58 神を捨てる ③
お待たせいたしました。m(__)m
「帝国が滅びゆく僅かな間だが、な」
「え…?」
(わずかな間…?)
僅かな間って…どういう事?
陛下の台詞が引っかかる。
思わず隣にいる陛下を見上げて訊いてしまう。
「…わ、『僅か』とは一体どういう意味なのですか?」
すると陛下は帝国のミニチュア模型に視線を移してから、壁のレリーフをしばらく見つめた。
「…良いのか?話しても」
誰に対する問なのか唇を薄く開けた陛下は、珍しくこのまま話を続けるか躊躇っている様にも見えた。
「あの、陛下?…」
「――その言葉の通りだ」
と、いきなり陛下は話を続け出した。
その無表情な横顔と淡々とした物言いが、わたしにかえって嫌な予感を感じさせる。
「お前も以前そう預言しただろうが、これからアウロニア帝国領は戦火に包まれ滅ぶ。そしてその寿命は長くはない」
*****
(滅ぶ?)
(寿命は長くない…?)
口の中がからからに乾いてスムーズに声が出せない。
衝撃の言葉だった。
(陛下は何を仰っているの?)
これからアウロニア帝国はわたしが読んでいた『亡国の皇子』さながらの展開になるという事なの?
帝国が戦火に包まれる可能性があるという事は、事前に陛下にはわたしの預言・神託と云うかたちで伝えてある。
『皆既日食』事件より以前のバアル様が同席するなかで、陛下に直接『蝗害が原因で河川沿いの村や各神殿の場所から飢えによる反乱が起こって国内へと広がる恐れがある』、と地図で確認しながら報告してあるのだ。
だから――わたしの言葉を信じて陛下やバアル様が対策を練ってくれているものだと思っていたのに。
『これからこの国は戦火に包まれる』
(だったらわたしは...)
何のために陛下やバアル様へ預言の内容を伝えたというの?
*****
(今まさに目の前のミニチュアの模型見ながら、陛下はわたしと『蝗害』への対策をの対策の話しをしていたのに)
だからバアル様が今まさに災害の起こりそうな場所への視察をしているし、そのための避難場所の設置や、溢れそうな河川の工事や有事の食糧庫を各地に蓄えたりしているのではないのか?
そう考えて、今陛下は手を尽くしているのではないの?
こんなに対策を考えているというのに、それでは不十分と云うことなのだろうか。
(分からない...)
わたしは混乱した頭で、ようやっと声を絞り出し尋ねた。
「い…一体何故…陛下、何故避けられないとお考えなのですか?こんなにいろいろと手を尽くしていても…」
「お前にはここまで備えているのも関わらずと不思議だろうが」
陛下はわたしの呆然とした表情を見ながら説明し始めた。
「対策自体が完璧ではない…そもそもまだ発生していないハリケーンや『蝗害』とやらが起こる可能性を鑑みて、あの河川一体に大規模な護岸工事をするのは、あの付近の村人に重い税や長期の過酷な労働の負担を強いることになるのだ」
「…はい」
「人材を募集しながら工事も進めているが、人手不足だ。首都から工事の増援部隊を派遣しても…恐らくそのハリケーンの発生までに工期は間に合わん。あの辺りは僻地の上、川の氾濫危険個所が多い。貧しい村民達の畑も多く、長期の工事をすれば間違いなく周辺民に負担がかかる。
そして冠水によって畑に影響が出れば、作物も採れず確実に人々は飢える」
「…ええ、そうですわね、きっと…」
それは簡単に想像できることだ。
「余が行なっているのはあくまで応急処置的な措置だ。災害が起こった時に最小限の被害で済むための工事と対策に過ぎぬ。災厄の全てを塞ぎ着れるものではない」
「…で、ですがそれでも、ある程度備えておけば…」
(食糧不足による争いだけなら…回避出来る可能性は十分あるわ)
そもそもそれが誘爆となって、そのまま次々と帝国への不満を持った民の争いが最終的にアウロニア帝国の至る処まで広まるのだ。
わたしの知っている小説『亡国の皇子』では、アウロニア帝国滅亡のきっかけは、『蝗害』によって食糧不足に陥る民の間での争いだ。
けれど陛下の次の言葉を聞いて、わたしはハッと小説の内容を思い出した。
「…しかしその混乱に乗じ、きな臭い動きをしている隣国らが我が国に攻め入る恐れがある…」
アウロニア帝国は、恐ろしい早さで一期に周辺国を侵略し国土を広げたため、奪った国の統制が完全には取れていない。
そのため植民地とした隣国の国々も、帝国の弱体化する瞬間を虎視眈々と狙っている。
「外交する中で怪しい動きをする国々が幾つか見つかっているからな」
「まあ…」
(そしてわたしが読んでいた『亡国の皇子』の中では)
それを絶好の機会をとらえたアナラビことギデオン=マルス王子は、隣国に手助けしてもらいながら、圧制に苦しめられた民と共に首都ウビン=ソリスに攻め入って王位(皇位?)を奪還するストーリーが生まれている
でもその時に皇帝の座に就いているのは。
謁見の間にある煌びやかな玉座に座っているのは。
(血まみれの鎧を身に纏い、目の前にいるガウディ陛下を殺し皇帝の座を奪ったニキアスだった筈だわ)
ガウディの義弟――ニキアス=レオス将軍が皇帝になっていた未来だというのに。
それとは別にだが、あの夢が引っかかる。
(あの夢…)
あの夢は、一体なんなの?
