35 ピュロスの行方 ②
R15になります。嫌な方はお気をつけてください。
『ニキアス様…何を恐がっていらっしゃるのですか?』
わたしは自分の言葉の選び方を間違えたと直ぐに悟ったけれど――遅かった。
ニキアスは暗闇の中ゆっくりと身体を起してわたしの言葉を繰り返した。
「…俺が恐れていると言ったか?」
(しまったわ!地雷を踏んでしまった…)
ニキアスが信仰する宗教『ドゥーガ』神の戦士にとって勇敢果敢である事が誇りだ。
何者も恐れず立ち向かう姿勢が美徳とされている。
だから『ドゥーガ』の息子である戦士に『恐れる』とは一番言ってはいけない言葉なのだ。
(分かっていたのに…!)
わたしは唇を噛んだ。
後悔してももう遅い。
ニキアスの身体から薄っすらと怒気が立ち昇っていくのが暗闇の中でも分かったのだ。
「...何故そんな表情をする?マヤ王女」
「ごめんなさい…誤解なんです、ニキアス様。わたしはそんなつもりでは…」
「誤解?ではどういう意味で言った?お前は恐れていると言ったが俺が一体何を恐れると言うのだ。今度は俺を臆病者だと誹るつもりなのか?」
「そんな…違います!わたしは…」
滔々と話すニキアスの言葉はわたしに対しての怒りを含んでいた。
わたしは『誤解です。そういう意味ではなくて…』と言おうとニキアスの顔を見上げて、思わず息を飲んだ。
暗闇の中でニキアスの両眼が燃えるように光っている。
まるでハルケ山であったあの野犬のリーダー犬の様だ。
態度や声までも冷たい雰囲気を纏ったニキアスは先程までとは全く別人の様だった。
(どうしよう…すごく怒っている…)
いきなりニキアスはわたしの両手を上へと持ち上げて引っ張った。
そのまま片手で纏めると、寝台にぐっとわたしの手を縫い留める。
「…あっ!…」
「...いいだろう。お前に煽られて俺も気が変わった」
そう云うとニキアスはもう片方の手で易々とわたしの膝を割り脚の間にその逞しい身体を強引に入れて来た。
(脚が閉じられない――!)
「...ま...待って下さい!…ニキ…」
「待たない――もう」
そしてニキアスはわたしの顔の横にドンっと片手を付くと、宣言するように耳元で囁いた。
「――今ここでお前を抱く」
遥か遠くで雷鳴の音が聞こえ始めた。
********
雨足がさっきよりも少し強くなった。
空に響く雷鳴もずっと聞こえて続けている。
徐々に大きくなっていく様はまるで誰かの怒りの声の様だ。
ニキアスはわたしの顎を片手で掴むと深く唇を重ねてわたしの唇を食んだ。
「...う、んっ…んんっ…」
「...もっと舌を出せ、マヤ...」
思わずニキアスの逞しい胸板に添えていた手に力が入る。
(ニキアスの身体が…重すぎる…!)
