24 レダの加護において ③
「ニキアス、お願い…手を貸してくださいな」
わたしは無言で後ろに立っているニキアスへ声をかけ、彼からの返答を聞く前に頼んだ。
「この脚を貫通している枝を斬り落としてほしいの。わたしじゃ上手く斬れないだろうから」
「マヤ…」
後ろ脚を貫通する枝が無くなれば、あとは身体に乗る樹の枝だけだ。
それをどかせばきっと彼(若しくは彼女)は動けるだろう。
横たわって目を閉じる犬に向かってわたしは呼びかけた
「身体を押さえるために触るね。足を固定したいから」
犬の脚元に屈み、貫通した枝のある辺りの後ろ脚が動かないようにぐっと手で押さえる。
犬の身体がビクリと跳ねたが、さっきの様に唸ったり吠えたりはしなかった。
ニキアスは少しぶつぶつ言ってから、また大きくため息をついた。
「言っておくが助けた後の責任はとれんぞ」
わたしにそう言ってしぶしぶと剣を抜いた。
「押さえている枝を剣で切って下さい」
「…承知した」
そう言うやいなやニキアスは振ったのが見えない位の速さで、あっという間に枝を切り捨てた。
犬は一瞬だけ声を上げた。
わたしが犬の身体の上に乗っている太い枝を一つずつどかしていると
「下がってろ」
と言ってニキアスは代わりに枝をどけてくれた。
「…ありがとうニキアス」
と言うと彼は軽く肩をすくめただけだった。
「残ったのはこの枝だけ。いいわね、引き抜くわよ…頑張ってね」
わたしは犬の後ろ脚に刺さって残る枝を握って、少しだけ顔を上げた犬に向かって言った。
その言葉で、わたしの言葉が分かっているように犬は目を閉じた。
***************
犬の身体に刺さる枝をしっかりと握り、ぐっと引っ張り上げた。
すると、そっと大きな手がわたしの手に添えられた。
見上げると背後にいるニキアスがわたしの手を上から握っている。
「ニキ――」
「手を貸すだけだ」
ニキアスはそう言いながら犬の脚を押さえ、わたしと一緒に犬の後ろ脚を貫く枝をゆっくりと引き抜いた。
「ググッ」
犬はくぐもった声を出したが、身体を動かすのはなんとか堪えてくれた。
楔になっている枝を引き抜き終わると、そのまま血の付いたそれを地面へと投げ捨てた。
わたしは自分の斜め掛けの荷物から手ぬぐいを出して、そのまま足の付け根の辺りをきつめに縛った。
「ね…足は自分で動かせる?」
わたしは顔を上げて横たわった犬に尋ねた。
すると、わたしの言葉が分かったかの様に犬は怪我をした脚をゆっくりと動かした。
(良かったわ…神経の損傷はないみたい)
血が吹き出す様子もないから、大きな血管も傷つけて無いようだ。
上手く傷が感染せずに癒えれば、歩行は出来るはずだ。
(あ、そうそう…消毒っと…)
わたしは背後にいるニキアスへ振り向いて
「ニキアス。お酒を持っていたら貸してくれませんか」
またお願いすると、彼は今日見た中で一番の嫌そうな表情をした。
ニキアスは顔をしかめたまま、無言で背中に背負っていた布袋からお酒の入った小さな容器を取り出すと、わたしに嫌味っぽく言った。
「後でまとめて貸しを返してもらうぞ」
わたしは思わず言い返してしまった。
「この土砂崩れをお教えしたではないですか。それでチャラですわ」
それを聞いたニキアスは目を丸くすると、その後わたしがびっくりする程盛大に吹き出した。
「あの…お酒を…」
「――好きなだけ使えばいい」
声も無く笑い続けるニキアスに声をかけると彼はお酒の入った容器をわたしの方に放り投げた。
「滲みると思うけど、頑張って我慢してね」
犬はブルブルと身体を震わせていたが、わたしは声をかけながらまんべんなく酒を少しずつ傷口にかけていった。
出血した傷口の上から綺麗な手拭をしっかりと巻き付けて結ぶ。
「よしっと…」
わたしは額の汗を手の甲で拭って犬へ声をかけた。
「よくがんばったわね。少しずつ立ってみてくれる?」
わたしの声掛けで、犬はゆっくりと立ち上がった。
(やっぱり…身体が大きい)
犬か狼なのかは分からないけれど、美しい白銀の毛並みの大きな身体をブルッと震わせてゆっくりと立ち上がった。
後ろ脚をぎこちなく動かすと、傍に座っていた仔犬に向かって首を振って合図をする。
そして犬は一瞬わたしの方を見てから、倒木を避けながら土砂崩れの無い森林の奥へと姿を消したのだった。
お待たせしました。
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