ニキアスが同じ様に皇位に就いてはいるが、まるで皇后であるかのように妊娠したわたしがその横で座っていた夢だ。
あれは予知夢の一種ではないのか?
(あれは一体何?どういう意味だったの?)
分からない。
分からない。
今のわたしには。
*****
(それじゃあ…)
このまま結局ニキアスが陛下を殺すという流れになってしまう、という事なのか。
このまま為す術も無く、わたしが読んだ小説通りの未来に成ってしまうのか。
(そういうことなの…?)
わたしは自分の声が震えるのを止められなかった。
「へ…兵の強化を…どうぞ、皇軍を派遣してそれぞれ各国の国境沿いに…」
「無駄だ。戦はどう足掻いても避けられぬ」
「陛下、ですが…」
「余に2度同じ事を云わせるな」
次の瞬間、わたしの耳に陛下のひび割れた低い声は不吉な預言の様に響いた。
「この地が誕生してから何者もその『運命』だけは変えられぬ」
*****
「う…運命?」
わたしは呆然としたまま陛下の横顔を見つめた。
何者も変えられぬ運命――って言ったの?
確かに『亡国の皇子』のストーリーではそうだ。
けれど。
(けれど皆既日食の預言も上手く躱せたわ)
蝗害もその後の他国との戦争も――備えて対応すれば、もしかしたら最悪の道を通らなくてすむかもしれない、のに。
なぜこんなに確信を持って『滅ぶ』なんて不吉な事を口に出すのだろう。
この帝国の皇帝でありながら。
「運命で…ございますか?」
傲慢で残酷・冷酷――生まれついての王族で、自分の思いのままに人や国を動かし、このアウロニア帝国を瞬く間に築き支配してきた立場の人が。
『運命』なんて言葉一番が似合わない――この国の権力のトップの座にながら。
(こんなにあっさりと自己の帝国が滅ぶ未来を肯定するなんてあり得ない)
どこか――皇宮の庭木にいるのだろう、小鳥のさえずりが微かに聴こえる。
けれどその可愛らしい声も穏やかな日の光も作り物の様に不自然に感じられる。
まるでこの部屋だけ別世界のような静けさが部屋の中に広がっている。
その時、わたしの目の錯覚かと思ったけれど。
陛下が小さくフッと笑った――様な気がした。
そしてそのまま陛下はいつもの低いひび割れた声で話し始めた。
――けれど。
何故かどこか聞き覚えのある老人の声も副音声の様に混じっている。
「マヤ…『運命』とやらはお前の方がずっと詳しかろうが。レダの預言者よ」
そう言って陛下はわたしの方を向いて、わたしの顔をじっと見つめた。
「へ…陛下?…」
わたしは瞳を反らせなかった。
まるで陛下の無表情な真っ黒い瞳に、虚無の闇に身体ごと捕らえられたかの様に。
「もうすぐ皆にとっての終末の時が来る…レダの預言者よ。残念だが――この地の歴史は終わる。必ずこの帝国は燃える運命なのだ」
そしてその唇が紡ぐ言葉の響きは絶望的なほど重いものだった。
「それはたとえ神ですら変えられぬ『運命』なのだ」
「――陛下…」
わたし達はその場で、時が止まってしまったかのようにしばらく見つめ合っていた。
お待たせしました。m(__)m
読んでいただきありがとうございます。
ブックマーク・評価いつもありがとうございます!
なろう勝手にランキング登録中です。
よろしければ下記のバナーよりぽちっとお願いします。




