83 運命のパズルのピース ⑤
ごめんなさいm(__)m
大変お待たせしました!
『結局『神』の頸木から二人を解放する事が出来なかった』
陛下はそう言ったきり、黙ってしまった。
(神の頸木って?)
「それは…一体どういう事でございますか?」
わたしは陛下に尋ねた。
見上げた陛下の顔は何時もの様に無表情なのに、なぜかその後悔の感情が伝わってくる。
(知りたい)
地下牢で話していたボレアスとエシュムン医師の話が真実であれば、陛下は恐ろしい死の神『ヴェガ』の預言者で、『ヴェガ』の病を患い死期が着々と近づいているという事だ。
(陛下は一体…何を考えていらっしゃるの?)
アウロニア帝国の皇帝という地位の他に、一体何を背負っていらっしゃるのだろう。
「あの…今からでも取返しの付かないものなのでしょうか…?」
思わずわたしの口からそんな言葉が出た。
陛下の言葉通りならば、残念ながらお母様はお亡くなりになってしまっているけれど
(ニキアスはまだ生きているし、まだれっきとしたアウロニア帝国の将軍だわ)
けれど、それに返答する陛下の声は恐ろしい程平板で断定的だった。
「――もう遅い」
「遅い…?」
(それはもう始まってしまって止められないという事?)
「部屋まで送ろう」
ひび割れ声で陛下はそれだけ言うと、俯いて直ぐに前を向いて歩き始めた。
歩幅が広くスタスタと歩いて行ってしまうので、わたしはまた少し小走りになりながら慌てて後を付いて行った。
(ああ、またこのパターン…)
と思っていると、陛下の足がぴたりと止まった。
そして少し後ろを振り向き、小首を傾げながらわたしに向かって
「早く来い」
と言う様に、顎をクイと動かした。
*****
横並びで陛下と歩き出すと、陛下は前を向いたまま言った。
「ニキアスの元に戻ったら…直ぐにレダの神殿へ行け。お前が真に自由でいたいのなら、女神の前で『預言者』である事を棄却せよ」
「はい…承知致しました」
「…外に出たなら決して『レダ』を疑うような言葉を口にしたりや態度に出してはならぬ。ギリギリの瞬間まで女神を信仰している様に見せかけよ。でなければ直ぐに恐ろしい女神の干渉がお前を襲うだろう。皇宮にいる間はその力を留めることができていたが、ここから出ればそれも――難しくなる」
わたしは陛下の言葉にいちいちコクコクと頷いた。
けれど――それはニキアスにも相談する事も出来ないという事だ。
結果的にニキアスの事も騙すという事になるのだけれど
(果たしてそんな事がわたしに本当にできるかしら…)
陛下の言葉に不安が込み上げてくる。
(せめてニキアスには相談したいのに...)
わたしの心の中で『ニキアスに言う』か、『言わざるべきか』のジレンマが激しくせめぎあっているのだ。
そのまま迷路の様な皇宮内を並んで歩いて暫くすると、見知った廊下に出てやっとわたしの部屋に到着した。
陛下は白い扉の前で無表情のままわたしを見下ろして言った。
「安心するが良い。お前と皇宮で会うのはこれが最後となろう」
チクリとした痛みが胸を刺す。
(…『最後』…)
その言葉にわたしは思わず陛下の顔を仰ぎ見た。
「そう…なのですか?」
「何だ?」
陛下は小首を傾げるとわたしへと尋ねた。
「何故そんな顔をする?」
「え…ええと…何でもありません。ただ…」
自分でも驚く程、わたしの心は激しく動揺していた。
(もう…陛下にお会いすることは無いのかもしれない)
それは同時に、これからこの帝国が覆すことのできない混乱と戦乱に巻き込まれていくという事も指している。
(このまま今生の別れになってしまうかもしれない)
なぜなら陛下は既に決めているのだろう。
これから間違いなくやってくる蝗害と反乱、そしてアウロニア帝国領での戦の勃発――無理に占領し続けた他国からの報復と侵略。
あちこちで生まれたヘイトやいずれ対抗すべく生まれた反抗の芽は、わざと摘み取らずに残しているのだろう。
『皆既日食』の時はあんなに元老院にわたしの『預言』を取り上げたのに、何故『蝗害』については通さないのだろう――とぼんやりと疑問に思っていたのが、今なら分かる気がするのだ。
もしかしたら――わたしの『預言』が的確過ぎたのかもしれない。
今更『蝗害』から起こる争いの兆しを潰すわけにはいかなかったのだ。
だから洪水が起こる可能性のあるテヌべ川に、申し訳程度の護岸工事を行い避難場所と食糧庫を造り――それで終わりにした。
あんなに一生懸命地図と頭を突き合わせていたわたしの努力は、殆ど無駄だったと言えるけれど。
(…ボレアスとエシュムン医師の話が本当なら)
陛下の目的は――ザリア大陸での大規模な戦争。
陛下はアウロニア帝国全土を戦争に巻き込みたいのだ。
(自分が皇帝になったのも…きっとそれが目的なんだわ)
恐らく用意周到な陛下の事だ。
今このタイミングで戦に突入出来る様に着々とこれまでの計画を進めているのだろう。
*****
「いえ…な、何でもありません。ただ…」
マヤ王女は俯いたまま首を小さく振った。
蜂蜜色の艶やかな髪が弾む様に動いて、さらさらと長い髪が華奢な肩から滑り落ちた。
豪華で鮮やかに装飾のされた廊下に佇む二人は暫く無言であった。
暫くしてマヤ王女は口を開き、小さな声でぽつりと言った。
「ただ…今更陛下に信じて頂けるかは分かりませんが、此処を去るのはわたくし…」
『さみしいのです』
と言ってまた俯いた。
ガウディは小首を傾げたままマヤ王女を見下ろしていたが、ふと手を伸ばし
そっと彼女の顎に指を掛けた。
そこにあったのは――蜂蜜色の艶やかな髪に囲まれた白い頬を染め、海のように碧い瞳を潤ませたマヤ王女の小さな顔だった。
鮮やかな花弁の様な唇が小さく震え、何かを訴える様に僅かに開いている。
「陛下…わたくしお願いが…」
マヤ王女の顎に触れたガウディの手を追いかける様に、王女の白い手がガウディの腕に触れた。
「あ…あの、桃を最後に…め、召し上がっていかれませんか?」
お待たせしました。m(__)m
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