54 新たなるレダ神の預言者 ②
お待たせしました<(_ _)>
「…可愛い男の子達だったわ。名前は憶えていないけれど」
豊満な身体に真紅の絹のガウンを身に付けたヨアンナ皇后は、床におちたネックレスを拾い上げた。
未だ匂いの残る部屋の空気を手でぱたぱたと扇ぎながら、ドロレス執政官は呆れた様に皇后を見つめた。
「全く…相変わらずですね、貴女は。あんな得体の知れない連中を…」
「あら…貴方に咎められる理由はないですわ、ドロレス様。私の寝室に来る者達の身辺調査は徹底しております。きちんと口留めもしておりますし。もちろん…陛下にも許可を取った上でね」
(口留めなど…どうせ後で路地裏で始末するに違いない)
ドロレスは内心でそう思っていた。
首都ウビン=ソリスは元々の住民人口が多いのと、旅人や商人の出入りが激しい為市内を警備兵が定期的に巡回してはいても、押し並べて治安が決して良いという訳ではない。
明日の朝には下町の下水で恐らくあの三人の男達の死体が上がるだろう。
それが市井で噂になったとしても、一瞬で忘れられるだろう。
それが皇后ヨアンナの『口留め』である。
『皇帝で夫であるガウディの公認』の件だが、皇后に限らず側妃の何人かは秘密裡に愛人を―――火遊びの相手として囲っているのが皇宮内では周知の事実だ。
しかし『政治家は不可』『あくまで情人の立場に留める事とし必要以上に援助(金品や社会的地位)はしない』『妊娠をしない様に避妊をする』など、その中にも最低限のルールはいくつか存在する。
殆どの皆は心得ていて今まで特に大きな問題になった事は無かった――のだが。
「...そういう事ではありませぬ。お相手が複数人で避妊してらっしゃらないとはどういう事か、と尋ねております。
失礼を承知で申し上げますが、まさか皇后陛下は…陛下で無い父親の御子を宿すおつもりではありませんよね」
ドロレスの言葉に皇后は不快そうに眉根を寄せ、キッとそのまま鋭い眼つきで執政官を睨み上げた。
「まあ、大きなお世話ですわ…ドロレス様。流石にそのお言葉、実の従兄弟でも許せないところですわよ」
それから思い直した様にドロレスを馬鹿にした表情でクスリと笑うと
「…それは全くの杞憂ですわ、ご安心なさって。避妊の薬草茶は毎日きちんと飲んでおります。それに…陛下が以前から仰っていた『次期皇帝は自分の認めた男児のみ』とのお約束もわきまえておりますのよ」
*****
「それなら良いのですが、(いや良くは無い)しかし…」
ヨアンナ皇后は、語尾を濁すドロレスの顔を見つめながら言った。
「なんだか…皇后である私よりも執政官のお立場の貴方の方が、まるで正妻の様な事を仰いますのね」
「皇后陛下…何を仰います」
執政官はうんざりしながら反論をした。
(昔からの、変わらない癖だ)
これはヨアンナ皇后の話術のいつもの手法だ。
突かれたくない内容の議論の論点をいつもずらしたり、会話の途中でチクチクと嫌味で相手を攻撃する。
ヨアンナは、元老院の貴族の一人娘だ。
ドロレスの従兄弟でもある彼女は、幼い頃から彼の事を何処か理由も無く馬鹿にしていた。
しかしあの当時――元老院の中で有力貴族の子女であったヨアンナ以外に、ドロレスの思惑通り進んでガウディと婚姻を結ぶ女がいなかった。
泥酔の後、風呂場で溺死した王弟公が亡くなった後――若くして当主となったガウディには、名誉的地位はあっても有力な貴族の後ろ盾が殆ど無かったのである。
『見た目が好みじゃない。細いし…顔が美男ではないし…』
と、当初はけんもほろろに婚姻を結ぶ事を断固拒否していたヨアンナだったが、元老院貴族の中でも才覚を現し最年少で元老院の執政官まで上り詰めたガウディを見て、多少気持ちが変わった様だった。
『結婚はしてもいいけれど、素敵な見栄えの愛人は認めて欲しいわ』
結婚前でありながら、そう訴えてきた貞淑観念の無いヨアンナに対し、流石にドロレスは苦言を呈したが、反対にガウディはあっさりと『よかろう』と了承してしまった。
*****
「ガウディ様…本当に宜しいのですか?」
唖然とするドロレスに対し、ガウディは興味なさげに無表情で言った。
「俺は正妻に愛や貞操は求めん。彼女が相応しい地位で弁えてさえすればいい」
「いや、しかし…万が一もし愛人との間に妊娠でもしたら…」
(愛人の子かガウディ自身の子なのか判別出来ない可能性がある)
『流石にその可能性が否定できませぬぞ』と言いかけたドロレスを制する様に
「では避妊をさせておけ」
とあっさりと言い放ったガウディは、続けて未来の――決して予想しえない事をきっぱりと断言した。
「良い事を教えてやろう、ドロレス。俺との間でも多分男児は生まれぬぞ」
「それは…一体どういう意味ですか?ガウディ様との間に男児が生まれないとは」
不思議そうにガウディに尋ねたドロレスを見つめて、ガウディは薄っすらと笑った。
「まあ――解けない呪いの様なものだ。もし男児が生まれればそれは俺との子では無く間違いなく愛人との子だろうよ。その場合速やかに殺せすか手放すようにヨアンナには伝えよ。後々遺恨が残っても困る…今はまだな」
*****
その条件に納得したヨアンナ皇后は、約束通り表向きはガウディ皇帝の隣で貞淑な美しい皇后として面舞台に立っていた。
良き母と妻両方を上手に演じていたのだ――裏でどんなに乱れてはいても。
ドロレスはヨアンナ皇后を疑っていた。
陛下との間に生まれたとされる三人の娘の事である。
(三人の姫達も真実にガウディ様の種かどうかは怪しいものだ)
明らかにガウディ皇帝とも――何ならヨアンナ皇后とも顔立ちは似ていない。
恐ろしい事にそれぞれ違う男が、父親の可能性まであったのである。
*****
「…ところで皇后陛下。緊急のお話とやらの内容を伺ってもよろしいでしょうか?」
ドロレス執政官は自身がこの部屋を訪れた目的について尋ねた。
皇后は勿体ぶるように話始めた。
「…とても簡単な事よ、ドロレス執政官。貴方はウビン=ソリスのレダの神殿の女神官をご存じ?彼女は稀に見る賢者で、次の皇宮内に迎える預言者として元老院の貴族から強く推薦されているわ」
皇后ヨアンナはそう言うと、ドロレスを見つめながら微笑んだ。
(これは…)
この部屋を訪れる前から薄々あったいやな予感が、実際に当たりそうである。
執政官は警戒しながら尋ねた。
「…ええ。そのお話は耳にしたことがありますが、しかし…」
『皇宮付きの預言者は陛下の一存で決める事になっております』
と続けようとしたドロレスの言葉に被せる様に、ヨアンナ皇后は言った。
「――ぜひそのお話を貴方からも陛下へと後押しして頂きたいの。私はクラウディア=パレルモを皇宮付きのレダの預言者として迎い入れたいのよ」
お待たせしました。m(__)m
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