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嘘つき預言者は敵国の黒仮面将軍に執着される  作者: 花月
3.亡国の皇子
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60 ファム・ファタル ②

お待たせしました<(_ _)>

「…レダよ」


「は?…」

(陛下?)


いきなり『レダ様』って…何?

(一体どういう事なの?)


レダって、女神様のこと?

何故ここで女神様の名前がでてくるのだろう。


陛下が何か...女神様とわたしを間違えているって事?

(勘違いか何かをしていらっしゃるという事なの?)


端から見ればけっこうな甘いシーンだろうに、陛下に抱き寄せられ半口を開けたままぽかんとしているわたしは、大分間抜けな表情をしていただろう。


「へ…陛下?いけません、あの…」

愛人の身でこの状況にいけないも何も無いのだけど、わたしは自分の身をよじり、せめて陛下の身体の上から逃げようとした。


けれど陛下の長い腕でがっちりと、まさに羽交い絞めのように抱き締められていて、とてもわたしの腕力を撥ね退ける事が出来そうにない。


針金の様に痩身でいらっしゃるのにすごい力である。


(どうしよう…)

陛下の焦点の定まらない瞳と表情を見て、その時わたしはハッと気付いた。


(さっきの丸薬がもしかして…)

いつもの陛下と違い様子がおかしいのは、陛下がさっき飲んでいた妙な匂いのする『痛み止め』とやらの薬が作用しているのかもしれない。


(多分数粒を一気に飲んでいた...)


陛下は『痛み止めだ』っておっしゃっていたけれど。

もしや陛下が飲んだあの妙な匂いのある薬は。


(あれは強い痛み止め...いわゆる麻薬の一種のようなものだったのかもしれないわ)

とすると、陛下はそんな物を飲まなければいけない程、痛みが強かったということになるのだけれど。


「…レダ…だ」

陛下が小さく呟いた。


『…陛下に逆らってはいけません』

思わず以前忠告された時のリラの台詞を思い出してしまう。

いつ正気に戻るか分からない陛下の身体の上で、これ以上じたばたと動くわけにもいかない。


どうしたらいいのか、衛兵を呼ぶべきかとわたしは迷いながらも

「あ、あの、わ…わたくし女神様では有りませんわ。陛下、お願いです。お気をしっかりと…」


わたしはまだぼんやりとした陛下の瞳をしっかりと見ながら、言葉を選んで訴えた。


「…黙れ」

ひび割れた声がわたしの耳元で聞こえた、と思った瞬間――くるりとわたしの身体は反転してあっという間に寝台の上に押し倒されていた。


 *****


「あ、陛下…!」


筋肉の塊の様なニキアスの重量よりかほんの少しマシかもしれないけれど、陛下の長身の身体が上に乗って、わたしの身体は柔らかい羽毛の布団の中に沈んでしまった。


しっかりと寝台に押し付けられて

(ダメだわ…とても逃げられない)


半分諦めた時、わたしの顔の真横で顔を伏せていた陛下が低い声で話し始めたのだった。


「…何故だ?」

「え?」

「何故お前は未だ夫…ヴェガにそう執着する?」

「は?」


本日二度目の『は?』だ。


一体どういう事なの?

『レダ』神には夫がいたの?


(わたし…知らなかったわ)

マヤの記憶を辿ってみても、預言者の記憶の中にそんな事実は存在しない。


神々は慈悲深いが崇高で完成された存在であり、そんな俗世と同じ様な愛のかたちをとらないと殆どの人が考え。


しかも夫の名は。


(…夫の名前がヴェガ?)


この地に生まれる人の子として付けるには『ヴェガ』はかなり忌むべき名だし、レダ神と共に名前が出てくるのは


(ただひとりしかいないわ)


 *****


(それ…ヴェガ神様しか考えられないわ)

そう思った瞬間、いきなり頭の中の霧がスッと晴れたように思い出した。


それはさっきの陛下の声と同時に、二重に聞こえた老人の声の記憶だった。

(わたし…その声を直に聞いた事があるわ)


以前一度きりだけど、確かにわたしは彼とお会いしている。

ニキアスと共に迷いながら濃霧の森を抜けて――。


そこにいきなり現れた古く小さな神殿。

微か囁き声のする草原。


幾つも月が浮かび、星が瞬く濃紺の空。


三日月のネックレスをした白い狼『セレネ』が導いてくれた不思議な神殿にいらっしゃった白髪で長い髭の小さなおじいさん。


わたし達はその正体が、死厄災を司る終りの神――『ヴェガ』神だと知る事になるのだけれど。


(あのおじいさんの声だった)

