68 地下牢の真実 ③
お待たせしました。
(まさか…)
(まさか陛下が…!?)
『ヴェガ』神の『預言者』だったなんて――!!
しかも『ヴェガ』神の『預言者』なのに、『ヴェガの呪い』と言われる病にかかってしまっているって…。
(一体…どういうことなの!!?)
思わず後退りしてしまった。
わたしの履いていたサンダルがズズっと音を立てる。
(…あ!)
その瞬間――エシュムン医師とボレアスの会話が止まった。
――いけない。
やってしまった。
*****
エシュムンは隣を歩く背の高い白髪の神官を見上げた。
「はて、今…何か音がしましたかな?」
「……」
ボレアスは顔を上げて、薄い金色の瞳で薄暗い地下牢の通路奥を見た。
するとキキッと小さく声を上げながら、その通路の奥からこちらに向かって二匹の灰色のネズミが走って来た。
一匹はエシュムン等の足元を走り去ったが、残った一匹のネズミは何かが気になるのか、ボレアスのマントの足元に留まって小さな鼻と髭をヒクヒクと動かした。
「…何だ。ネズミでしたか」
拍子抜けした様にエシュムンが言った。
ボレアスは足元のネズミを見つめた。
鼻をひくつかせていた灰色のネズミは、後ろ足で立ち上がりそのままボレアスのマントを掴んだ。
ネズミとボレアスは一瞬通じ合っているかの見えた。
「…そうか」
ボレアスの声に返事をする様に『キッ』とネズミは声を上げると、一匹目の後を追って通路の奥へと走り去った。
ボレアスはまた通路の奥に視線をやった。
*****
わたしの靴音にびっくりしたのか、牢の何処かに潜んでいた二匹のネズミが丁度いいタイミングで、わたしの目の前を走り去っていった。
「…何だ。ネズミでしたか」
暫くしてエシュムン医師の声が聞こえた。
わたしはバクバクと激しい動悸に襲われていた。
心臓がこのまま口から飛び出してしまいそうだ。
(ああ…バレなくて良かった。ネズミに助けられた…)
大きくため息を吐きそうになったわたしは慌てて口を手で押さえた。
緊張のしすぎでなんだか何だか気持ちが悪い。
嗚咽してしまいそうなのを必死で我慢しながら、わたしは今の二人の話を頭の中で整理した。
(ええと…つまり…)
――陛下は『ヴェガ』神の『預言者』で。
尚且つ…今現在『ヴェガ』の呪いの病にかかっている。
(そんな事って…)
あまりにも衝撃的な情報が多くて、頭がパニックになりそうだ。
(いえ、既になっているかもしれないわ)
もしそれが本当なら…陛下はいずれ――死ぬ。
(…敵国や敵対勢力、刺客、『ニキアスに倒される』とか関係無く…)
あの冷酷で非道と言われる陛下が『ヴェガ』の呪いで
(死んでしまう…)
あまりにも衝撃的な事実にショックを受けたわたしの手は細かく震えていた。
(ああ、ダメ…落ち着いて…落ち着かなければ…)
知らず知らずのうちに過呼吸になってしまっている。
ボレアスは獣人族で、元の姿は白い犬だ。
鼻が利き、耳も良い。
気を抜けばすぐにわたしが今の二人の話しを聞いている事がバレてしまう。
(落ち着いて、気を付けないと…ボレアスがそこにいる)
わたしは努めて冷静でいる様にと、何度も自分に言いきかせた。
こんな大変な事実を知ってしまったと二人と…陛下にバレてしまったら。
一体どうなってしまうのか…想像も付かない。
(きっと…このまま何も知らないフリをしていた方がいいんだわ)
全く整理出来ていない頭でも、きっと『世に自分が知らない方が良い真実はある』とは分かってる。
このまま寝てるふりをしようと、音を立てない様に注意しながらわたしは土臭い冷たいゴツゴツした地下牢の床へと、ゆっくりと横になった。
そしてそのまま丸まった姿勢で、息を殺しながら、また二人の会話に耳をそばだてた。
するとボレアスは、さっきとは違った会話をし始めた。
「エシュムン。お前はザリア大陸の七兄弟神が、本当はそうで無かった事を知っているか?」