わたしを逃がさない様にする為か、ニキアスは完全にわたしの身体に体重をかけて覆いかぶさっていた。
ニキアスは噛みつくような深いキスをした後、その温かい舌でわたしの唇と歯列を強引に割って侵入した。
そしてわたしの舌を狩人のごとく捕らえると、ぬるりと蛇の様に舌を巻き付けて何度も強く吸っていった。
「んんっ...んー!...」
抉るような荒々しいキスに恐怖を感じたわたしは、両手でニキアスの逞しい胸板をグイと推したが彼の身体はビクともしなかった。
(い...息も苦しい…)
「…んんっ…う…」
「――苦しいか?」
ニキアスはわたしの表情を見るとわたしからゆっくり唇を離した。
「…い、息ができませ…」
「...そうか――それは可哀想に」
そう言ってニキアスは顔を傾けるとわたしの耳たぶを唇で挟んだまま軽く歯を立てた。
「……あっ!…あ…」
「…ふ...どうだ?…これで息はできるだろう?」
「...い、息は――え?」
耳のとても近くでニキアスの声がするとわたしが気付いた瞬間――いきなり温かいニキアスの舌が耳の奥へと差し入れられた。
「…あ…っあ!…」
逃れようとしてもがっちり抑えられて顔を動かせない。
耳の中で頭がおかしくなるくらいジュプッ、ジュプッとニキアスの舌が鳴らす水音が響く。
キスも愛撫も同じ事をしている様で全くの別物だ。
さっきまでのわたしを気遣うようなキスや羽毛の様な触れ方の面影はどこにも無い。
ただひたすらニキアスに貪られていると感じるだけだ。
ニキアスの全身の身体の重みと熱を感じると同時に、彼の舌と唇が荒々しくわたしの首筋を這っていく。
ニキアスは強く吸ってはわたしの肌に歯を立てていく。
(なのにどうして…)
わたしは思わず吐息を漏らした。
「…ふぁ...あん…あぁっ…」
「…思っていたより悪くなさそうだな、マヤ。こんな風に荒く抱かれているというのに…」
わたしの耳元でニキアスがフッと笑った。
「いやらしく…腰が揺れているぞ」
揶揄するようなニキアスの言葉で、わたしの顔が燃えるように熱くなった。
「そのまま大人しくしていろ。お前はただ俺の与える快楽に身を任せていればいい。…俺がお前の全てを奪う」
ニキアスの言葉と共に彼から吐き出される熱がわたしに伝染って『このまま全部ニキアスに奪って欲しい』という感情に全身が支配されていく。
(このままわたし…ニキアスと?...)
わたしは目を閉じた。
けれど次の瞬間――。
(だめ!)
わたしの脳裏にあの時の――マヤ王女が火炙りで処刑される光景がいきなりフラッシュバックした。
******
頭の中で突然警鐘がガンガンガンガンと激しく鳴り始めた。
同時に誰か――女性の声が頭の中で響いた。
『マヤ――この様な形でニキアスに奪わせてはなりません』
この展開ではいけない。
そして今ではない。
『奪わせてはなりません』...?
(頭の中で…誰かの声が聞こえてる)
(これは何?)
(誰の声なの?)
そこでわたしははっと我に返って気づいたのだ。
(この展開...小説と全く同じになってない?)
小説『亡国の皇子』の中で、預言者は常に神と通じ合える稀有な存在だ。
けれど預言者自体の性格や行いのほとんどが神に直接関係が無く、神自体も清廉潔白な人格者を預言者には求めない。
極論神の言葉を正確に伝えるのが役目である以上、預言者がどんなに極悪非道な行いをしても神にとっては大事な伝達者なのだ。
つまり預言者は『神に対してのみ誠実で従順であれば良い存在』という事になる。
してはいけない事は二つだけ。
一つ目は神からの預言内容を歪曲した形(嘘も含まれる)で伝える事。
預言内容を他人がどう受け取ろうと勝手だが、預言者は神の言葉を正確に伝えなければならない。
そしてもう一つは何等かの原因・理由で自分の信仰する神を敬わなくなる事だ。
これは後に預言者の資質と資格を奪われることになる。
レダの預言者マヤ王女が必ずしも処女である必要は無い筈だが、何故か小説内でマヤはニキアスに処女を奪われて以降完全に預言能力を失った。
小説内での彼女が二つの内のどれか、若しくは両方を満たしたのかもしれない。
そして今心配なのは――今のわたしにレダ神の預言者の能力があるとは思えないけれど、ニキアスの運のケチの付き始めがマヤの処女を無理に奪った所から始まるのを考えると。
(もしかすると...駄目なんじゃなじゃない?この展開は…)
『このままではわたしもニキアスも『亡国の皇子』のストーリーから助からないのでは?』
とわたしは思い始めた。
「ニキアス!…やっぱり駄目です。お願い、話を聞いて…!」
わたしは身体をよじってニキアスの拘束から逃れようとした。
どうにかしてニキアスに話を聞いてもらわなければいけない。
このままでは多分わたし達は何処かで『The END』になってしまう。
お待たせしました。
読んでいただきありがとうございます。
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