
「…神よ、勝利するための加護を願い奉る」
彼の祈りの姿はいつでも神々しく美しい姿だ。
(この姿にカリスマを感じ、彼を慕う者のなんと多い事か)
タウロスは思った。
「それでは皆戦いの宴に向かうとしよう。必ず生きてハルケの麓まで戻れ」
立ち上がって彼は盗賊団の並ぶ方を振り向いた。
一瞬太陽の光が照らして『アドステラの閃光』という名で呼ばれた彼の白い仮面が、既に血で赤く染まっているように見えた。
お待たせしました。
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