75 蟲の王 ①
お待たせしましたm(__)m
虫の記述が出てきます。
嫌いな方ご注意ください。
「あの…ボレアス…?」
マヤ王女の声にハッと我に返った『ヴェガ』神の神官は、彼女が自分にした質問の内容を思い出した。
『ボレアスはその…お薬の事をご存じ…?』
ボレアスは牢の柵越しに、こちらを見上げるマヤ王女の不安そうな表情をじっと見つめた。
(…確かに『女が起きている』と言っていた)
物音と共に牢屋の通路に飛び出してきたネズミが、そうボレアスに教えてくれたのだ。
であれば――何処の部分からか分からないが、王女が自分とエシュムンの話しを聞いていた可能性がある。
それをわざわざ薬の事をボレアスに訊くという事は
(先程の我等の話しを王女が聞いていない…か、聞き取れていなかったのか?)
(いや、若しくは)
聞いていても『知らない振りをする』と言う選択をしたのか。
(あの時何かを期待して話を続けたのだが…)
どうやら――自分の見当違いだったのかもしれない。
「…ええ。陛下の薬の事ですね。エシュムンに…」
王女の問に返そうとした時。
ボレアスの鋭い聴覚はここから少し離れた場所ではあるが、地下牢に入る為の通路の入口の鍵が開く金属音を捕えていた。
独房の鍵を取りに行ったエシュムンが、わざわざ地下牢の扉を開けて外へ出たとは考えられない。
(…誰かが来たのか?)
とボレアスが思ったのと同時に、再び王女の引き裂く様な悲鳴が地下牢中に響いた。
*****
「きゃあああああああ!!」
いきなり王女の悲鳴が聞こえて、ボレアスは牢の方へ振り向いた。
そこでボレアスは驚くべき光景を目にした。
(何だ?これは一体…!?)
それは異様とも言える光景だった。
なんと壁と床の細い隙間からマヤ王女が嫌悪するあの虫が、まるで水が噴き出すが如く次々と現れたのだ。
(まさか…何かの前触れか?)
あまりにも普段とは異なる虫の群れの行動に、ボレアスは以前のハルケ山に居た時に起こった地震と土砂崩れの前兆を思い出した。
「ボ、ボレアス…開けて。早く…ここを開けて下さい!」
マヤ王女は再びパニックになって叫んだ。
王女の閉じこめられている牢の床は、彼女の足元を除き、あっという間に大量の足の長い虫で覆われ出した。
マヤの声に釣られ、ボレアスは慌てて牢の扉を開けようと柵を掴んだ。
――がしかしガシャンと金属音が響いた瞬間、ボレアスはまだそこに鍵がかかっている事を思い出した。
もちろん帝国制の地下牢の独房である。
頑丈な鉄柵は、流石のボレアスでもこの場でどうにかできるようなものでは無い。
一般の犯罪者でなく、テロリストの様な反逆者や強盗殺人を繰り返す凶悪犯が放り込まれる場所だけに、簡単に破られる様な柔な代物ではなかった。
「きゃああ!増えてる…いや!気持ち悪い!!」
この間にもまるで王女の叫びに呼応するかのように、隙間から溢れるが如く湧いて出る虫の数が増えていく。
しかもボレアスはそれを上回る――ある衝撃的な事実に気付いた。
先程『ヴェガ』神に祈りを捧げてその場でとどまる様に命じたそれらが、いつの間にか動き出している。
(私が命じていたものが何故…!?)
止めていたものが指示を無視して動き回っている事に、ボレアスは一瞬混乱した。
(そんな馬鹿な…)
遥か昔からの伝承では、女神『レダ』は生き物とは言えど、作物に食害を与える昆虫――蟻やバッタ、また共食いも辞さない肉食の類…カマキリや蜘蛛といった昆虫等を好まなかったと言われている。
それが真実か否かは『ヴェガ』神の神官であるボレアスでも知らない事であった。
けれど昆虫の他――古来より陽光を避け日陰を好む生物や、地中にいる類のもの、沼地にいる蛭やワニ、狂暴な大蜂や虻の類は、豊饒の女神『レダ』と言うよりもむしろ『ヴェガ』神の遣いとされている事が実際に多かった。
だからこそ――湿地や日陰に多く潜み、墓地にも多くいるこの足の長い虫は、『ヴェガ』神の神官である自分の指示に従う筈であった。
(それなのに――自分の呪文が破られている)
ざわざわと草が薙ぐような音を立てて近寄ってくる虫の集団を目の当たりにして、もう耐えられなかったのか、マヤ王女は蒼白になり、独房の鉄柵を叩き始めた。
「いやあ!開けて!開けて!!ボレアス!お願い開けて!!」
「王女…落ち着いてください。ただの虫です。決して命を盗られる訳ではありません。エシュムンが今鍵を持ってきますから…」
半狂乱になるマヤに、ボレアスはひたすら『今エシュムンが鍵を持ってくるから落ち着きなさい』と呼びかけた。
すると――次の瞬間だった。
「マヤ王女!?」
王女がその場で力が抜けた様に、いきなりガクリと崩れ落ちたのだ。
*****
「い…息が…でき…目が、回る…」
話が出来なくなった様に片手で喉を押さえながら、マヤ王女は座り込んでいた。
ボアレスはそっと呼びかけた。
「王女…大丈夫か?どうしました?」
倒れた訳では無いが、王女は柵を掴んだままその場で顔を伏せてしゃがみ込んでいる。
マヤ王女の様子は先程と較べて明らかにおかしかった。
彼女は無言で浅く早い呼吸を繰り返し、目をぎゅっと瞑っていた。
柵をきつく掴む手は細かく震え、顔面が蒼白のままボアレスの声はまるきり届いていない様子だった。
(もしや過換気症候群か…?)
ボレアスは直ぐにマヤ王女の柵の目の前にしゃがんだ。
「…いいですか?ゆっくり息をして、大きく吐いて下さい。マヤ王女…私の声が聞こえますか?」
マヤ王女に呼びかけた時――屈んでいたボレアスの頭上から、ひび割れた低い声が聞こえた。
「ボレアス…そこを退け」
お待たせしました。m(__)m
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