64 地下牢の真実 ①
お待たせしました。
何処かで滴る水音がする。
(あれから…どれくらい時間が経ったのかしら?)
結構時間が経った気もする。
叫んでいた為か喉がカサカサする。
ゴホンと咳き込みながらわたしは辺りを見渡した。
小さな明り取りの、窓とも言えない隙間から細く外の光が入ってくる。
その光に、地下牢に舞う無数の土埃が舞っているのが見えた。
執政官も流石に少しは考えてくれたのか、わたしが入れられたのは独房だった。
完全な――昔の映画や漫画とかでしか見た事なかった牢である。
大きな石を積み上げただけの三方の壁に、床は石と土の上に藁が申し訳程度敷かれている位だ。
地下牢は小さな篝火の焚かれている細長いもぐらの穴の様だった。
集団様と独房とは別の通路に分かれて独房の中は薄暗い。
陽の光が入って来ないので、時間の経過も分かりにくい。
わたしは大きくため息を吐いた。
執政官への抗議をしたけれど、結局衛兵に連れられて、この場所まで運ばれてしまった。
彼等は気の毒そうな表情を浮かべ『陛下が目覚められる数時間の辛抱ですよ』と言いながらも、スムーズにわたしを牢の番兵に引き渡した。
更に強面で厳つい体格の番兵は、なおも声を上げようとするわたしをジロリと睨み上げ
「あまり騒がれますと他の囚人のいる牢へとご案内することになりますが」
と威圧的に脅してきた。
(もう…!どうしてこんな事になってしまったの?)
藁が敷いてあるにしてもごつごつとした床に、わたしは腰を下ろして膝を抱えた。
どこからか風が入っているのだろう、湿った土の空気とかび臭い匂いが流れてくる。
(独房で安心した…ってなる訳がない)
こんな所でひとりではとても心細いし耐えられない。
これからどうなるのか分からなくて不安でしかたない。
(ドロレスがわたしを毛嫌いしているのは常々気付いていたけれど)
まさかこんな思い切った行動に出るとは考えていなかった。
あと数日でニキアスが帰ってくるという時に。
(どうしよう)
このままもし陛下が数時間じゃなくて――もっと長く目覚めなかったら。
*****
けれど、地下に来て分かった事もある。
わたしは石で出来た壁を見つめた。
(不思議…正直臭いし、暗いし怖い…けれど)
地下という環境は妙な雑音というか、ヘンにわたしの精神に干渉してくるものが地上よりもずっと少ない気がするのだ。
なんとなくだけれど
(ここにいる方がずっとレダ様の影響が少ないのかもしれない)
と思えるのだ。
状況は最悪だけど、久しぶりにスッキリと頭が冴えている気がする。
(とは言え…)
さっきの陛下の言動を考えようとすると、わたしも訳が分からなくなってくる。
(あの陛下の『愛してる』は一体何だったのかしら?)
以前わたしは、廊下でニキアスの声に似せた陛下に同じ台詞を言われ、揶揄われた事があった。
(あれは…今回も同じように陛下の戯れだったのかしら)
そしてあの口づけは。
(あれは一体…何だったの?)
