22 レダの加護において ①
ニキアスは、彼にしがみついているマヤ王女の表情を覗き込んで驚いた。
眉根を寄せて瞳を閉じている。
(まさか…恐怖で気を失ったか?)
いや――気を失ってはいない様だった。
その証拠に彼女が唇を動かし何か呟いているのがわかる。
けれどその内容はニキアスには聞き取れなかった。
まさか――
(今ここで神託を受けているのか?)
ニキアス自身のマントを頭から被りドゥーガ神の加護を祈り何とかこの事態に対応したはいいが、このタイミングでの『レダ』神からの神託とは――間合いが悪すぎる。
『ドゥーガ』の加護を唱えたニキアスのマントは強度が格段に上がり固い盾の代わりにはなるが、これ以上泥の量が増えれば今度は足元から麓側へ流されるおそれがある。
そうなれば自分はともかく、身体が小さく力も無いマヤ王女はこの泥の濁流にのみ込まれて簡単に死ぬ可能性大だ。
(――それにしても)
ニキアスは目を閉じて何か呟いているマヤを見て思った。
もし――マヤから『土砂崩れ』という自然災害を聞いていなければ、もしくは自分が実際に体験しなければ、このままハルケ山を行軍するルートを変更する事はなかったに違いない。
(そしてこの災害によって、軍馬や重量物を持った兵らは成す術もなく流されてしまっただろう)
濁流の音が激しくなり防護するマントへの負担が重みを増して限界になってきた。
(ドゥーガ神の加護だけでは十分でないのだ)
このままでは耐えきれない。
ニキアスは迷った。
(くそ…)
チッと軽く舌打ちをして昔神殿で何度も唱えていたレダ神へ加護を祈り始めた。
(――レダ神よ)
(レダ神よ。俺の声を聞き入れ給え)
ニキアスは抱きかかえるマヤと流れてくる泥水で足場の悪くなっていく自分の足元を確認しながら、レダ神への加護の祈りを唱えた。
ニキアスはレダの神殿を出奔してからレダ神に祈った事がない。
自分がレダ神に必要とされている存在なら、王女からこんな辱めを受けるわけがないと思っていたからだ。
けれど今はそんな事を考えている猶予は無い。
マヤ王女諸共自分もこのままでは流される。
「…レダ神よ」
(貴女の愛娘マヤ王女の危機です。どうか俺に彼女を守護する力を与え給え)
泥や石によって重さが増すマントの下で、十数年ぶりにニキアスは再びレダ神に祈りを捧げたのだった。
**************
暫くすると先程までの轟音が止み始めた。
足元の泥水の流れとマントへかかる重さが少しずつ減少していく。
(なんだ?レダ神に祈りが届いた…のか?)
ニキアスは下を向き目を閉じる彼女へと呼び掛けた。
「マヤ…マヤ!?」
ニキアスの声がやっと今聞こえたかの様に、ゆっくりとマヤが顔を上げた。
一瞬驚いた様な表情をしたマヤへニキアスは尋ねた。
「大丈夫か?」
マヤはニキアスに何か言いたげに見つめたが、少し首を振ってから頷いた。
「…ええ、大丈夫です」
「レダ神の加護で泥の流れが一時的だが止まったようだ。今のうちにこの場所から脱出した方がいい。走れるか?」
「大丈夫だと…思います」
「行くぞ」
ニキアスがマントを勢いよく振ると、マントの上に累積していた泥水と石の塊が地面へ滑り落ちた。
よく見ると石や泥水は細かく震えながらその場に留まっていて、完全に止まっているわけではない様だ。
(――不思議だ)
こんな光景をニキアスは今まで見た事が無い。
けれどいつこの状態が崩れて先程の様に土砂が流れてくるか分からない状態でもあった。
(一刻も早くこの場所を去らなければならない)
ニキアスは焦っていた。
****************
「わあ…土砂が止まっています…すごいわ。どうやって…」
「早くいくぞ、マヤ。このレダの加護が何時まで持つのか分からない。早急にこの場から離れなければ」
「は…はい。わかりました…」
目の前の光景に驚きで声をあげたマヤの手を強引に引っ張り、ニキアスは震える泥と岩石の波を越えて行った。
(…この辺りまで来れば大丈夫だろう)
土砂が流れて来ない少し小高い開けた場所に登りニキアスが安堵した途端、泥の波は崩れ始めた。
すると先ほどマヤとニキアスがいた辺りの地面は、たちまち泥水に飲み込まれてしまった。
お待たせしました。
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