29 帰途の選択 ④
(もしかしてヤキモチを焼かれちゃったのかしら…?)
だとしたら――申し訳ない。密にニキアスに恋する女性は多分いるだろう。
(そうよね。素顔があんなに素敵で実はとても優しいと知れば)
そう思いつつも何て声を掛ければいいのか分からないままカーラを見つめていると、彼女はわたしからふいと目線を反らしてため息をついた。
「仕方が無いわね…預言者だから連れて来られたのかしら。もしかしたら――これからころ・・・かもしれないし」
「――は?ころ…?」
カーラの独り言が気になったけれど、途中からその内容が聞き取りづらくなってしまった。
(何て言っているんだろう…でも独り言だから聞き取れなくてスルーしていいのかな?)
相手の発言を一生懸命聞き取ろうとするのは、(元の世界で)日本人だった哀しい性だろう。
わたしはいつのまにカーラのすぐ近くまで移動していたらしい。
側に寄ってきたわたしに気づくと、驚いたカーラが大声を上げた。
あんまり大きな声だったので、言われた方のわたしが驚いてしまう位だ。
「――なっ、なんですの?貴女何をしていますの!?」
「あっ…ごめんなさ…」
その時、ニキアスが供も連れずにバサッとテントの天幕を勢いよく開けて入ってきた。
そしてわたしと、驚いたカーラ嬢をそれぞれ確認するように、まじまじと見つめたのだった。
*******
「…の?…何をしていますの!?」
ニキアスが外の天幕を開けて自分専用のテントのに入るや否や鋭い女の声を聞いた。
見ればちょうど十六、七歳くらいの長身の少女がマヤを見下ろして立っている。
少女が放った言葉に彼女がびくっと身体を震わせて謝っている所だった。
不思議だった。
(今までなら…いの一番にマヤが何かしたのか勘ぐる所だが)
自分を不安そうに見上げるマヤを見ると、何故だかニキアスは自分の心が騒めくのを感じた。
ニキアスはずいっと足を前に進めるとマヤの方に向かって歩いていった。
「…マヤ…何とも無いか?」
(本当に…不思議だ)
マヤはニキアスを見ながらしどろもどろにニキアスへ伝えた。
「あ…わた…わたしは大丈夫です。あの…わたしが彼女にいきなり近づいたから驚かせてしまって…すみません」
ニキアスは大きくため息をついてマヤの小さな肩をポンポンと叩いた。
「そうか…」
ニキアスは、ユリウスがテントにいたと言っていた少女がマヤと彼の様子を注意深く見つめているのに気づいた。
ニキアスは艶やかなブルネットと印象的な緑の瞳を持つ少女の方へ振り向いた。
「…お前が後宮からきた侍女か?」
少女は書状をニキアスへうやうやしく渡すと優雅に一礼をした。
「カーラと申します。ニキアス様の全てのお世話をするように申し付けられました」
ニキアスは彼女を見つめた。
目の前に立つ少女は、見鼻立ちがくっきりとして華やかな美しい顔をしていた。
いかにもガウディ皇帝が気に入りそうな豊満な身体付きで頭の回転も悪くなさそうである。
…義兄上からのスパイか、若しくはいつもの嫌がらせか。
(――スパイだとしても大分舐められたものだ)
ニキアスはカーラの言葉に頷き、改まった口調でカーラに告げた。
「そうか――陛下のお心遣い大変ありがたい」
「では…」
自分の立場を承認してもらったと思ったカーラがニキアスの言葉に微笑んで頷いた。
ニキアスはマヤの方を一瞥してから言った。
「――しかし、俺は戦の間女は抱かない主義だ」
ニキアスはカーラの顔を見ながら薄っすら笑って言葉を続けた。
「集中力が失われ闘争心が弱まる。いくら腰抜けと言われようが俺の主義なのでな。だがせっかくの義兄上の心遣いだ…ダナス副将軍を紹介してやろう。女日照りが辛いとぼやいていたからな」
「なっ…」
カーラが絶句していると、ニキアスは手を挙げてパチンと指を鳴らした。
すると待っていたようにユリウスがテントに入ってきた。
「お前の父へ譲ってやろう…どうだ?カーラ。ダナス副将軍は絶倫で有名だぞ」
カーラが怒りに燃える瞳でニキアスを睨みつけた。
「そんな目で将軍様を見たら燃え上がっちゃうよ?」
とユリウスはそんなカーラに注意するように言った。
ユリウスはカーラの腕を優しく取りながら
「安心してよ。僕の父上は抱く女性の扱いだけは天下一品なんだ。ただ可哀想に朝まで寝かせて貰えないと思うけどね」
ユリウスは天使の様な笑顔でにっこりと笑うと、心底嫌そうな表情を浮かべるカーラの腕を引っ張ってニキアスのテントを出ていった。
お待たせしました。
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