37 警告 ①
ニキアスがテントを出て馬たちのいる簡易的な厩舎に向かおうとすると雨の中を転がるように駆けてくる少女の姿があった。
「ニ…ニキアス様っ!」
(ナラと言ったか)
「マ、マヤ様はご無事ですか…?」
少女はニキアスを見上げて訊いた。
どうやらこの少女は先程のテント内にはいなかったらしい。
「あの…お二人の声が聞こえて…」
『お邪魔になるかと思って別のテントで待機してました』と真っ赤になりながらナラは言った。
「…そうか、気を遣わせたな」
とナラの頭をポンポンとするとナラへと言った。
「マヤが独りになっている。他の奴隷と共にテントに戻ってやってくれ」
そして今度は顔見知りの――自分の命令をきちんと遂行しそうな兵へ命令した。
「この少女…ナラを俺のテントへ連れて行ってくれ。俺が戻るまで警護も頼む」
「承知しました」
兵と共にニキアスのテントへ戻るナラを振り返って見送ると、ニキアスはまた厩舎に向かって歩き出した。
*******
雨足は大分落ち着き、雷はすっかり遠ざかった様だった。
ぬかるんだ地面を歩いて厩舎に着くと、既に世話役の奴隷と兵が集まり大分興奮する馬を宥められていたらしい。
随分落ち着いている様子だったからである。
ニキアスが皇帝ガウディからこの皇軍『ティグリス』の将軍に抜擢されたのは理由がある。
勿論ガウディの義弟であるという事のみならず、個々の戦闘能力は戦いの神『ドゥーガ神』の加護を受ける戦士のなかでもずば抜けて高かった。
しかしガウディが最も重要視したのは馬を使った戦闘能力だ。
(因みにこの時代馬を活用するのは騎馬民族のみだった)
実際の戦闘に馬を入れ始めたのは『イェラキ隊』率いるニキアスが先がけである。
そして馬を飼育して交配し、育てるのを始めたのもニキアスが初めてだった。
それまでアウロニア帝国で馬を飼うというのは『野馬を捕まえては乗りこなせるまで乗り続ける』という効率の悪い方法のみだったからである。
ニキアスが厩舎の馬を一頭一頭確認しながら回ると、ニキアスの愛馬が佇んでいる。
下草を食みながら、思っていたより落ち着いた様子だった。
黒毛の他のそれより一際大きな馬だが、雄馬で本来の性格は猛々しい。
もともとニキアスが神殿にいた時に、騎馬民族よりドゥーガ神に捧げられた仔馬の内の一頭だった。
その性格の激しさに神殿内で飼う個体としては不向きと言われニキアスが世話をするようになったのである。
「…どうだ、雷が怖くなかったか?」
太い首元を撫でると『別に』と言った様子でブルルッと鳴くと、ニキアスに顔を擦りつけてきた。
「そうか。良かった」
ニキアスが首筋をポンポンと撫でると、彼は気が済んだようにまた下草を食み始めた。
ニキアスが辺りを見渡すと厩舎の近くの大木の一つに雷は派手に落ちたらしい。
厩舎のテントをぎりぎり躱す形で雷で裂けた木が倒れている。
直撃したら数頭の馬に大きな影響が出たに違いない。
ニキアスは先程の会話を思い出していた。
『――マヤ、お前か?』
『ち、違います…違うと思います…』
(――天罰)
ニキアスの脳裏にその言葉がうかぶ。
(それとも――警告か)
『レダの預言者へ手を出すな』という――。
ニキアスは踵を返し、厩舎とテントを後にした。
何時の間にかあんなに降っていた雨は上がっていた。
お待たせしました。
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