今更自分がキスされてどうこうと云うよりも、陛下の行動が全く意味不明の謎だらけなのだ。
生々しい話になるけれど、こんなに多くの愛人や側妃を抱えている割に陛下の行為が非常に『淡泊』だと言われている所以は――実際の行為が、いわゆる『挿入』のみのあっさりしたもの、という事にある。
『淡泊』と言えば聞こえはいいが(噂では)前戯どころか、行為中にも相手の身体には殆ど触らない。
もちろん行為後の相手を思いやるピロートークも無く、終われば直ぐ帰ってしまうという徹底ぶりらしい。
愛や性欲が目的で無いのは誰の目にも明らかで、あくまで所有の印として、もしくは自分の子を残すための行為だと割り切っているのが分かるのが、陛下の『お渡り』の通常運転だ(らしい)。
そして一番驚いたのが、普段から陛下はキスすらしないという事実だ。
皇位についてからというもの常に命を狙われ、愛人の一人に口内に仕込まれた毒薬で暗殺されそうになったという経験が、キスを完全に避ける様になった原因なのかもしれないけれど。
(それなのに)
何故わたしにはキスをしたのだろう。
(…大分意識も朦朧とされていたからかしら…)
(…分からないわ)
実際もう分からないことだらけである。
(…分からない事は考えるのは止めよう)
わたしはまたぎゅっと膝を抱えて目を瞑った。
*****
誰かの声で目が覚めた。
「ん……」
薄暗い中暫く膝を抱えていたら、壁にもたれながら少しウトウトしていたらしい。
(わたし…こんな場所でも眠れたんだわ)
と意外に自分の神経が太い事に驚いてしまう。
番兵が持って来てくれたのだろうか、何時の間にか同房の中には粗末な食事らしき物が小さな木のトレイに乗っていた。
(…こんな状況では、とても食べる気にはなれないわ)
わたしはコルク栓付きの瓶に入っている水だけ飲んで、トレイの上に戻した。
すると、なにやら入口の方でなにやら騒がしく言い争う声が聞こえる。
(なにかしら?)
もしや陛下が目覚めて、皇宮からお迎えが来たのかもしれない。
淡い期待を抱いたわたしは、鉄格子に飛びついて独房が並ぶ廊下のずっと奥を凝視した。
すると、何人かの足音と誰かが話す声が、向こうから近づいてくる。
「こんな勝手な事をして、これでもし私がドロレス様のお怒りを買ったら…」
「…だから儂に任せておけと言うとるじゃろうが…」
良く聞けばさっきの厳つい番兵が小さな人影と言い争いをしている様だった。
「ですが…」
「くどいぞ、何度も言っとる。やかましい。マヤ様に聞こえてしまうじゃろうが。静かにせい」
「王女なら眠ってましたよ」
その人物はちッと舌打ちをし、自分よりもはるかに大きな体躯の番兵に鋭い声音で叱りつけた。
「黙らんと、ドロレスに処される前に、今ここで儂がお前を殺ってもいいんじゃぞ」
その殺気を含む声色に、厳つい番兵は先生に叱られた生徒のように首をすぼめ、黙ってしまった。
篝火にその声の主が照らされるのを見て、わたしは声を上げそうになった。
「…!…」
(エシュムン様だわ!)
皇宮の御侍医で好々爺の様なエシュムン様が、ドスの効いた声で自分よりも二回り以上大きな兵に恐ろしい事を言い放っている。
しかもエシュムン様の後ろには、ガウディ陛下並みに背の高く白いフードを被った謎の人物が立っていた。
(…誰かしら?)
まさか――へ…。
(…いえ、陛下の訳が無いわ)
とわたしは思い直した。
そのひとは深く被ったフードを外すと、軽く頭を振った。
背が高いから、天井近くの篝火の灯りで髪が銀色に光った。
火に照らされてその人の顔がハッキリと見える。
わたしは思わず息を呑んだ。
「――!!」
そのひとは眉根を寄せ、不快と言う表情をしながら、エシュムン様を見下ろして言った。
「…酷い匂いのするところだな、エシュムン。こんな所にマヤ様がいらっしゃるなんて、おいたわしい…」
わたしは心の中で叫んだ。
(嘘でしょ!?どうしてここに…!?)
フードを外した人物、その人は。
(ボレアス…!)
見覚えのある白髪。
白い肌の端正な顔――。
確か彼とは、最後ハルケ山で別れたはずだ。
普段は大きな白い犬の姿で、白銀の仔犬を連れた獣人族の男。
エシュムン医師の後ろに立っているのは、その彼に他ならなかったのだ。
お待たせしました。m(__)m
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