*****
「…エシュムン。お前はザリア大陸の七兄弟神が、本当はそうで無かった事を知っているか?」
「知りませぬが、まあ正直興味もありませぬな。我が神は『ヴェガ』様だけですので」
あっさり言い切ったエシュムン医師を見て、ボレアスは小さく笑った。
「お前とあの子は本当に良く似ているな。物事にはっきりして取捨選択に迷いが無い」
「取捨選択と言うなら、儂よりも陛下の方がずっと複雑でいらっしゃるでしょう。そもそも…生まれてからずっと生き物の死の瞬間が見え続ける人生なんぞ、儂には到底耐えられませぬ。気が狂ってしまう」
「…そうだな。人間の身にはさぞ辛かろうな」
「『預言者』を返上するまで能力を他人には覚らせず、返上したらしたで今度は、アウロニア国領土を拡大させ、後にその領土で戦を起こさねばならぬお役目を負うなど――儂だったらまっぴらごめんですな」
その言葉にちくちくと『ヴェガ』に対する嫌味を感じて、ボアレスは小柄な医師へと言いきかせるように言った。
「エシュムン…分かっていると思うが、その道をあの子自身が選んだのだ」
「無論承知しております。ボレアス様」
エシュムンはボレアスを見上げ、表情を変えず頷いた。
「確実に拡大しつつある『レダ』神『メサダ』神の二大勢力に対抗する為に、『戦』と『死』…その方法で一気に『ヴェガ』様のお力を増すしかないのは」
「……」
「……」
二人の間に気まずい沈黙が落ち、エシュムン医師は取り成す様に尋ねた。
「…それで、確か兄弟神の話しでしたかな?」
*****
「そう…話しはザリア大陸、七兄弟神教のはじめだ」
ボレアス神官は小さく咳払いをして話し始めた。
「大陸に七つ星が地に落ちてそれぞれ神になった…というのが、どの神々の経典のはじめにある通説なのだが、実際星として空に現れたのは三つ星だったのだよ」
エシュムン医師は怪訝そうな表情を浮かべた。
「はてさて…そりゃおかしな話ですな。儂でも間違っていると分かりますぞ。七つが三つとは、子供でも数え間違えだと分かりますがね。失礼ですが…ボレアス様、何かの勘違いでは?」
ボレアスは白い端正な顔にほんの少し笑みを浮かべた。
「ふふ…エシュムン。私は神官ぞ。この話はセレネ様から直にお聞かせいただいたものだ。しかもセレネ様は『ヴェガ』様から…だから間違えようもないのだ」
「…なるほど。では三つの星が、何故いきなり七つに増えたのですか?」
「増えたのではない。三つの星が更に…割れたのだ」
*****
『光り輝く三ッ星がザリア大陸の空に現れた』
『それらは途方もない光を放ちながら熱く燃え、地上に落ちる寸前に、七つに分かたれた』
三つの星の内――星の一つは、大小二つに分かれた。
大きなひとつは空に引っかかったまま、その炎は消える事無く燃え続け、やがて『メサダ』と成った。
そして小さな一つは地上に落ち、炎を使う鍛冶の神『エイダ』と成った。
そしてまた三つ星の一つは、更に三つに分かれた。
割れた星の中で大きなものは地上に落ち、豊饒の女神『レダ』と成った。
次に大きい物は音楽の神『ルチアダ』と成った。
一番小さなほんの欠片に過ぎない星は、地上で『コダ』と成った。
しかし『コダ』と成った星の欠片は、常に元の完全な星の姿に戻りたがっていた。
残りの一つ星も大小に二つに割れた。
大きな欠片は地上の割れ目の奥深くに落ち、闇と死の神『ヴェガ』と成った。
そして小さな欠片は戦と争いの神『ドゥーガ』と成った。
「…これが実際の七つ星の正体だ」
白髪の『ヴェガ』の神官は厳かに語った。
「…神々は自らの星が割れてしまった事を、不完全で恥ずべき事だと思っている。完璧でない事を――特に、自分を崇めるこの地の人々に知られたくない。だからこの話は…意図的に隠されてしまっていると『ヴェガ』様が仰っていたそうだ」
お待たせしました。m(__)m
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