次いでわたしは思い出したのだ。


ヴェガ神様の庭から去る直前に

「あなたは節目となる鍵のひとりですから。わたしの妻にどうぞ()()()()言っておいてくだされ」

とヴェガ神が仰っていた事を。


その時は(節目の鍵?わたしの妻?)と疑問に思ったけれど、結局そのまま深堀せずに帰ってしまった。


ヴェガ神の話しと陛下の台詞を推察すれば――。

妻『レダ』神が、夫『ヴェガ』神に執着しているってことになる。


わたしは心の中で首を捻った。


(イマイチ想像が…難し過ぎる)


レダ神はその姿を描いた姿絵でも石像でも、豊作の穀物の畑を表す様な蜂蜜色の豊かな長い髪と、海を彷彿とさせる碧い瞳と地に咲く花々の様な唇を持つ――長身で豊満な超絶美女だ。


(それが…あの優しそうだったけど、白い髭と禿げた頭の小さなおじいさんと?)


「…何故だ?答えろ、レダ」


そしてどうして今――ヴェガ神様とレダ様の名前が同時に、現アウロニア帝国皇帝陛下の口から出てきたのか、わたしには全く分からなかった。


 *****


自分の声が思い切り震えているのが分かる。

「は、あ、あの…」


怖れ多くもレダ様自身でもないのに、わたしは思わず答えてしまった。

「ヴェガ様とは…わた…わたくし…ヴェガ様に…執着など致しておりませぬ」


何度も何度も繰り返して読んでいたから、覚えている。

神々の話しは小説『亡国の皇子』の冒頭にほんの少しだけ書かれていた。


かなり短いエピソードだったけれど、こうだ。


遥か昔、この地――ザリア大陸に七兄弟神が降り立った。

その役割はすでに確立していて、それぞれの神々として信仰の内容も異なっていた。


(それで小説の中での話は終わり…)


小説のメインエピソードはギデオン少年の転落と追放された後の王位奪還が中心とそれに関わる人々についてのはなしだから、宗教に関わる事のほとんどが小説内で触れられていない。


ただ多くの人々が信仰する神を持つザリア大陸の中で、ヴェガ神だけが忌神とされ迫害された歴史があるが、少数ながらまだひっそりと信仰する人々は居たはずである。


「陛下…?」

わたしの台詞を最後まで陛下が聞いていたのか分からない。

わたしが答えたと同時にまた寝息の様な呼吸音が耳元で聞こえたからだ。


(…また眠られたのかしら)


少し落ち着いたら改めて衛兵かリラを呼ぼうと考えたわたしは、陛下のずっしりとした身体の重みを感じながらも考えていた。


おずおずと手を伸ばし、わたしの手の届く範囲だけど先程の陛下の様に骨ばった固い背中を小さく撫でる。


(実際はどうなのかしら…)

陛下の言葉に驚いてしまったけれど、別に神々に夫や妻という概念があってもおかしくはない。


(あえて考える事も無かったけれど)

元の世界のエジプト、ギリシャ・ローマ神話。


古代インドや日本でも古くから神々の結婚や恋愛話しはあったし、兄弟間の結婚も特に珍しくもない話だ。


恋愛だけでなく、兄弟間の諍いや怒りや裏切りのエピソードも多々ある。


(そう言えば…)

わたしがニキアスに処女を捧げた時、確かにメサダ神の怒りを感じた。


その時の『メサダ』神の癇癪を起したような言動を考えれば、この世界の神々も『人間』の様な感情や行動を取る事があると分かる。


(でも…)

そこでその神々が人間の感情や運命を操るちからがあるのが怖いのだけれど。


『女神の操り人形』


陛下の台詞がくっきり脳裏に浮かぶ。


それが真実だとしたら――わたしはこの世界にきてからずっと。

レダ神に操られるがまま、無意識にメサダ神に逆らう行動を取るように仕向けられたという事になってしまう。


今はもうかつてのマヤ王女の様に、女神様を盲目的に信じることは出来ない。


(そう、この世界での預言書…)

従来の運命の流れである『メサダの書』、メサダ神の預言書とは異なった行動を取る様にわざと女神様に導かれてしまったのではないか?


そしてその時改めて気づいた。


(ニキアスへの気持ちは?)

ニキアスを愛していると思った、わたしの気持ちはどうなのだろうか。


器であるマヤ王女では無く、わたし自身がニキアスを『好き』と思った気持ちは…それもまた、レダ様に操られていた可能性はないの?


(自分が彼を、心から愛していると…思っていたはず)


それは本当に?

自分自身の心で?


(分からない)

分からない。


今となっては――全てが疑わしい。

(ニキアスに会って早く確認したい)


(なんて事かしら)

他人どころか――おのれの心すら疑わなければいけないなんて。

お待たせしました。m(__)m


読んでいただきありがとうございます。

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