27 帰途の選択 ②
「ニキアス様に言いつけちゃうからね。将軍のテントにも僕が連れていくから、君もう帰っていいよ。ただあとで怒られる覚悟はしておきなよね」
とユリウスが言うと、わたしを連れた兵は真っ青な顔になった。
後に『地獄の天使』と異名をつけられる彼は、その麗しい見た目とは裏腹な容赦の無い決断を無慈悲に実行するからなのだが…。
目の前に立つ彼はまだあどけなく西洋絵画に出てくるようなキューピッドのような紅顔の美少年だ。
「あの…ではユリウス様に連れて行ってもらいますから」
わたしはそそくさとその兵の側を離れユリウスの側へと移動した。
「あれぇ?…僕の名前、知っていらっしゃるんですね」
ユリウス少年は、わたしをひょいと覗きこんだ。
その表情はとても十五歳とは思えない大人びたものだった。
これから彼は数年後にニキアスを裏切り、親友になったギデオン率いる反乱軍へその身を投じて数々の武勇伝を作るのだけど――。
そのため帝国からは裏切り者とされ、実の父ダナス将軍(このころ将軍になっていた)は投獄されてしまう。
あくまで主人公はギデオンなのよね。
それだけユリウスが主人公ギデオンに傾倒したともいえるんだけど、ユリウスが離れるきっかけになったのはニキアスの義兄ガウディ皇帝の弑逆のところからだから――。
(何とかならないかなあ…)
わたしはユリウスのつるっとした美しい顔を見ながらそんな事を考えていた。
「それじゃあ行こっか」
ユリウスがわたしへと声を掛けた。
わたしはユリウスの後へついて歩いた。
綺麗な男の子の顔に声変わりしたばかりなのか、少しハスキーな声が不釣り合いな気がしてなんだか可愛らしい。
見覚えのあるテントに戻ると入口近くのテント幕を無造作にバサッとユリウスが開ける。
するとその入口付近に立っていた女性がパッと後ろを振り向いた。
少し長身の手足の長いスタイルの良い女性がこちらを振り向いていた。
ハッキリした目鼻立ちのその女性はわたしより年下の十六、七歳くらいだろうか匂い立つような美貌の持ち主だ。
つややかなブルネットと森のような深い緑の瞳を持つ彼女はなぜだが見つめていると胸がざわざわとする。
美しさと気品を兼ね備えている感じがする美人だった。
(何故この世界はニキアスやユリウスを始めとして、美男美女ばかりなのかしら?)
思わずぼうっとして彼女の花の様に美しい顔を見つめていると、わたしの代わりにユリウスが警戒したように訊いた。
「あんた…一体誰?何故このテントにいるのさ?」
**********
「あんた見ない顔だなあ。ここへどうやって入ったの?」
ユリウスの警戒した様な声に、ブルネットの彼女は気が付いたように気が付いて美しく膝を屈めて挨拶をした。
「――ご挨拶が遅れました。わたくしカーラと申します。皇宮付きの侍女でございましたが、この度ガウディ皇帝陛下様のご命令でニキアス様の身の回りのお世話をする様に仰せ遣いました」
その返事にユリウスは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「へえ…。どうせお世話なんて夜しかしないだろ?」
「これをどうぞご確認ください」
その言葉をスルーして、カーラは羊皮紙の様な目の粗い紙を取り出しユリウスへ書類を手渡そうとした。。
「これは僕じゃなくてニキアス将軍に渡してよ」
ユリウスはその書類にちらと目を通すと、直接受け取らずに戻した。
「じゃあ…マヤ王女様。このままこちらでお待ちください。僕今椅子を持ってきます。あとで身支度を手伝ってくれる者にも声を掛けておきますね」
ユリウスはカーラを無視する事に決めたらしい。
わたしを座らせための簡易的な椅子を奥の部屋へと取りに行った。
けれどユリウスの言葉にカーラは『え?』と言わんばかりに眉を顰めてわたしを見つめた。
「――貴女が、…そうですか」
何か含むような視線とカーラの言い方が気になったが、わたしはユリウスが探して持って来てくれた折り畳みの椅子へ座りユリウスへお礼を言った。
「案内して頂けてとても助かりました。ありがとうございます」
その言葉にユリウスは驚いたようにわたしを見たが、ふっと笑顔になった。
「どういたしまして、マヤ王女様。何かあればまたお申し付けください」
去り際に美しいお辞儀までしてユリウスはテントを出ていったのだった。
お待たせしました。
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